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四重奏連続殺人事件
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音大教授の優雅な副業
倉科は、初めて聞いたような素振りで、フムフムと頷きながら、
「夢想花は生徒と先生をジョイントして仲介料を取っていたってことか」
「仲介料だけでなく、レッスン料の何割かを先生から徴収していたようです」
綾乃の言っていた通りだ。
「それだけじゃないです。音大に入ってからもレッスンは続くそうです。その上、楽器の購入についてもコミッションを取っていたようです」
倉科は、教授料以外に道具とか免状等でお金が掛かる茶道や華道の家元制度を連想していた。
「お師匠さんと弟子の関係はずっと続くのか……。効率の良い搾取システムだねぇ」
樋山が、まぅたくその通りとの表情で頷いた。
「ロック業界じゃ考えられませんよ」
倉科はソファーから立ち上がって、隣家の庭を見渡せるガラス戸の傍に寄り、
「いくら個人レッスンだと言っても、教授だって、そうそう何人もの面倒はみられないだろう?」
「夜間とか休日を利用して、結構、効率的に何人もこなしてるそうです。一週間に十数人も教えている教授がいるとの噂もあります」
倉科は謝礼の金額がどのくらいになるのか興味をひかれた。一時間、千円や二千円じゃ済まないだろう……。綾乃の言っていたワンレッスン五万円は高すぎるとしても、二、三万円位だとしたら、十人に週一回として月四回、一か月で百万円近い額になる計算だなぁ。いいサイド・ビジネスだ。羨ましい。
倉科が話の筋を本来の調査目的である事務所及び遼介氏の活動に戻した。
「我々が知りたいのは、何故、一介の音楽事務所専務である遼介氏が、どういう理由で多くの教授と結び付いたのかだ」
樋山は「良い資料があります」と言い残して、倉科を残して応接室から事務室へ入っていった。
戻った樋山は、数枚のプリント・アウトされた資料を倉科に手渡しながら、
「音大教授の平均年収が出ています。大体一千万円から一千五百万円程度で、元々、確定申告は必要ないのですが、給与以外に二十万円以上の所得があれば、申告しなければならないはずですが、調べたところ殆どの先生が無申告です。レッスン料が一般サラリーマンの年収程あると思える先生もいるのに」
「ええっ! 不思議だねぇ。レッスン料が入っているはすなのに。脱税しているのか……」
倉科は憮然とした。少ないながらもキチンと申告している自分が馬鹿に思えた。
「この事実を遼介氏は当然知っているから……」
樋山はニャッと笑って、
「……脅迫ですか……」
「十分考えられるねぇ……。恐らくそれに近いことをしているんじゃないか?」
樋山がソファーに身を沈めるように、もたれかかりながら、疑問そうに、
「その程度のことでビビリますかね?」
倉科が身を乗り出すようにして、樋山に語りかけた。
「我々ならなんとも思わないけど、彼らは世間体とか名誉に敏感だし、告発されて、税務署から悪質だと判定されたら七年間の重加算税35パーセントだよ、こう脅されたら、相当威力があるよ。まして、大学にバレたら教職を失いかねない。これは、絶対に避けたいはずだ。安定収入が無くなるから。音楽一本で生活するのは、実力と運に恵まれてなきゃ不可能に近いからね」
樋山が倉科の言葉に賛同の意を表した。
「その通りです。どんなに実力があっても、運がなければどうしようもないですから。それにクラシック業界はロック、ポップス等に比べれば段違いに売上高も少ないですからね」
倉科と樋山が出した、夢想花と遼介氏についての統一見解は以下のようなものだった。
第一に星野遼介氏が従来からの姉のルートを通して、複数の音大で、多数の教授達とコネをつけた。第二に徒弟制度、家元制度的な先生と生徒の関係を利用して金儲けを実行した。第三に教授達の弱みを握り、自らの思うままに集金システムを統括するようになった。
