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第4話:街の朝と小さな出来事
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アメリアは、窓から差し込むやわらかな光に目を覚ました。
鳥の鳴き声が規則正しく聞こえ、どこか懐かしいような、それでいて少し違う響きをしている。
「……ここは、そうだ、街の宿……」
まだ半分夢の中のような気分で呟き、体を起こす。木の香りが残る簡素な部屋だが、清潔で落ち着いていた。ベッドのシーツもふかふかで、思った以上にぐっすり眠れたのが不思議だった。
外からは柔らかい朝の空気とともに、人々のざわめきがかすかに聞こえる。
鳥のさえずりの合間に、遠くで荷車の車輪が軋む音や、朝市の準備をする商人たちの声が混ざる。
ノックと共に扉が開き、リリアが顔をのぞかせた。
「おはよう、アメリア。よく眠れた?」
「うん! すごく気持ちよかった。嘘みたいに安心して眠れたよ」
リリアはくすっと笑い、手に持った小さな籠をテーブルに置く。
「宿の人が朝食を用意してくれたわ。簡単なものだけど、温かいパンとスープよ」
アメリアは椅子に腰を下ろし、焼きたてのパンをちぎって口に運んだ。外は香ばしく、中はふんわりしていてほんのり甘い。
「おいしい……」思わず頬がゆるむ。
温かいスープも滋味深く、体の奥にすっと染みていくようだった。
「ねぇリリア、今日は何をしようか?」
リリアはパンをかじりながら答える。
「せっかくだから、街を少し散策しない?昨日は慌ただしかったから、今日はゆっくり見て回りたいな」
アメリアは頷き、窓の外を見やった。石畳の道に光が反射し、朝の柔らかい日差しに街全体が淡く輝いている。
「うん……街の人たちの生活も、ちゃんと見てみたいな」
リリアは小さく笑い、テーブルの上の籠を指さす。
「外に出る前に、たくさん食べておくといいわ。今日は結構歩くから」
二人が朝食を終え、宿を出るころには、通りはすっかり朝の活気に包まれていた。
商人たちの呼び声が響き、荷車が行き交い、子どもたちの笑い声や駆け回る足音が石畳に反射してにぎやかだ。
アメリアは胸の奥がわくわくするのを感じ、昨日より街が生き生きして見えた。
リリアが立ち上がり、バッグを肩にかけた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。昨日見かけたあの2人にも会えるかもしれないし」
アメリアも立ち上がり、笑顔で頷いた。
「うん、楽しみ!」
二人は宿を出て、朝の光に包まれた石畳の道を歩き始めた。街の香り、ざわめき、色とりどりの店先――すべてが昨日とは違う新鮮さで、アメリアの心を躍らせた。
通りの角を曲がると、ふと見覚えのある小瓶を掲げた青年が立っていた。
「お姉さんたち! 癒しの雫だよ! 元気も一緒に届けるよ!」
アメリアはにっこり微笑む。
――やっぱり、昨日見た人だ。
その後ろには、フードを深くかぶった少年が静かに座っている。昨日とは違い、今日は少しだけ顔が見えた。
アメリアが声をかける。
「昨日、広場で会ったよね?」
青年は笑顔で小瓶を振って見せた。
「そうそう! あの時は慌ただしくて、ちゃんと名乗れなかったな。僕はエルバン、行商をやってるんだ」
「エルバン……」アメリアはその名を口にしてから、笑みを浮かべた。
「私はアメリア。こっちはリリア」
「よろしく、アメリア、リリアさん」エルバンは気さくに手を振る。
隣の少年を軽く示しながら、エルバンが続けた。
「で、こっちはセオ。僕と組んでる仲間だ。調合とか分析はぜんぶ彼が担当してる」
セオは一瞬ためらったあと、小さくうなずいた。
「……セオです。よろしく」
その声は思ったよりも落ち着いている。
「うん、よろしくね、セオ」
アメリアがにこやかに返すと、セオは視線を少しそらしながらも、ほんのわずかに口元を和らげた。
