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第6話:出会い
しおりを挟むアメリアがこの街に来てから、もう数日が経った。
最初は何もかもが物珍しくて戸惑っていたけれど、リリアや宿の人々の助けもあり、少しずつ生活にも慣れてきていた。
「アメリア、お願いがあるの」
今朝、宿の食堂で朝食を済ませたところで、リリアが声をかけてきた。
「市場で薬草を買ってきてほしいの。明日、街の診療所に届ける約束をしてあって」
「薬草ですね。分かりました、任せてください!」
アメリアはわざと丁寧に返事をしながら、おどけてみせた。こうして頼ってもらえるようになったのが嬉しい。
布の袋を肩にかけて、石畳の街道を歩く。
「……ここに来てから、もう本当に色んなものを見たなぁ」
胸の内で小さく呟き、足取りは自然と軽くなる。
――そのとき。
「きゃあっ!」
「危ない!」
突然、通りの向こうから悲鳴が上がった。
視線を向けると、広場の一角で小さな魔法陣が暴走していた。
どうやら市民が買ったばかりの魔法陣を試していたらしく、制御できずに火花を散らしている。
光の奔流が暴れ、近くの人々が慌てて逃げ惑っていた。
「危ない……!」
アメリアは思わず駆け寄った。だが、暴走する魔法の勢いは予想以上で、彼女のすぐ目の前にも飛び火が迫ってくる。
――その瞬間。
「下がって!」
背後から伸びてきた腕に強く引き寄せられ、アメリアの身体はふわりと抱き止められた。
間一髪、火花が石畳を焦がし、煙が立ち昇る。
「怪我はない?」
耳元で落ち着いた声が響いた。振り返ると、整った顔立ちの青年が心配そうに覗き込んでいた。
綺麗な金髪が朝の光を受けて輝き、青い瞳には優しい色が宿っている。
「え……あ、はい。大丈夫です……!」
アメリアが慌てて答えると、青年は安堵したように微笑んだ。
「よかった。無茶はしない方がいいよ。……僕はユリウス。君は?」
ユリウスと名乗った青年は、まだ暴走している魔法陣の方に目をやった。
「……あれは危ない。術式が崩れてる。君はここで下がっていて」
そう言うと、彼は迷うことなく歩み出て、両手をすっと掲げた。
「収まれ」
短い言葉とともに空気が揺らぎ、暴走する魔法陣が音を立てて消え去る。火花も煙も嘘のように消え、人々の安堵の声が広場に広がった。
「すごい……」アメリアは思わず声を漏らす。
ユリウスは肩を竦めて振り返った。
「いや、すごくなんてないさ。誰でも、ちょっと術式の知識があればできることだよ」
「それでも、助けてくれたんです。ありがとうございます!」
アメリアは深く頭を下げる。その真剣な仕草に、ユリウスの目がほんのり柔らかく細められた。
「君こそ、危険なのに迷わず駆け寄ってたじゃないか。……普通なら、あんなふうに飛び込まない」
「え……?」
「でも、怖がるより先に誰かを助けたいと思ったんだろう? そういうの、すごく……尊敬する」
アメリアは一瞬言葉に詰まる。胸の奥がくすぐったくなり、思わず顔を伏せた。
「わ、私はただ……放っておけなかっただけで……」
ユリウスはふっと笑った。その笑みは気取ったものではなく、心の底から優しさを感じさせる。
「名前を、まだ聞いてなかったね」
「アメリア……です」
「アメリア。……いい名前だ」
その声音はあまりに自然で、けれどどこか特別に響いて、アメリアの胸に残った。
「君が無事で、本当に良かった」
そう言って見せた微笑みは、優しさと安堵に満ちていて――アメリアの胸に、小さなざわめきを生んだ。
「……あ、私、もう宿へ戻らないと」アメリアは軽く背を向ける。
「一緒に宿まで戻ろうか?」ユリウスが声をかける。
「……え?」アメリアは驚く。
「遠回りにならないし、心配だから」
その言葉にアメリアは思わず小さく笑った。自然体で、でも確かに自分を気にかけてくれる人――
――街で初めて、こんな気持ちになったかもしれない。
二人は通りを歩きながら、ささいな会話を交わす。アメリアは街の景色に目を向け、ユリウスはふとその表情を見つめる。
「……魔法陣、面白いね」アメリアが指さす。
ユリウスは微笑み、広場の屋台を指さした。
「ほら、あっちの果物、魔法で表面を瑞々しく見せてるんだ。味は変わらないけど、よく売れるらしいよ」
2人が会話を楽しみながら進んで行くと、宿が見えてきた。
「ここまで来れば大丈夫だね」
「ありがとう、ユリウス。助かったわ」
アメリアが微笑むと、ユリウスも優しく笑った。
「気をつけてね」
「うん、また」
その頃、お使いに出たアメリアの帰りが、いつもより少し遅いことに気が付いたリリア。
「ちょっと心配……」そう呟き、宿の階段を下りて外に出た。通りには夕暮れの柔らかな光が差し、人々の足音や話し声が広がっている。
「アメリア……どこにいるのかしら」リリアは通りを見渡す。
すると、少し遠くの方で、誰かと楽しそうに笑いながら歩くアメリアの姿がちらりと目に入った。
「…一緒に居るのは誰かしら? まぁ、無事で良かったわ」リリアは胸をなでおろす。
だが、すぐに人の流れに遮られ、アメリアの姿は見えなくなった。それでも、楽しそうな雰囲気だけで、リリアは少し安心して宿に戻っていった。
アメリアが宿の扉を開けると、ほっとした表情のリリアが立っていた。
「遅かったわね。お使い、ありがとう」
アメリアはにこにこと笑いながら、小さく手を振った。
「うん、今日はね……色んなことがあったの!街の人が作った不思議なものとか、魔法の飾りとか、見ているだけで楽しくなっちゃった!」
リリアはその様子を見つめ、少し微笑む。
「ふふ、楽しそうで何よりだわ」
アメリアは興奮気味に今日の出来事を話し続ける。
「うん!それからね、街で売ってる果物、表面がすごく瑞々しく見えるの!魔法でこうしてるみたいで……今までお買い物してても全然気がつかなかった!」
「そう、小さな魔法は気づきにくいものね」
アメリアは嬉しそうに頷きながら、今日見た不思議な光景を心の中で反芻する。
――楽しかったな……。あの人、また会えるかな……?
小さな胸のときめきを感じながら、アメリアはほっと息をついた。
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