想いは星に溶けて

ひろろん

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想いは星に溶けて

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シトシトとした雨粒が、病院の廊下の窓を際限無く叩き



庭に咲く紫陽花は彩りを帯びてゆく。



それはまるで…



涙に濡れた彼女のようで短い瞬間の中



何にも代えがたい輝きがほとばしっている。





彼女と出会ってから一年と少しが経っていた。



気付けばあっとゆう間に過ぎてしまった時は、永遠を遙か遙かに感じてしまい、彼女と共有した全てを儚く思い出させる。



静かに白く染み一つないベッドに横たわる彼女。静かに隣に腰掛け手を握り続ける僕。



「悠ちゃん‥私の事‥好き?」



「あぁ‥好きだ‥大好きだよ。」



「これからもずっと‥?」



「あぁ‥ずっと‥叶と僕はこれからも心を分け合い一緒に居る。だから安心して‥」



バタン‥看護師が迫る手術を告げその準備を始める。



じっと寝られずに赤く晴らした瞳を僕に向け運ばれてゆく彼女‥。





遅すぎたくらいの彼女の手術は長時間に渡った。

終了予定時刻を過ぎてもまだ現れない医師に、苛立ちと不安が込み上げてくるのを必死に抑えていた。



無言に支配された白い世界。

ただただ降り続ける雨音の強弱のみが時間の経過を教えてくれる。



30分くらい予定時刻を過ぎた時に、隣に無言でいた店長はついに我慢ならないといった感じで力無い声で語り始めた。



「悠…ありがとうな。お前が居てくれたお陰で叶は生きる希望を見い出してくれた‥そして俺に『絶対に私が私に生まれた事を後悔しない。パパ‥ママと出会ってくれてありがと‥』って言ってくれたよ」



「そうですか…本当に‥叶は素晴らしい女性ですよ。だからもっと自信持っていいと思います。。。彼女の父親であるって事を‥」



「あぁ‥ありがとう…」



「待ちましょう。彼女を信じて」





手術は予定を2時間以上もオーバーして終了した。



そして医師から告げられる結果。

僕らはただ受け止める事しか出来ない情けない存在かもしれない。

でも、だったらとことんしっかり受け止めようと思う。彼女が居た現実を。



そしてずっと共に生きよう。



想いは消えることなく共にここにあり続けるのだから。



それが、僕の叶にとっての生きた証となるのなら、どんなことをしてでも守りたいと思った…





「子宮、卵巣摘出手術自体は無事成功しました。問題はありません。しかし…

残念ながら周りの内臓のへの転移が見付かりまして‥非常に厳しい状況と言わざる終えません。 勿論、平行して出来る限りの切除を試みてみましたが、広範囲に渡ったのと叶さんの体力の問題もあり全ての癌を取り除く事は出来ませんでした。 最善は尽くしましたが若いせいか思ったより癌細胞の進行が早かったのかもしれません‥詳しい状況をもう少し説明しますので、落ち着きましたら、お父様は後でこちらにお越しください。」



医師は深々と頭を下げ謝る仕草を見せる。



「叶は助かるんですか?!」



身を乗り出して必死に聞く店長。



「えぇ…時期を見てもう一度手術すればあるいは‥しかし‥成功する確率は非常に少ないと思って下さい。…このままだとどんなに長く持っても半年無いくらいだと思います。時間はあまりありません。御家族の方々と本人で話し合ってなるべく早めに今後の治療方を決めて頂きたいです。では…」



立ち去る医師。



無言の店長。



一部始終を見守る僕。



誰も何も言えなかった。



けれど暫く黙って居た店長がまた重い口を開いてくれた。



「叶は良く頑張った…。そうだよな‥?だから今度こそは全ては叶に任せようと思う。もう‥これ以上アイツを傷付けるのは御免だ。 だからそれが一番だと思う‥な?」



「はい…僕もこれ以上‥彼女に苦しい思いはさせたくはありません。多分…叶の答えは決まっていると思いますが‥」



「…でも結局俺はまた救えなかった‥大事な家族を‥」



「それはどうなんでしょうか。果たして彼女は救われなかったんでしょうか‥命がある事が全てなんでしょうか‥?気休めなんかじゃなく彼女は幸せだと思うし、これからも変わらずその幸せを繋ぎ続ける事が僕たちが出来る何よりの事だと思います」



「‥そうだな‥ありがとう。じゃ本当なら俺が話すべきかもしれないが、今アイツが一番側に居て欲しいのはきっとお前だろう。だから最後の決断はお前が叶から確かめて欲しい。辛い役回りだが…。ある意味それがアイツにとっての最善の幸せになるのかもしれないからな」



