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四重奏連続殺人事件
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錯綜する大林健吾の記憶
倉科は顔をしかめながら、
「ここからが重要なんだよ。今まで辿った過程で何か思い出したことは? 警察で話していないことで…?」
「それが全く無いんです」
大林は頭を抱えながら何かを思い出そうと必死の態だ。
マスターは、警察と聞いて、仕込みの手を止めチラッとこちらを見たが、また仕事に戻った。相当こちらの話に興味を持っているようだ。
倉科は薄い水割りを嘗めるようにして飲み、大林も同じようにした。時計を見たがまだ十時を過ぎたばかりだ。大林の記憶を辿るには後二時間余り必要だ。
倉科は大林から、じっくり里香の話を聞こうと決めた。その中に何か今回の事件と関わりのあるヒントがあるかも知れない。
「これといって特別なことは何も思い当たらないですね。どこにでもある普通の男女関係ですよ。彼女は仕事のことも友人関係についても、まあ、個人的なことについて、殆ど話さなかったし…。共通の話題は目黒に関連したものしかなかったですよ」
「それで、俺と綾乃の件も話題になったと、言う訳か」
大林は倉科の言葉に反応せず、男女関係における自己の考えを披歴した。
「お互いが相手を必要とし、それに応じて関係を結ぶ。男と女はそれしか無いでしょう? 原理原則主義者でリアリストの倉さんも女性に関して幻想を抱いているようですね。だから、相手の行動や言動に一喜一憂するんですよ」
大林が持つ女性観の一端から、彼の人間観が窺える。どんな関係も必要か不必要かが根底にあるようだ。端的に言うと、利用できるかどうかだ。彼は、この冷徹な考えで業界の階段を駆け上がってきたのだろう。物事の裏を暴いて仕事にする俺のような探偵でさえ、もっと温か味のある感性をしているのに…。
何か言おうとしたが、倉科の胸に寂寞たる風が吹き抜けた。
(里香よ。お前の最後の男は、こんなに冷たい奴だ。こいつの口から里香を愛していた、好きだったなんて言葉は期待してなかったけど、せめて、可愛かった、楽しかったくらい聞けたらなぁ…と思っていた。結局、君は男を見る目が無かったね……)
倉科の脳裏に「鳳仙花」で見た里香の最後の後ろ姿が強烈に浮かんでくる。綾乃と瓜二つの後ろ姿だ。倉科は、綾乃と里香がない交ぜになった、その懐かしい幻影を何度も脳裏で反芻した。
客は誰も来ない。マスターと三人で取りとめのない話に終始した。大林は十年来の常連らしく、二人の間で昔話が飛び交っている。もちろん、倉科の正体と事件の話は周到に避けられた。
倉科は所在が無いので、バーボン・ウイスキーの水割りを片手に、やっと操作方法を覚えたスマート・フォンでゲームをしたりFX相場を覗いたりして時間を潰した。
二人は、予定時間の十二時半が来たので店を出ることにした。勘定をする大林に向かって、まじまじと顔を見つめながら、
「大林チャン。何か凄い事件に巻き込まれているでしょう?」
倉科は大林に助け船を出した。マスターの余計な詮索から小林を守るためだ。依頼者の秘密を守る、秘密厳守が探偵の第一モラルである
「いやいや、そんなことないですよ。彼の言う通り何もないんですよ」
雨はまだ止まない。迷路のようなゴールデン街の路地を抜けて表通りに出る。大林はしきりにぶつぶつと独り言を呟いている。
「ここじゃないな。ここだったかなぁ…。ここを通って正木を新宿駅まで送ったんだったかなぁ…」
大林は「岩の花」から正木とどの経路を辿って新宿駅まで行ったかを思い出そうとしている。
「何か思い出したか? 新宿駅へ着くまでにアリバイを証明できるようなこと」
「だめですねぇ…。店を出た後の記憶がぼやけているんです」
「とりあえず、新宿駅まで行ってみよう。何か思い出すかも知れない」
倉科は大林を励ますように先導した。
新宿駅は一日の利用者が約四百万人で世界一だ。朝夕の通勤時間帯以外に午後九時頃と終電間際と四回のラッシュアワーがある。
倉科と大林はゴールデン街から人込みをかき分けて靖国通り、新宿通りと横断して新宿駅東口に着いた。終電に乗り遅れまいと人の群れが続々と駅構内に吸い込まれて行く。傘をさした群衆の中を右左とかわしながら歩くのは骨が折れる。二人とも傘が役に立たず、ずぶ濡れになった。
大林は傘をたたみ、薄くなりかけた頭をハンカチで拭いながら、駅構内に続く階段を降りようとしたとき、
「アッ! ここで正木と別れたんだ。それからタクシーに乗ろうと思って…」
大林の顔に輝きが出てきた。
「そのあとのことも思い出した? どこからタクシーに乗ったの? 会社名は? それとも個人?」
倉科が矢継ぎ早に質問した。
「ウーン……」
また大林は頭を抱えた。
「もう少し駅の周囲を歩き回ってみようぜ。何か思い出すかもしれないから」
倉科は大林を促して、新宿通り、靖国通りと、今来た道を逆に歩き始めた。
「タクシー乗り場を使うの? それとも手を上げて拾うの?」
タクシーの乗り方に何かヒントがないかと、大林に尋ねると、
「その時にもよるけど、新宿では、だいたい乗り場かなぁ…」
「じゃあ、周辺のタクシー乗り場を探索してみようか」
二人は傘をさした長い行列が見えるタクシー乗り場をあちこち歩いた。雨が激しく降ってサマー・スーツから水滴が流れるほどだ。
