四重奏連続殺人事件

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四重奏連続殺人事件

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倉科、アリバイの現場に臨む

 倉科と大林は、事件当夜のアリバイを見つけるべく、新宿で落ち合った。二人は、大林の記憶を頼りに当夜の行動を時間通りに再現することにした。
もうすぐ七月になろうというのに梅雨の明ける気配はない。新宿駅の夕刻は色とりどりの雨傘でごったがえしている。
 大林の先導で、友人の正木薫と飲んだという店を訪れた。新宿駅東口を出て新宿区役所方面に向かう途中にある焼き鳥屋。ここが一軒目らしい。雑居ビルの地下一階にあり、焼き鳥屋、とは言ってもカウンターに使用されている分厚い杉板から椅子、テーブル、置かれた調度品に至るまで高級感あふれる店構えだ。「鳥吟」と看板が出ている。倉科は、高給取りともなると、行きつけの焼き鳥屋からして庶民とは違うな、と変な感想を抱いた。
既に埼玉県警の捜査員が確認に来ていたらしい。大林の顔を見るなり、経営者だろうか、初老の男が心配そうに声を掛けてきた。
 「昨日、埼玉の刑事二三人が来て、大林さんと正木さんのことを聞いていましたよ。六月十九日に二人は何時頃に来て何時頃に帰ったかのって、何かあったのですか?」
 大林は平静を装って答えた。
 「何でもないですよ.全く関係ないのに、僕らも迷惑しているんですよ」
 全く関係ないなんて、よく言うよ、と倉科は思ったが、そのことには何も触れず、大林に尋ねた。
 「ここで、何時頃まで飲んだ記憶があるの?」
 倉科の問いに対して、大林が先程の男に聞いた。
 「この前、何時頃までいましたか? 僕と正木は?」
 「刑事さん達にも申し上げたのですが、その日、六月十九日は、夕方の七時頃いらっしゃって、十時少し過ぎにお帰りになったと思います。御二人とも相当御飲みになられました」
 一度、刑事に聴かれているせいか、スラスラと時刻まで答えた。二人は申し訳程度の注文をして、カウンター席に付いた。酒を楽しんでなどいられないのだ。
 「アリバイの話とは直接の関係ないけど、里香とはいつ頃から?」
 倉科は、一番聞きたかったことを尋ねた。
 「目黒の店で何度が顔を合わせて知り合いだったんですが、親しくなったのは、倉さんに連れられて赤坂の店へ行った後ですよ」
 大林は別に何の感慨もなく淡々と答えた。
 「すぐに、そういう関係になったのか?」
 「次に会って、すぐって訳じゃないですけど…。そんなに時間はかかってなかったと思いますが……」
 おそらく「鳳仙花」で会ってから一週間も経過しないうちに、関係が確定したのだろう、と倉科は予測した。簡単に成立したものは、簡単に消滅する…。大林が里香のことに殆ど言及せず、返って迷惑そうに感じているのも、こんな理由からなのだろうか…?
 「里香は可哀そうなことをしたね。葬式とかどうなったのだろうな?」
 「さあ…。それに僕が御焼香に行く訳にはいかないでしょう? これでも、一応容疑者なんですから」
 大林は無表情で冷たく言い放った。
 「赤の他人が殺されたような言い方だね…。もう少し、優しい気持があってもいいだろうに…」
 倉科の問いか掛けに答えず、大林は話題をそらせた。
 「僕と里香の間で、倉科さんと綾乃さんのこともよく話題になりましたよ」
 「そんなことを聞いているんじゃないんだけど…」
 大林は押し黙って、生ビールが注がれた中ジョッキをグイッとあおった。しばらく二人の間に会話が途切れた。
 「飲みましょうよ」
 大林が倉科のジョッキにカチンと自分のジョッキを当てた。
 「あんまり飲まない方がいいんじゃないか?」
 大林をたしなめたが、
 「平気、平気。飲まなきゃ思い出さないこともありますよ。きっと」
 倉科は大林の言葉に、まあ、そんなこともあるだろう、と同意した。
 かれこれ二時間程度が経過した。当夜、大林と正木が過ごしたのと同じような時刻だ。
 店を出た二人は、第二の立ち寄り場所へ向かった。靖国通りを渡り、昔から著名な文士とかデザイナーが通っていることで有名なゴールデン街へ辿りついた。先の店「鳥吟」から五分も歩いていない。二三坪にも満たない居酒屋、スナックが密集する狭い路地を抜ける。路上に置かれた行灯に「岩の花」との表示がある。
 大林が錆びた鋼鉄製の重そうなドアをギギーッと開けた。
 「あら、いらっしゃい。」
 マスターだろうか、大林と同年代にみえる。カウンターの内から、客の風体を見定めるような目付きで、挨拶をした。大林の顔を見るなり、
 「大林チャン。大変だったの、刑事が来てさ。アンタと正木チャンのことで。六月十九日の夜、何時に来て何時に帰ったかって。正直に答えておいたわよ」
 「アンタ達、何か悪い事でもしたの?」
 興味津津でカウンターから身を乗り出しながら、聞いてきた。大林は先程の店と同じことを冷静な表情で繰り返す。
 「ふーん。でも刑事が二人も埼玉くんだりから来るなんて、尋常じゃないわね」
 なかなか勘が鋭い。二人のやり取りを聞いていた倉科は、大林の耳元で、「これの店?」
と、右手の甲を裏返して口元にやる仕草をした。
 「嫌ねぇ。ウチはそんな店じゃないわよ。お客さんも普通の人ばかりよ」
 倉科の疑問を打ち消すように、ワザと大きな声を出した。大林はニヤニヤ笑っている。
 「あの夜、正木と僕が何時にここを出たか、記憶あります?」
 早速、大林が事件当夜のことを尋ねた。
 「刑事さんにも言ったけど、十時過ぎに来て、十二時半頃に帰ったと思うわ」
 「僕は相当飲んでいましたか?」
 「ウチへ来たときから相当飲んでたわよ。それから二時間もしないうちに、バーボン・ウイスキーのボトルを一本空けたんじゃないかしら。正木チャンは殆ど飲まなかったわよ」
 そう言って棚に並んでいるフォア・ローゼスの瓶を指さした。
 「ここまでの記憶に間違いはありませんね」
 大林は、まるで他人のアリバイを調査しているような調子で話している。

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