これは残酷な結果と言えたのか‥。



でもただ一つ僕には分かっていたことがあった。

彼女はきっと何も変わらず僕に笑ってくれるということを…





麻酔で丸1日くらい寝ていて、やっとその長い眠りから目を覚ます彼女。

「おはよぉ…悠ちゃん。」



「おはよう叶。そしてお帰り」



「うん、ただいま。終わったんだね‥」



「終わったよ。良く頑張ったね」



「…あのね、悠ちゃん‥私夢を見てたの‥初めて二人きりで出掛けた日の事を‥お土産貰った日。だけど…一つだけ違う事があって‥私は悠ちゃんを置いて帰っちゃうんだ…そんな事したくないのに‥どんなに叫んでも‥夢の私は遠くに行ってしまう…だからそうなんだ、って私分かっちゃった。。。ごめんね、悠ちゃん…」



瞳には溢れそうなくらい涙がたまっていて、僕はまたあの日のようにそっと人差し指でそれを掬い上げた。



「それは違うよ。ほら‥これからも何も変わらない。叶の側には僕は居る。な、叶‥元気になったら約束通り僕の生まれ育った街に行こうよ。夏がいいかな。何にもないけど大きな地元のお祭りがあるから。それに景色だけは最高だよ」



「ほんと?楽しみだなぁ‥じゃぁ早く元気になるね。そう言えば‥もうすぐ悠ちゃんの誕生日だよね。去年は知らなかったから祝ってあげられなかったけど今度は何かお祝いするね‥」