「明治通りは、いつも込むから…、山手通りを使ったんだっけ…。それならこの辺から乗ったのかなぁ…」
大林がまた一人でブツブツ言っている。倉科は辛抱強く、ウンウンと頷いた。
倉科は顔をしかめながら、
「ここからが重要なんだよ。今まで辿った過程で何か思い出したことは? 警察で話していないことで…?」
「それが全く無いんです」
大林は頭を抱えながら何かを思い出そうと必死の態だ。
マスターは、警察と聞いて、仕込みの手を止めチラッとこちらを見たが、また仕事に戻った。相当こちらの話に興味を持っているようだ。
倉科は薄い水割りを嘗めるようにして飲み、大林も同じようにした。時計を見たがまだ十時を過ぎたばかりだ。大林の記憶を辿るには後二時間余り必要だ。
倉科は大林から、じっくり里香の話を聞こうと決めた。その中に何か今回の事件と関わりのあるヒントがあるかも知れない。
「これといって特別なことは何も思い当たらないですね。どこにでもある普通の男女関係ですよ。彼女は仕事のことも友人関係についても、まあ、個人的なことについて、殆ど話さなかったし…。共通の話題は目黒に関連したものしかなかったですよ」
「それで、俺と綾乃の件も話題になったと、言う訳か」
大林は倉科の言葉に反応せず、男女関係における自己の考えを披歴した。
「お互いが相手を必要とし、それに応じて関係を結ぶ。男と女はそれしか無いでしょう? 原理原則主義者でリアリストの倉さんも女性に関して幻想を抱いているようですね。だから、相手の行動や言動に一喜一憂するんですよ」
大林が持つ女性観の一端から、彼の人間観が窺える。どんな関係も必要か不必要かが根底にあるようだ。端的に言うと、利用できるかどうかだ。彼は、この冷徹な考えで業界の階段を駆け上がってきたのだろう。物事の裏を暴いて仕事にする俺のような探偵でさえ、もっと温か味のある感性をしているのに…。
何か言おうとしたが、倉科の胸に寂寞たる風が吹き抜けた。
(里香よ。お前の最後の男は、こんなに冷たい奴だ。こいつの口から里香を愛していた、好きだったなんて言葉は期待してなかったけど、せめて、可愛かった、楽しかったくらい聞けたらなぁ…と思っていた。結局、君は男を見る目が無かったね……)
倉科の脳裏に「鳳仙花」で見た里香の最後の後ろ姿が強烈に浮かんでくる。綾乃と瓜二つの後ろ姿だ。倉科は、綾乃と里香がない交ぜになった、その懐かしい幻影を何度も脳裏で反芻した。
客は誰も来ない。マスターと三人で取りとめのない話に終始した。大林は十年来の常連らしく、二人の間で昔話が飛び交っている。もちろん、倉科の正体と事件の話は周到に避けられた。
倉科は所在が無いので、バーボン・ウイスキーの水割りを片手に、やっと操作方法を覚えたスマート・フォンでゲームをしたりFX相場を覗いたりして時間を潰した。
二人は、予定時間の十二時半が来たので店を出ることにした。勘定をする大林に向かって、まじまじと顔を見つめながら、
「大林チャン。何か凄い事件に巻き込まれているでしょう?」
倉科は大林に助け船を出した。マスターの余計な詮索から小林を守るためだ。依頼者の秘密を守る、秘密厳守が探偵の第一モラルである
「いやいや、そんなことないですよ。彼の言う通り何もないんですよ」
雨はまだ止まない。迷路のようなゴールデン街の路地を抜けて表通りに出る。大林はしきりにぶつぶつと独り言を呟いている。
「ここじゃないな。ここだったかなぁ…。ここを通って正木を新宿駅まで送ったんだったかなぁ…」
大林は「岩の花」から正木とどの経路を辿って新宿駅まで行ったかを思い出そうとしている。
「何か思い出したか? 新宿駅へ着くまでにアリバイを証明できるようなこと」
「だめですねぇ…。店を出た後の記憶がぼやけているんです」
「とりあえず、新宿駅まで行ってみよう。何か思い出すかも知れない」
倉科は大林を励ますように先導した。
新宿駅は一日の利用者が約四百万人で世界一だ。朝夕の通勤時間帯以外に午後九時頃と終電間際と四回のラッシュアワーがある。
倉科と大林はゴールデン街から人込みをかき分けて靖国通り、新宿通りと横断して新宿駅東口に着いた。終電に乗り遅れまいと人の群れが続々と駅構内に吸い込まれて行く。傘をさした群衆の中を右左とかわしながら歩くのは骨が折れる。二人とも傘が役に立たず、ずぶ濡れになった。
大林は傘をたたみ、薄くなりかけた頭をハンカチで拭いながら、駅構内に続く階段を降りようとしたとき、
「アッ! ここで正木と別れたんだ。それからタクシーに乗ろうと思って…」
大林の顔に輝きが出てきた。
「そのあとのことも思い出した? どこからタクシーに乗ったの? 会社名は? それとも個人?」
倉科が矢継ぎ早に質問した。
「ウーン……」
また大林は頭を抱えた。
「もう少し駅の周囲を歩き回ってみようぜ。何か思い出すかもしれないから」
倉科は大林を促して、新宿通り、靖国通りと、今来た道を逆に歩き始めた。
「タクシー乗り場を使うの? それとも手を上げて拾うの?」
タクシーの乗り方に何かヒントがないかと、大林に尋ねると、
「その時にもよるけど、新宿では、だいたい乗り場かなぁ…」
「じゃあ、周辺のタクシー乗り場を探索してみようか」
二人は傘をさした長い行列が見えるタクシー乗り場をあちこち歩いた。雨が激しく降ってサマー・スーツから水滴が流れるほどだ。
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