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四重奏連続殺人事件
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樋山の調査結果
七月に入り梅雨は明けた。樋山から調査結果の中間報告を受けることになった。彼の事務所は渋谷駅周辺の雑踏から逃れた南平台の付近にあるが、細い道が入り組んでいる。倉科は何回訪れても、一度で行けたことがない。今回もまた道に迷った。樋山に電話で誘導してもらってやっと目当てのビルまで辿り着き、三階でエレベータを降りた。
「先生、そろそろ道順を覚えてくださいよ」
事務所に入るなり樋山にしかられた。二人の調査員が笑っている。全員が教え子だ。
倉科はハンカチで汗を拭きながら、言い訳をした。
「悪い、悪い、すぐ忘れちゃうんだ。似たようなビルが多いし、道が複雑なんでね」
事実、この探偵事務所は大きな屋敷と曲がりくねった細い道、同じように見える低層マンションが立ち並ぶ一角にある。
「アリバイの件から始めましょうか?」
応接室に入るなり樋山が尋ねた。趣味の良さと合理性を兼ね備えた部屋だ。ソファーもテーブルも機能を重視した造りになっている。やや硬めで座り心地の良いソファーだ。一般にはフカフカで体が沈み込んでしまうようなのが、上等と思い込んでいるみたいだが、腰痛の原因になるのを知らないのだろうか? テーブルの高さが丁度よい。ソファーに対応している。普通はもう一段低く、書類を読んだり、署名したりするのに不便を覚える。何故、それが一般的なのだろう? 倉科はそんなどうでも良いことを考えていた。
樋山はテーブルに報告書を置いて調査報告を始める。
「探偵学校のタクシー広告は約五千枚。大手二社と中小併せて十三社が掲載していた事実が判明しました。掲載期間は六月の初めから一か月間ですから、依頼者の大林氏が広告を見たと言う事実と一致します」
「それで、全社に聞き込みを入れた訳か」
「ええ、結構大変でしたよ、現在までに退職した運転手も多いですからね」
樋山は聞き込みの苦労を笑いながら話している。しかし、現実の聞き込みには相当の忍耐と困難が付き纏うのだ。警察のように手帳一つで事が足りる訳ではないのだ。今回の場合、まず、タクシー会社のしかるべき部署に話を通さなければならない。良い担当者に会えれば有り難いが、偏屈な人物に遭遇したら最悪だ。個人情報だとか企業秘密保護を盾にして教えてくれないことが多々ある。タクシーの運行記録は、個人名が出てなく、かつ、犯罪、病歴等の「要配慮個人情報」ではないことを説明して、相手を説得しなければならない。探偵にも法律的知識が要求される。探偵の聞き込みは苦労の連続だ。こちらの窮状を訴えて、相手の情にすがるしかない。
更に、今回の場合、聞き込み対象の勤務時間がバラバラときているから、予定を立てるのさえ大変な苦労だったろうと思う。
「待機時間を入れたら、実働時間は半端じゃないね。ご苦労様でした」
倉科は樋山の労をねぎらう言葉を発した。
「判明するまで十日程掛かりましたよ。でも、運が良かったです。その運転手が退職していたらもっと期間が必要だったかも知れないし、もしかしたら結果が出なかった可能性もありますからね」
樋山は単に運が良かっただけですよ、と強調したが、決して運だけではない。何とかして結果を出そうとする努力が幸運を引き寄せるのだろう。
「運転手はどんな人物だったの?」
「大手タクシーのMTの運転手で、名前は新藤精一、年齢は四十五歳、人の善さそうな感じでした」
倉科は首を突き出すようにして、
「それで、大林氏を乗せた日時と場所、それに降ろした場所まで覚えていたかい?」
「よく覚えていましたよ。六月二十日午前一時三十分頃に新宿三丁目付近から中目黒まで乗せたことを。大林氏が一万円でお釣りはいらないって、言ったそうですから、特に覚えているみたいでした」
「その運転手は、大林氏が車を降りてからのことも覚えていたかい?」
「泥酔しているようで、よろけながら川沿いの高層タワーマンションに入っていったそうです」
大林が倉科に語った記憶と大体において符合している。容疑は確実に晴れたようだ。
倉科が確認するように、