「あぁ‥そうだった。ありがとう。でもそんな無理しなくていいからね。」



「うん。楽しみー…」



そう言うと彼女は少し陰のある顔に、僕の大好きないつもの元気いっぱいな笑顔を浮かべて見せた。









それからは彼女は順調に回復していった。勿論、普通に歩いて動き回れる程度にって意味だけど、それでも医師も驚く程だった。

不思議なほどに残された時間と反比例するようにどんどんと元気になっていく。



色々考えた末に、結局僕はこれから先の治療の事は彼女には話さないでいた。けどもう今後の治療をどうするか、医師には店長が伝えてある。

それは話さずとも叶の笑顔を見れば、そしてあの術後目が覚めた時の涙を見れば、充分過ぎる程に分かったことだったから。



残りの時間はあっとゆう間に無くなって行く。



どんな人にもただ等しく‥



けれど思い出だけは欲した人にこそ降り注ぐ。



それからと言うもの、僕は更にただ…彼女が居た存在感だけを日々求め続けた。



そして、季節もまた変わる。どんな人にも等しく。



夏という季節はどうして短く感じるんだろう。他の季節とあまり変わらないはずなのに。

瞬きをすると見逃してしまいそうになるくらい、沢山のものが通り過ぎて行く。



けれど、こうして僕らはまた2人で夏を迎えることが出来た。



約束通りにこの夏、僕は彼女を生まれ故郷に連れて行く事にした。



手術からは1か月ちょっと本当にもう治ったんじゃないかって思うくらいに彼女はいつも通りだった。







そんな訳で一時退院が認められた彼女を伴って、僕達は新幹線で東京から岡山に向かっている。



「悠ちゃ~ん。駅弁食べよ~お腹ペコペコぉ。あーんしてあげるから」



「‥遠慮する。今からそんなに食べると地元の美味しいものお腹いっぱいで食べられないよ?」



「大丈夫ぅ~まだ時間あるよ。頑張って消化する」



「頑張ってどうにかなるのか‥どうせなら空っぽの頭にでも詰め込んでおけば?」



「それこそ無理だよ。もう空っぽじゃないもん。悠ちゃんのせいで」



「はは‥そりゃどうも」



本当に彼女は何も変わらない。けれど、内心はいつも心細いに違いない。ようやくそんな部分が僕にも感覚として理解出来るようになってきた。

けれどそれは彼女と出逢わなければずっと先まで出来ずに居たことかもしれない。



「悠ちゃん?」



「ん?」



「このままどこか違う世界に行ければいいのにね」



「例えば…?」



「例えばぁ…」



彼女は僕の肩に頭をもたげ、横目に僕を見てた。



「やっぱいい。悠ちゃん居るし」



「…僕と叶は沢山の出逢いの糸の絡まる中でこうして一緒に居る。例えそれがもし皮肉だったとしても僕はそれごと感謝するよ。だからこの世界で叶と生きる。いつか死ぬまで」



「うん、ありがとう。大好き…」



そう言うと、彼女は僕の首筋にキスをして笑った。







そして岡山に着いた僕達は吉備線に乗り換え、一宮駅を目指した。岡山駅から三駅ほど先ですぐ近いのだけど、そこはもう絵に書いたような田舎風景が広がっている。



彼女は真っ白い膝上丈のワンピースに茶色の腰ベルトを着けて、麦わら帽子を被り日傘をさし、ゆっくりと僕の横を楽しそうに弾んで歩く。

それはまるで一片の天使の羽根が、ユラユラと舞っているように思えた。



思わず…彼女が病気だってことなんて忘れるくらいその姿に釘付けになり、それはずっとこの目蓋の奥の記憶に焼き付いているだろうと容易く分かった。



最初に吉備津彦神社へ寄った僕は彼女にあれこれ説明をした。



「ここは何を祭ってるか知ってる?絶対みんなが知ってる人だよ」



「うーん‥吉備って吉備団子?」



「え‥団子は祭ってないけどいいせん行ってるよ。その人は吉備団子を持って鬼を退治しに行った」



「分かった!桃太郎だぁ」



「うん、そのモデルになった人物で吉備津彦尊って人なんだ。一説にはあの卑弥呼の血縁だったって話しもあるんだよ。面白いでしょ?」



「へ~でもそんな大昔の人なんだね。何か不思議・・・」



「うん、でさ、ここで夏は盛大なお祭りやってるんだけど子供の頃は毎年家族で来てたよ。確かその祭りは今晩のはずだから、後でまた来てみよう」



「ほんと?楽しみだなぁ‥悠ちゃんの昔に触れられるみたいで」



「僕は叶が生きる今を触れながら久しぶりの祭りを楽しむよ」



「悠ちゃんの子供の頃ってどんなだったんだろう」



「それは…」



「秘密って言っても分かるもん。きっとそのまま。もう私には秘密は通用しないんだからね」



「…はいはい。まぁワンパクだったかな~年中天然日焼けみたいな。稲刈りの終わった田んぼを無駄に走り回ってたよ」



「ぷっ、そうなんだ。悠ちゃんガングロだったんだ~今白いのに。」



「ガングロじゃないし」



「じゃぁゼングロ」



「何それ?」



「全部黒いから。お腹の中も~」



「……」



「嘘、でも私は悠ちゃんがいいんだからね」



「はい、ありがとう。僕の母校とかばあちゃんの家もあるからのんびり歩きながら行こう。それから遊園地ね」



「うん、遊園地?楽しみだね」







その後実家と母校を2時間程度かけゆっくりと見て移動し鷲羽山に向かいそこにある鷲羽山ハイランドとゆう遊園地で遊んだ。ここは山の高台にあって、瀬戸大橋や瀬戸内海を一望出来る場所にあり地元では有名なんだけど。

最初、園内をざっと見て回って終始ご機嫌な彼女。



「わぁ~凄い‥潮風が流れて空気も美味しいね」



「なぁ叶?あれ乗らない?」



「え、どれどれ?」



そして僕が指を指したのはここの目玉とも言っていい立ち乗りのジェットコースターだった。



「え‥これ‥なの??」



「うん、これ」



満面の笑みの僕。



「え~~!?ちょ‥待ってよ。絶対無理っジェットコースターなんて乗った事無いし、それにこれ凄くハードそうだよ」



「遊園地ったらこれだよ。大丈夫だよ。楽しいから、病み付きになるから。景色も最高だよ」



「ならなぁ~い!景色見てる暇なんてあるわけ…あ‥これ身長制限あるって!私パスぅ」



「いや‥大丈夫。良く見なよ~ぴったり丁度。さぁ順番だよ」



「え~‥」



ガタガタガタガタ‥ギギギ…

「悠ちゃん死んだら恨むからね~~‥あ゛~‥」



「オッケ~楽しみにしてるよ」





そして楽しい時間はいつもと変わらず、まさにジェットコースターのようにあっと言う間に時間という景色を追い越していく。



「叶、楽しかったね~」



「はぁ…悠ちゃん頭がぐるぐるする~寿命がぁ‥」



「じゃ、少し休もうか‥そしたら次はあれにしよう」



もう一つの名物で地上10メートルくらいの高さのレールの上を二人乗りの自転車で進むサイクリングなんだけど‥



「あれなら怖くないよ。」



「でも何か‥落ちそうだね…右側崖っ縁だしぃ」



「ゆっくり瀬戸内海を見下ろしながら進むと気持ちいいんだから」



「そっかぁ…そっか~‥」



何やらぶつぶつ一人ごちていたけど、もう諦めた様子で殊勝な彼女。



「なぁ‥僕さ、いつか大切な恋人が出来たら二人でここ来たかったんだよ。子供の頃だけど。その頃は東京とか都会棲む事になるとは思ってもなかったし。小さな世界で僅かな知ってる世界で精一杯夢を描いてた。でも、そんな他愛ないちっぽけな夢でも、叶えられると嬉しいものだね。やっと来られた。だからちょっと羽目外しすぎたかも。ごめんな」