アメリアはセオやエルバンと簡単な自己紹介を済ませると、リリアも交えて何となく四人で街を歩き始めた。
通りを抜けて市場に入ると、いっそう活気が増していた。
香辛料の刺激的な香り、焼き菓子の甘い匂い、威勢のいい呼び声。
アメリアは目を輝かせてあたりを見回し、「わぁ……!」と声を上げる。
「気に入った? この時間の市は、いつもこんなふうににぎやかなんだ」
横を歩くセオが胸を張る。
その時、角から駆けてきた小さな子どもがアメリアの体にぶつかった。
「わっ!」
反射的に腕を伸ばし、体勢を支えながら子どもを抱き止める。
勢いでよろけたが、子どもは無事で、ぱちぱちと目を瞬かせていた。
「大丈夫? 怪我してない?」
「……うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
子どもは元気に笑い、アメリアも安心して微笑む。
その時、セオが慌てて声を上げた。
「えっ、アメリア! 手、血が出てるよ!」
見ると、アメリアの手の甲に小さな擦り傷ができていた。
アメリアは一瞬きょとんとし、それから「ほんとだ」と照れくさそうに笑った。
「気づかなかった。痛くなかったから」
リリアがすかさずハンカチを取り出し、アメリアの手を包む。
「もう……気づかないなんて危なっかしいわね」
声は叱るようでいて、優しさがにじんでいた。
エルバンは何も言わず、その光景をじっと見ていた。
その眼差しは、どこか静かで、観察するようでもあった。
子どもが駆け去ったあと、エルバンが細い道を指差し
「今日は僕たち、向こうに少し用事があるんだ」
と言う。
アメリアとリリアは同時に小さく残念そうに顔を見合わせた。
「そう、残念だわ……」アメリアがつぶやき、リリアも軽く頷く。
「でも大丈夫! いつも朝はあそこで“癒しの雫”を売っているから、また会いにきてね!」
エルバンは手を振り、セオも小さくうなずいた。
アメリアは少し寂しそうに手を振り返す。
「うん、また会いに行くね!」
二人はセオとエルバンに別れを告げ、街の奥へと歩き出した。
石畳に昼の光が反射し、通りは活気に満ちている。
鳥の鳴き声が規則正しく聞こえ、どこか懐かしいような、それでいて少し違う響きをしている。
「……ここは、そうだ、街の宿……」
まだ半分夢の中のような気分で呟き、体を起こす。木の香りが残る簡素な部屋だが、清潔で落ち着いていた。ベッドのシーツもふかふかで、思った以上にぐっすり眠れたのが不思議だった。
外からは柔らかい朝の空気とともに、人々のざわめきがかすかに聞こえる。
鳥のさえずりの合間に、遠くで荷車の車輪が軋む音や、朝市の準備をする商人たちの声が混ざる。
ノックと共に扉が開き、リリアが顔をのぞかせた。
「おはよう、アメリア。よく眠れた?」
「うん! すごく気持ちよかった。嘘みたいに安心して眠れたよ」
リリアはくすっと笑い、手に持った小さな籠をテーブルに置く。
「宿の人が朝食を用意してくれたわ。簡単なものだけど、温かいパンとスープよ」
アメリアは椅子に腰を下ろし、焼きたてのパンをちぎって口に運んだ。外は香ばしく、中はふんわりしていてほんのり甘い。
「おいしい……」思わず頬がゆるむ。
温かいスープも滋味深く、体の奥にすっと染みていくようだった。
「ねぇリリア、今日は何をしようか?」
リリアはパンをかじりながら答える。
「せっかくだから、街を少し散策しない?昨日は慌ただしかったから、今日はゆっくり見て回りたいな」
アメリアは頷き、窓の外を見やった。石畳の道に光が反射し、朝の柔らかい日差しに街全体が淡く輝いている。
「うん……街の人たちの生活も、ちゃんと見てみたいな」
リリアは小さく笑い、テーブルの上の籠を指さす。
「外に出る前に、たくさん食べておくといいわ。今日は結構歩くから」
二人が朝食を終え、宿を出るころには、通りはすっかり朝の活気に包まれていた。
商人たちの呼び声が響き、荷車が行き交い、子どもたちの笑い声や駆け回る足音が石畳に反射してにぎやかだ。