「運行記録の提出と証言を文書にすることの同意はもらった?」
樋山は抜かりなくやっていますよ、と言う表情で頷き、運行記録のコピーと新藤精一の署名捺印がある書類を示した。倉科は渡された書類を点検しながら、
「さすがだね。任せてよかったよ。ついでに聞くけど、運転手に謝礼は渡した?」
「もちろんです。探偵の聞き込みに謝礼は付き物。先生の教えでしたよね」
実際の聞き込みで。最重要なのは聞き込み相手に嫌がられないことだ。そうして、相手の懐へ入っていかなければ情報は得られない。そのために一番効果を発揮するのが、お礼、すなわち、お金だ。もちろん、最初からお金を出しますよ、などと告げるのは、愚の骨頂。さり気なく、協力していただければ見返りはありますよ、と上手くほのめかすことだ。
倉科は普段、探偵学校で聞き込みの技術とか話法を教えているが、最後にものを言うのはお金であることも忘れずに強調している。
「完璧だね。言うこと無し」
樋山は倉科の褒め言葉にニンマリして、
「先生の教育が良かったんですよ」
と、嬉しいことを言ってくれた。
後は、どういう段取りで三村里香殺人事件の捜査本部に知らせて、大林の嫌疑を解消するかである。本人が出頭して調査結果とともに証拠書類を手渡す方法もあるが、ここは、信頼できる第三者の登場を願うべきだろう。大林の先輩で埼玉県警警視・常岡氏に托すのが一番の道と考えられる。警察の体質は身贔屓と決まっているので、打ってつけの役回りだ。倉科は大林のアリバイ調査をこのように締め括る方針を立てた。
応接室のドアが開き、二十代の若い調査員がコーヒーのお代わりを持って来る。半年ほど前の教え子だ。
「おっ、随分、探偵らしい顔付になったね。ついこの前まではガキっぽかったけど」
倉科は出されたコーヒーに手を伸ばしながら,からかった。
「まだまだッス」
調査員は樋山と倉科に照れ笑いをしながら、応接室を出て行った。
「夢想花音楽事務所の件ですが、TD社の信用調査結果では可もなく不可もなしですが……。結構面白いことが分かりましたよ」
樋山はそう言いながら、二十ページ程もあるTD社の調査報告書を広げた。
「まあ、大手信用調査機関は直調(ちょくちょう)即ち、インタビューだから、大した情報は出てこないだろう。でも、そこから何か裏の事情を嗅ぎ取って切り込んでいくのが一流の探偵なのだろうけどね……」
倉科は樋山から渡された報告書をパラパラとめくりながら、誰に言うともなしに呟いている。
調査報告書は以下の形式で作成されている。
第一番に「商号」「代表者」「上場非上場の区別」「本店所在地・電話番号」「創業・設立」「資本金」「事業内容」「年間売上」「取引銀行」「従業員数」からなる会社概要。
第二番は「登記内容」「役員」「大株主」
第三番は第一番に記載された内容の詳細を述べている。「従業員・設備詳細」「代表者詳細(経歴を含む)」「系列・沿革」「業績」「取引先・取引銀行」「資金状況」「現状と見通し」「推定資産・負債状況」等が主な内容だ。
この中で、倉科が確認したかったのは星野遼介だった。彼は会社
役員欄に専務取締役として記載されていた。その他二名の取締役
と監査役一名も星野姓が占めている。
家族と親族で役員欄が埋まっている典型的な同族会社だ。大株主
の欄に社長の星野百合子と並んで記載されているのも星野姓の人物だ。資本金一千万円なので大株主とあっても大したことはないだろうが、持ち株数も記載されていないので、実態は星野百合子の一人会社なのだろう。
倉科が目を留めたのは、主要取引先に数校の音楽大学だった。もっとも、事業内容に各種音楽イベントの開催と並んで楽器販売とあったので当然といえば当然なのだが……。
「現状と見通し」の部分にはイベントの主催、演奏者の派遣だけでなく、各種楽器の販売、更に音楽以外の総合芸術のプロジュースを目指しているとあり、クラシックだけでなくポップス、さらにはテレビ、映画、舞台等の人材育成にも力を入れていると結んでいる。タレント事務所を志向しているようだ。
「社長がハープ奏者でクラシック業界の出身だったよね。音大とかの系統には強くて、商売もその関係が多いようだね」
樋山が驚いたようだ。
「えっ!? よくご存じですね。報告書にはあまり触れていなのに」