「悠ちゃん‥ズルい。こんな時にそんな話。でも嬉しい」



「じゃ、行こうよ」



「うー‥行く」



なんだかんだで時間を忘れまだまだ二人で沢山遊んだけれど‥。



「楽しかったな~」



「うん、最高の思い出だよ。ありがと、悠ちゃん」



日も暮れ出してきたので急いで神社に戻る。



そこは朝に来た時の閑散とした場所とは全然違う雰囲気で、神社の左右には提灯が一キロに渡り灯り、縁日がずらりと並んで境内は人人で賑わっていた。



「悠ちゃん見て見てっすごぉい」



「でしょ。都会の建物が並ぶ中のお祭りとは違って何にもない所にこうして出店が並び提灯の淡い灯火に照らされるとまるで別世界に来たようで子供の頃は興奮しきりだったっけ」



「何か‥ほんとのお祭りって感じだね、悠ちゃん。あ、あれ‥」



彼女は僕の手を引きあちこちの出店に立ち寄りその度に楽しそうに満面の笑みを浮かべ一夜の別世界に浸っている。

僕はそんな彼女を見るだけで胸がいっぱいになりこんな幸せに限りがあることさえ頭から消え、一緒に子供のようにはしゃいだ。



そして最後に僕達は神社に御参りをしに本尊に向かい願い事をした。



それがなんだったのかは敢えて彼女には聞かずにいたので

「悠ちゃん私の願い事知りたくない?ねえ、知りたくないの??」

としきりに聞いてきた。



「普通そうゆうのは人には言わないもんじゃないか。ほんと叶は何でも言わないと気が済まないんだね」



「今頃分かったの?願い事だって心で思ってるだけじゃ叶わないんだから。話す事で言葉が自分の力になるの」



「そっか‥そうだったね。でも今回はそれは聞かないでおくよ。僕の願いはただ一つだけど‥それも秘密」



「分かってるもん。 ねっ、じゃぁ少しあそこで星見ようよ」



「ん?」



彼女に誘われ小さな生垣に寄り添い座って星を見ていた。



すると



「悠ちゃん、これあげる。」



そう言って僕の掌に乗せた星の形に型どられ真ん中に一つ宝石の埋め込まれたロケットペンダント。



「悠ちゃん、お誕生日おめでと。これね、オーダーメイドで作ったんだよ。今までの貯金殆んど使っちゃったけど‥」

「ありがとう。素直に嬉しいよ」



強く繋いだ手を絡め肩に腕を回す僕。

心から嬉しいと余計な言葉って出て来ないんだって感じた。





けれど…



「星がいっぱいだね‥悠ちゃん、こんなの見たことないよ。凄く綺麗で‥何でだろう‥涙が出てきちゃった… ごめんね‥悠ちゃん‥ごめん…悠‥ちゃん」

「ばか…いいんだよ。これで‥ありがとう‥叶」

彼女を抱き締め満天の星の下飽きる程のキスをした‥



すべてを惜しむように…



すべてを慈しむように…



そして‥

お互いのありのままを刻み込むように。。。



「あ、もうこんな時間だよ。お祭り終わっちゃうね…」



「あぁ、祭りの終わりは少し寂しいけど、僕はそれは静かに思い出を明日の力に変える時間だと思ってるよ。だから…一緒に明日へ帰ろう。叶」



「うん、幸せ…」











そんな楽しかった夏も終わり、秋が深まる頃には彼女は段々と体調が悪くなり始めて冬も近い頃にはまた入院を余儀無くされる。



そして冬も深まりきったある日の夜。



在り来たりな奇跡なども起こることはなく淡々とあの日を迎えることとなった。



いつもと変わらない真っ白な病室でもう何度やり取りしたか分からない会話。



「悠ちゃんありがとう。言い尽くせないくらいにありがとう。ありがとう…大好きだよ。。。」



彼女の頭を柔らかく撫で額に手を当てる僕。



「あぁ‥大好きだよ。いままでも‥これからも」



「神様ありがとう…こんな私に掛け換えのないものをくれて…」



「叶。。。」



「悠ちゃん‥眠いよ‥少し‥寝るね。じゃぁまた…おやすみ」



「‥おやすみ、叶」



それが最後の会話になった。



その日の明け方。





彼女は新たな旅に立った。



安らかに…あの笑顔のままに。。。





あれからもうすぐ10年が経つけど、僕は彼女から貰った全部を糧に今日も生きている。



星空に溶けた儚き言葉を胸に抱いて。。。

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