四重奏連続殺人事件

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四重奏連続殺人事件

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星野遼介の経歴

 応接室の大きなガラス戸越しに、隣家の豪華な庭が見える。夏の陽を受けて、樹木がくっきりと映えている。倉科は話題を専務である遼介に向けた。
 「専務の経歴はどうなっているの?」
 「最終学歴はK大学中退となっています。星野家は代々栃木県の資産家で、父親は戦前から玄洋社、黒龍会という右翼の関係者だったようで、県議会議員も何期かやっていて、フィクサー的な存在だったとのことです。彼は高校からK大付属です。都内で姉である百合子社長と一緒に住んでいたことが判明しでいます。当時、百合子社長は音大の大学院を修了して、引き続き研究生だったとのことです」
 倉科は不思議そうに首を傾げた。
 「中退? 資産家の御曹司が授業料を払えないって訳ないから、何だろう? 大学なんてブラブラしていても卒業できるのに……。そうか、理科系か?は文系に比べて卒業が難しいからな。工学部かなにか?」
 「文学部でジャズ・バンドサークルに入って、ピアノを担当していました。それに、大学時代に、実家が何らかの理由で没落したらしいとの情報があります」
 倉科は樋山の報告に聞き入りながら、
 「ジャズ・ピアノねぇ……。音楽家のお姉さんから薫陶を受けたのかな? 中退後から夢想花に入社するまでの経緯は?」
 樋山がiPadをしきりにスクロールする。
 「それがですね……。何人もの関係者に当たったのですが……。どうもはっきりしないのです」
 「はっきりしない? どういうこと?」
 「彼が多少の演奏活動をしていたことは、想像がつくのですが…。CDを二枚、自費で出していますから。しかし、何年も空白期間があるんです。その間、どこで何をしていたかについては、バンド仲間を含めて誰も知らないようです。ただ、最後に遼介氏に会った人物が、妙なことを覚えていました。星野は『フランスへ行って外人部隊に志願するとか、アラブへ行ってゲリラになる、とか言っていた』らしいです。星野は語学に堪能で特に英語と中国語はネイティブ級らしいです。それに、当時からIT関係はプロ並みで、パソコン操作だけでなくプログラミングにも精通していたとのことです」と樋山。
 樋山はiPadで遼介がリリースしたCDのジャケットを検索して、倉科に示した。
 倉科はその画像をまじまじと見ながら、再度タバコに火を点けた。
 「ふーん。語学にITが堪能ときたね。語学は、音楽家は音感に優れていて耳がいいから、外国語が上手だとはよく聞くけど……。中国語については、父親が大アジア主義を唱える右翼だった影響かねぇ……。ITもねぇ……。外国に居たのかなぁ……。あんまり信じられないなぁ……。刑務所に入っていたとかのほうが具体性あるなぁ……。前科・前歴調査は?」
 「ツィッター、フェイスブック等のSNSやブログを含むネットとか、裏サイト検索まで十分にやったのですが、該当はありませんでした。」
 倉科が難しそうな表情で、
 「じゃあ、夢想花に入るまでの十年程は不明と言うことか……」
樋山が余計とも言えるように、
「百合子社長に聞けば,判るのでしょうが、それは無理でしょうし……」
 遼介のバック・グラウンドと言うか、経歴は十年程が不明のままだ。大学中退、実家の没落、おそらく姉は実態を知っているだろうが……。身内以外には知りようもない境遇にいたのだろう。輝かしい経歴でないことだけは予想がつく。倉科は自分自身が、何年間も司法試験に合格できなかった苦渋の年月を思い出した。
 「夢想花に入社してからの経歴は?」
 倉科は質問の方向を変えた。
 「遼介氏は六年前。平成二十年、三十四歳の時から関係するようになったとのことです。その頃から、以前のバンド仲間との交遊も復活しています」
 「最初は姉のルートを利用して、クラシック系のイベント等を企画運営していたが、この業界は寡占化が進んでいて、活動範囲は限られていて、利益も少ないので、芸能プロダクションを目指して、タレントの養成にも手を出していたのじゃないかな」
 樋山は目を丸くして、
 「なーんだ。先生、殆ど知っているじゃないですか」
 「いやいや、知らない部分の方が多いよ。今、話したのは、TD社の信用調査報告書にある『現状と見通し』からの推論だよ。他の判明事項も教えてよ」
 樋山はテーブルに置いていたiPadを再び手元に戻して、操作しながら、これは知らないんじゃないかな、と言う顔で、倉科をチラッと見て、
 「関係者からの情報ですが、音楽大学の裏口入学に近いようなことをしているとの噂があって、夢想花に頼むと、有名教授か、その系列の先生を紹介してもらえて、個人レッスンが受けられるらしい。この噂、クチコミで音大志望者の間に広がっているようです。それまでする価値があるんでしょうか? 医学部ならわかるのですが…」
 倉科が、したり顔で、
 「価値の多様化って言うか、人それぞれだよ。音大志望者の家庭は大体が裕福らしいから、子供のためなら、多少の出費はおしまないだろうよ。それに、有名な教授に師事していれば、卒業後のことでも有利だろうし」
 「卒業後?」樋山が不思議そうに問い返した。
 「大学に残ったり、有名なオーケストラに紹介してもらったりとか……」
 「実力の世界じゃないんですか?」
 樋山の真剣な問いに、
 「もちろん実力の世界だと思うよ。だけど、天才はいざしらず、通常人の技量には、僅かな差しかないのが現実だから、そこにコネのはびこる余地があるのさ」
 倉科にクラシック業界のことが判るはずもないのだが、綾乃からの聞きかじりと、普通の論理展開からこのように答えた。
 「そんなものですか……。そう言われれば、ロック業界でも似たようなことを聞いた気がします」
 倉科は次の質問に移った。
 「ほかに何か情報は?」
 「音大の裏口入学について、気になるから少し調べてみました」
 「あれっ、音大の裏口なんて誰が金を払うのかって思ってたのじゃなかったっけ?」
 樋山は憮然として言い返した。
 「少しでも疑問があったら徹底して調べてみろ。探偵はどんなことでも、薄く広く知っておく必要がある。これ先生の教えでしたよね。だから、教えの通りに」
 「判った,判った。気を悪くしないでくれ」
 先生に謝らせた樋山は、顔をほころばせて、話し始める。
 「裏口かどうかは、わかりませんが、どの音大に入るかは。師事した先生によって決まるらしいです。早い場合は中学生から遅くとも高校に入るまでには、レッスンを受ける先生が決定しているそうです」
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