「蛇の道は蛇って言ってね。私にもそれくらいの情報網はあるよ」
倉科は綾乃から得ていた知識をさも自分が調べたかのように淡々と披歴した。
樋山がさも感心したような顔で、
「恐れ入りました。それじゃ、僕の調べたことなんかは、全部お見通しでしょうね」
「何を言っているの。そっちは現役で、私のような老兵とは訳が違うでしょう。調査結果を聞かせください」
樋山はiPadを開いて、話を始める。
「社長の星野百合子氏にはパトロンがいまして、一流スポーツ用品メーカーS社の経営者で名前は大中博、戦後すぐの石炭疑獄で有名な元通産大臣の息子です。年齢は七十歳。星野社長が五十歳ですから、まあ、一般的に見て、つり合いは取れていますね。関係は十年以上らしいとのことです。会社の設立がその頃ですから、おそらく資本金等はパトロンが準備したと考えていいでしょう」
「石炭疑獄の裏側には旧軍高官が多数関係していたと、戦後史に記されていたなぁ……。ところで、大中パトロンは会社の経営に口を出しているの?」
「調べた限りでは、その傾向は全くありませんね。もっとも社長自身が会社の経営にあまり熱心ではないようです」
倉科はタバコを燻らしながら尋ねた。
「会社の運営は専務の遼介氏が仕切っていると考えていい訳だね?」
樋山のiPadを操作する手が止まり、驚いて倉科を見つめる。
「誰に聞いたのですか?弟の専務が会社を差配していることを?」
「まあ、まあ。それはいいから、次を教えてください」
「次ですか?……」
樋山は不思議そうな表情をして、……何故、知っているのだろ?……。ディスプレイを指で操作している。
「弟の遼介氏が経営に参加するまでは、姉の百合子社長が、細々と遊び感覚でやっていたようです。関係者によると芸術性とかクラシックの復権とか、ビジネスとは縁遠いことに重点を置いていたらしいです」
倉科が口をはさんだ。
「そりゃそうだろう。パトロンが付いているのだから……。まあ、儲けは二の次だったんじゃないの? S社社長は典型的なオーナー社長と言われているから、お金は相当自由になったんだろうよ」
樋山はiPadの画面をスクロールしながら、
「全くその通りです。それに、大中社長は、相当なクラシック愛好家でもあるとのことです」
七月に入り梅雨は明けた。樋山から調査結果の中間報告を受けることになった。彼の事務所は渋谷駅周辺の雑踏から逃れた南平台の付近にあるが、細い道が入り組んでいる。倉科は何回訪れても、一度で行けたことがない。今回もまた道に迷った。樋山に電話で誘導してもらってやっと目当てのビルまで辿り着き、三階でエレベータを降りた。
「先生、そろそろ道順を覚えてくださいよ」
事務所に入るなり樋山にしかられた。二人の調査員が笑っている。全員が教え子だ。
倉科はハンカチで汗を拭きながら、言い訳をした。
「悪い、悪い、すぐ忘れちゃうんだ。似たようなビルが多いし、道が複雑なんでね」
事実、この探偵事務所は大きな屋敷と曲がりくねった細い道、同じように見える低層マンションが立ち並ぶ一角にある。
「アリバイの件から始めましょうか?」
応接室に入るなり樋山が尋ねた。趣味の良さと合理性を兼ね備えた部屋だ。ソファーもテーブルも機能を重視した造りになっている。やや硬めで座り心地の良いソファーだ。一般にはフカフカで体が沈み込んでしまうようなのが、上等と思い込んでいるみたいだが、腰痛の原因になるのを知らないのだろうか? テーブルの高さが丁度よい。ソファーに対応している。普通はもう一段低く、書類を読んだり、署名したりするのに不便を覚える。何故、それが一般的なのだろう? 倉科はそんなどうでも良いことを考えていた。
樋山はテーブルに報告書を置いて調査報告を始める。
「探偵学校のタクシー広告は約五千枚。大手二社と中小併せて十三社が掲載していた事実が判明しました。掲載期間は六月の初めから一か月間ですから、依頼者の大林氏が広告を見たと言う事実と一致します」
「それで、全社に聞き込みを入れた訳か」
「ええ、結構大変でしたよ、現在までに退職した運転手も多いですからね」
