沈黙の鼓動 ― 痛みを失った少女と偽りの聖女 ―

ひい

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第9話: 沈黙する痛み

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戦闘を終えたチームは、森の奥に足を進め、危険箇所や魔物の痕跡を丁寧に確認していった。倒れた木や足跡、枝の折れ方など、カイロンは細かくメモを取り、地図に印をつけながら安全なルートを記録する。

「ここは夜間に注意したほうが良さそうだな」カイロンが指摘すると、ライオネルが元気よく返す。「了解! ここはオレが先頭で行けるな!」

アメリアは少し遅れて二人の後ろを歩きながら、戦闘中に受けた衝撃のことを思い返していた。魔物の一撃が直撃したはずなのに、身体のどこも痛くなかったことが、頭の片隅でくすぶる。

「……そういえば、今までも全然痛くなかったかも」
アメリアが小さく呟いた瞬間、リリアがすぐに振り返った。

「アメリア、何て言ったの?」
「えっ……あ、ううん、何でもないの」慌てて誤魔化そうとするが、リリアの真剣な視線からは逃れられない。

ライオネルも首を傾げ、「いや、でもさっきの攻撃、モロに食らったよな?普通なら痛みで立てないはずだぞ」と不思議そうに言った。

カイロンは立ち止まり、冷静な声で口を開いた。
「事実を確認したほうがいいな。アメリア、本当に痛みを感じていないのか?」

アメリアは小さく頷いた。
「……うん。確かに大きな衝撃はあったのに、痛くなかった。」

一瞬、空気が重くなる。リリアはアメリアの手をぎゅっと握りしめ、瞳を揺らしながら言った。
「そんな……怪我しているのに痛みがないなんて、危険すぎるわ。すぐに医師に診てもらいましょう」

「そうだな。これは依頼の報告より優先だ」
カイロンが即座に判断する。

ライオネルも「オレ、街まで背負っていくか?」と心配そうに背を向けるが、アメリアは慌てて首を振った。
「だ、大丈夫!歩けるから!」

それでもリリアはアメリアの肩を支えながら、まるで壊れ物を扱うように慎重に歩みを進めた。

街へ戻ったチームは、ギルドへの報告を後回しにして、まず病院へ向かう。
白壁に囲まれた診療所の扉を押し開けると、薬草の匂いと乾いた紙の香りが混じった空気が流れてきた。

「患者さんですか? どうぞこちらへ」
穏やかな声で迎えたのは、白髪混じりの医師だった。

アメリアはベッドに座らされ、リリアがすぐさま説明を始める。
「彼女、森で魔物の攻撃を受けたのに……全然痛みを感じていないんです」

「痛みを……感じない?」
医師は驚いたように目を細め、アメリアの腕や足を慎重に触診していく。骨に異常はなく、打撲痕こそあれど本人は顔色一つ変えない。

「……確かに。こんなに腫れているのに、全く苦痛を訴えないとは」
医師は首を傾げながらも、慎重に言葉を選んだ。
「痛みを感じないというのは、決して良いことではありません。怪我に気づかず、命を落とす危険さえある」

アメリアの胸が、ぎゅっと締めつけられた。
なぜ、今まで気がつかなかったのか…

ライオネルが腕を組んで唸る。
「やっぱりおかしいよな。アメリアは生まれつきこうなのか?」

「わ、分からない……。今まで、大きな怪我をしたことなんてなかったし……」
アメリアは視線を落とし、声を小さくする。

その肩にリリアがそっと手を置いた。
「アメリア……私たちがそばにいるわ。だから一人で背負わないで」

カイロンも静かに頷く。
「これは才能か、呪いか、まだ判断できん。だが一つ言える。アメリア、君は仲間だ。危険を共にし、守るべき存在だ。それは変わらない」

アメリアは唇を震わせながら、仲間たちを見渡した。
胸の奥に、温かさと不安が入り混じる。
「……ありがとう。でも、怖いの。痛みを知らないまま、怪我に気が付かなかったら――」

言葉はそこで途切れた。リリアが抱き寄せて、静かにささやく。
「大丈夫。あなたは一人じゃないわ」

病院の小さな診察室に、仲間たちの絆がより強く結ばれていく。


診察を終え、チームはギルドへ戻ってきた。
受付の女性は彼らを見るなり、安心したように微笑む。

「お帰りなさい。ご無事で何よりです。依頼の報告をお願いします」

カイロンが代表して書類を提出し、調査内容を簡潔に説明する。
森の危険箇所、魔物の痕跡、安全ルートの確認――ギルド職員は深く頷きながらメモを取った。

「とても丁寧な調査ですね。今回の依頼はこれで完了です。皆さま、お疲れさまでした」

リリアとアメリアが並んで頭を下げる。
ライオネルは胸を張り、カイロンは淡々と頷くが、その横顔はどこか誇らしげだった。

ほどなくして、報酬袋が手渡される。
手触りの良い革袋には、小さな金貨の重みがずしりと詰まっていた。

「……わあ、本当に報酬だ」

「当然よ。しっかり働いたもの」

「にしてもアメリア、マジで強かったな!!」
ライオネルが笑いながら親指を立てた。
アメリアは照れつつ視線をそらす。

「強い……のかな。自分でも、よく分かんない」

無痛への不安はまだ残っている。
でも、それでも――仲間がそばにいることが、アメリアの不安を少しずつ消してくれた。

カイロンが静かに告げる。
「今日はもう休んでいい。……特に、アメリア。身体の異変はしばらく注意しておけ」

「うん、ありがとう」

アメリアは仲間の顔を順番に見つめる。
――不思議と、心の中に温かいものが広がった。

こうして、彼女の“冒険者としての最初の一歩”は幕を閉じた。

そして、次の日。
新たな動きが、静かに始まろうとしていた――。




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