アメリアは胸の奥がわくわくするのを感じ、昨日より街が生き生きして見えた。
リリアが立ち上がり、バッグを肩にかけた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。昨日見かけたあの2人にも会えるかもしれないし」
アメリアも立ち上がり、笑顔で頷いた。
「うん、楽しみ!」
二人は宿を出て、朝の光に包まれた石畳の道を歩き始めた。街の香り、ざわめき、色とりどりの店先――すべてが昨日とは違う新鮮さで、アメリアの心を躍らせた。
通りの角を曲がると、ふと見覚えのある小瓶を掲げた青年が立っていた。
「お姉さんたち! 癒しの雫だよ! 元気も一緒に届けるよ!」
アメリアはにっこり微笑む。
――やっぱり、昨日見た人だ。
その後ろには、フードを深くかぶった少年が静かに座っている。昨日とは違い、今日は少しだけ顔が見えた。
アメリアが声をかける。
「昨日、広場で会ったよね?」
青年は笑顔で小瓶を振って見せた。
「そうそう! あの時は慌ただしくて、ちゃんと名乗れなかったな。僕はエルバン、行商をやってるんだ」
「エルバン……」アメリアはその名を口にしてから、笑みを浮かべた。
「私はアメリア。こっちはリリア」
「よろしく、アメリア、リリアさん」エルバンは気さくに手を振る。
隣の少年を軽く示しながら、エルバンが続けた。
「で、こっちはセオ。僕と組んでる仲間だ。調合とか分析はぜんぶ彼が担当してる」
セオは一瞬ためらったあと、小さくうなずいた。
「……セオです。よろしく」
その声は思ったよりも落ち着いている。
「うん、よろしくね、セオ」
アメリアがにこやかに返すと、セオは視線を少しそらしながらも、ほんのわずかに口元を和らげた。
アメリアはセオやエルバンと簡単な自己紹介を済ませると、リリアも交えて何となく四人で街を歩き始めた。
通りを抜けて市場に入ると、いっそう活気が増していた。
香辛料の刺激的な香り、焼き菓子の甘い匂い、威勢のいい呼び声。
アメリアは目を輝かせてあたりを見回し、「わぁ……!」と声を上げる。
「気に入った? この時間の市は、いつもこんなふうににぎやかなんだ」
横を歩くセオが胸を張る。
その時、角から駆けてきた小さな子どもがアメリアの体にぶつかった。
「わっ!」
反射的に腕を伸ばし、体勢を支えながら子どもを抱き止める。
勢いでよろけたが、子どもは無事で、ぱちぱちと目を瞬かせていた。
「大丈夫? 怪我してない?」
「……うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
子どもは元気に笑い、アメリアも安心して微笑む。
その時、セオが慌てて声を上げた。
「えっ、アメリア! 手、血が出てるよ!」
見ると、アメリアの手の甲に小さな擦り傷ができていた。
アメリアは一瞬きょとんとし、それから「ほんとだ」と照れくさそうに笑った。
「気づかなかった。痛くなかったから」
リリアがすかさずハンカチを取り出し、アメリアの手を包む。
「もう……気づかないなんて危なっかしいわね」
声は叱るようでいて、優しさがにじんでいた。
エルバンは何も言わず、その光景をじっと見ていた。
その眼差しは、どこか静かで、観察するようでもあった。
子どもが駆け去ったあと、エルバンが細い道を指差し
「今日は僕たち、向こうに少し用事があるんだ」
と言う。
アメリアとリリアは同時に小さく残念そうに顔を見合わせた。
「そう、残念だわ……」アメリアがつぶやき、リリアも軽く頷く。
「でも大丈夫! いつも朝はあそこで“癒しの雫”を売っているから、また会いにきてね!」
エルバンは手を振り、セオも小さくうなずいた。
アメリアは少し寂しそうに手を振り返す。
「うん、また会いに行くね!」
二人はセオとエルバンに別れを告げ、街の奥へと歩き出した。
石畳に昼の光が反射し、通りは活気に満ちている。
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