樋山は聞き込みの苦労を笑いながら話している。しかし、現実の聞き込みには相当の忍耐と困難が付き纏うのだ。警察のように手帳一つで事が足りる訳ではないのだ。今回の場合、まず、タクシー会社のしかるべき部署に話を通さなければならない。良い担当者に会えれば有り難いが、偏屈な人物に遭遇したら最悪だ。個人情報だとか企業秘密保護を盾にして教えてくれないことが多々ある。タクシーの運行記録は、個人名が出てなく、かつ、犯罪、病歴等の「要配慮個人情報」ではないことを説明して、相手を説得しなければならない。探偵にも法律的知識が要求される。探偵の聞き込みは苦労の連続だ。こちらの窮状を訴えて、相手の情にすがるしかない。
更に、今回の場合、聞き込み対象の勤務時間がバラバラときているから、予定を立てるのさえ大変な苦労だったろうと思う。
「待機時間を入れたら、実働時間は半端じゃないね。ご苦労様でした」
倉科は樋山の労をねぎらう言葉を発した。
「判明するまで十日程掛かりましたよ。でも、運が良かったです。その運転手が退職していたらもっと期間が必要だったかも知れないし、もしかしたら結果が出なかった可能性もありますからね」
樋山は単に運が良かっただけですよ、と強調したが、決して運だけではない。何とかして結果を出そうとする努力が幸運を引き寄せるのだろう。
「運転手はどんな人物だったの?」
「大手タクシーのMTの運転手で、名前は新藤精一、年齢は四十五歳、人の善さそうな感じでした」
倉科は首を突き出すようにして、
「それで、大林氏を乗せた日時と場所、それに降ろした場所まで覚えていたかい?」
「よく覚えていましたよ。六月二十日午前一時三十分頃に新宿三丁目付近から中目黒まで乗せたことを。大林氏が一万円でお釣りはいらないって、言ったそうですから、特に覚えているみたいでした」
「その運転手は、大林氏が車を降りてからのことも覚えていたかい?」
「泥酔しているようで、よろけながら川沿いの高層タワーマンションに入っていったそうです」
大林が倉科に語った記憶と大体において符合している。容疑は確実に晴れたようだ。
倉科が確認するように、
「運行記録の提出と証言を文書にすることの同意はもらった?」
樋山は抜かりなくやっていますよ、と言う表情で頷き、運行記録のコピーと新藤精一の署名捺印がある書類を示した。倉科は渡された書類を点検しながら、
「さすがだね。任せてよかったよ。ついでに聞くけど、運転手に謝礼は渡した?」
「もちろんです。探偵の聞き込みに謝礼は付き物。先生の教えでしたよね」
実際の聞き込みで。最重要なのは聞き込み相手に嫌がられないことだ。そうして、相手の懐へ入っていかなければ情報は得られない。そのために一番効果を発揮するのが、お礼、すなわち、お金だ。もちろん、最初からお金を出しますよ、などと告げるのは、愚の骨頂。さり気なく、協力していただければ見返りはありますよ、と上手くほのめかすことだ。
倉科は普段、探偵学校で聞き込みの技術とか話法を教えているが、最後にものを言うのはお金であることも忘れずに強調している。
「完璧だね。言うこと無し」
樋山は倉科の褒め言葉にニンマリして、
「先生の教育が良かったんですよ」
と、嬉しいことを言ってくれた。
後は、どういう段取りで三村里香殺人事件の捜査本部に知らせて、大林の嫌疑を解消するかである。本人が出頭して調査結果とともに証拠書類を手渡す方法もあるが、ここは、信頼できる第三者の登場を願うべきだろう。大林の先輩で埼玉県警警視・常岡氏に托すのが一番の道と考えられる。警察の体質は身贔屓と決まっているので、打ってつけの役回りだ。倉科は大林のアリバイ調査をこのように締め括る方針を立てた。
応接室のドアが開き、二十代の若い調査員がコーヒーのお代わりを持って来る。半年ほど前の教え子だ。
「おっ、随分、探偵らしい顔付になったね。ついこの前まではガキっぽかったけど」
倉科は出されたコーヒーに手を伸ばしながら,からかった。
「まだまだッス」
調査員は樋山と倉科に照れ笑いをしながら、応接室を出て行った。
「夢想花音楽事務所の件ですが、TD社の信用調査結果では可もなく不可もなしですが……。結構面白いことが分かりましたよ」
樋山はそう言いながら、二十ページ程もあるTD社の調査報告書を広げた。
「まあ、大手信用調査機関は直調(ちょくちょう)即ち、インタビューだから、大した情報は出てこないだろう。でも、そこから何か裏の事情を嗅ぎ取って切り込んでいくのが一流の探偵なのだろうけどね……」
倉科は樋山から渡された報告書をパラパラとめくりながら、誰に言うともなしに呟いている。
調査報告書は以下の形式で作成されている。
第一番に「商号」「代表者」「上場非上場の区別」「本店所在地・電話番号」「創業・設立」「資本金」「事業内容」「年間売上」「取引銀行」「従業員数」からなる会社概要。
第二番は「登記内容」「役員」「大株主」
第三番は第一番に記載された内容の詳細を述べている。「従業員・設備詳細」「代表者詳細(経歴を含む)」「系列・沿革」「業績」「取引先・取引銀行」「資金状況」「現状と見通し」「推定資産・負債状況」等が主な内容だ。
この中で、倉科が確認したかったのは星野遼介だった。彼は会社
役員欄に専務取締役として記載されていた。その他二名の取締役
と監査役一名も星野姓が占めている。
家族と親族で役員欄が埋まっている典型的な同族会社だ。大株主
の欄に社長の星野百合子と並んで記載されているのも星野姓の人物だ。資本金一千万円なので大株主とあっても大したことはないだろうが、持ち株数も記載されていないので、実態は星野百合子の一人会社なのだろう。
倉科が目を留めたのは、主要取引先に数校の音楽大学だった。もっとも、事業内容に各種音楽イベントの開催と並んで楽器販売とあったので当然といえば当然なのだが……。
「現状と見通し」の部分にはイベントの主催、演奏者の派遣だけでなく、各種楽器の販売、更に音楽以外の総合芸術のプロジュースを目指しているとあり、クラシックだけでなくポップス、さらにはテレビ、映画、舞台等の人材育成にも力を入れていると結んでいる。タレント事務所を志向しているようだ。
「社長がハープ奏者でクラシック業界の出身だったよね。音大とかの系統には強くて、商売もその関係が多いようだね」
樋山が驚いたようだ。
「えっ!? よくご存じですね。報告書にはあまり触れていなのに」
「蛇の道は蛇って言ってね。私にもそれくらいの情報網はあるよ」
倉科は綾乃から得ていた知識をさも自分が調べたかのように淡々と披歴した。
樋山がさも感心したような顔で、
「恐れ入りました。それじゃ、僕の調べたことなんかは、全部お見通しでしょうね」
「何を言っているの。そっちは現役で、私のような老兵とは訳が違うでしょう。調査結果を聞かせください」
樋山はiPadを開いて、話を始める。
「社長の星野百合子氏にはパトロンがいまして、一流スポーツ用品メーカーS社の経営者で名前は大中博、戦後すぐの石炭疑獄で有名な元通産大臣の息子です。年齢は七十歳。星野社長が五十歳ですから、まあ、一般的に見て、つり合いは取れていますね。関係は十年以上らしいとのことです。会社の設立がその頃ですから、おそらく資本金等はパトロンが準備したと考えていいでしょう」
「石炭疑獄の裏側には旧軍高官が多数関係していたと、戦後史に記されていたなぁ……。ところで、大中パトロンは会社の経営に口を出しているの?」
「調べた限りでは、その傾向は全くありませんね。もっとも社長自身が会社の経営にあまり熱心ではないようです」
倉科はタバコを燻らしながら尋ねた。
「会社の運営は専務の遼介氏が仕切っていると考えていい訳だね?」
樋山のiPadを操作する手が止まり、驚いて倉科を見つめる。
「誰に聞いたのですか?弟の専務が会社を差配していることを?」
「まあ、まあ。それはいいから、次を教えてください」
「次ですか?……」
樋山は不思議そうな表情をして、……何故、知っているのだろ?……。ディスプレイを指で操作している。
「弟の遼介氏が経営に参加するまでは、姉の百合子社長が、細々と遊び感覚でやっていたようです。関係者によると芸術性とかクラシックの復権とか、ビジネスとは縁遠いことに重点を置いていたらしいです」
倉科が口をはさんだ。
「そりゃそうだろう。パトロンが付いているのだから……。まあ、儲けは二の次だったんじゃないの? S社社長は典型的なオーナー社長と言われているから、お金は相当自由になったんだろうよ」
樋山はiPadの画面をスクロールしながら、
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