倉科の思いは、遥か先へ進んでいた。遼介は、それ以上もっと悪事に手を染めているに違いない。そうでなければ、殺人事件に関連して、倉科の脳裏に遼介の名前が焼き付くはずがないのだ。
ソファーに座り込み、じっと目を閉じて考えに耽っている倉科はタバコの灰が落ちるのも気が付かない。
倉科は、初めて聞いたような素振りで、フムフムと頷きながら、
「夢想花は生徒と先生をジョイントして仲介料を取っていたってことか」
「仲介料だけでなく、レッスン料の何割かを先生から徴収していたようです」
綾乃の言っていた通りだ。
「それだけじゃないです。音大に入ってからもレッスンは続くそうです。その上、楽器の購入についてもコミッションを取っていたようです」
倉科は、教授料以外に道具とか免状等でお金が掛かる茶道や華道の家元制度を連想していた。
「お師匠さんと弟子の関係はずっと続くのか……。効率の良い搾取システムだねぇ」
樋山が、まぅたくその通りとの表情で頷いた。
「ロック業界じゃ考えられませんよ」
倉科はソファーから立ち上がって、隣家の庭を見渡せるガラス戸の傍に寄り、
「いくら個人レッスンだと言っても、教授だって、そうそう何人もの面倒はみられないだろう?」
「夜間とか休日を利用して、結構、効率的に何人もこなしてるそうです。一週間に十数人も教えている教授がいるとの噂もあります」
倉科は謝礼の金額がどのくらいになるのか興味をひかれた。一時間、千円や二千円じゃ済まないだろう……。綾乃の言っていたワンレッスン五万円は高すぎるとしても、二、三万円位だとしたら、十人に週一回として月四回、一か月で百万円近い額になる計算だなぁ。いいサイド・ビジネスだ。羨ましい。
倉科が話の筋を本来の調査目的である事務所及び遼介氏の活動に戻した。
「我々が知りたいのは、何故、一介の音楽事務所専務である遼介氏が、どういう理由で多くの教授と結び付いたのかだ」
樋山は「良い資料があります」と言い残して、倉科を残して応接室から事務室へ入っていった。
戻った樋山は、数枚のプリント・アウトされた資料を倉科に手渡しながら、
「音大教授の平均年収が出ています。大体一千万円から一千五百万円程度で、元々、確定申告は必要ないのですが、給与以外に二十万円以上の所得があれば、申告しなければならないはずですが、調べたところ殆どの先生が無申告です。レッスン料が一般サラリーマンの年収程あると思える先生もいるのに」
「ええっ! 不思議だねぇ。レッスン料が入っているはすなのに。脱税しているのか……」
倉科は憮然とした。少ないながらもキチンと申告している自分が馬鹿に思えた。
「この事実を遼介氏は当然知っているから……」
樋山はニャッと笑って、
「……脅迫ですか……」
「十分考えられるねぇ……。恐らくそれに近いことをしているんじゃないか?」
樋山がソファーに身を沈めるように、もたれかかりながら、疑問そうに、
「その程度のことでビビリますかね?」
倉科が身を乗り出すようにして、樋山に語りかけた。
「我々ならなんとも思わないけど、彼らは世間体とか名誉に敏感だし、告発されて、税務署から悪質だと判定されたら七年間の重加算税35パーセントだよ、こう脅されたら、相当威力があるよ。まして、大学にバレたら教職を失いかねない。これは、絶対に避けたいはずだ。安定収入が無くなるから。音楽一本で生活するのは、実力と運に恵まれてなきゃ不可能に近いからね」
樋山が倉科の言葉に賛同の意を表した。
「その通りです。どんなに実力があっても、運がなければどうしようもないですから。それにクラシック業界はロック、ポップス等に比べれば段違いに売上高も少ないですからね」
倉科と樋山が出した、夢想花と遼介氏についての統一見解は以下のようなものだった。
第一に星野遼介氏が従来からの姉のルートを通して、複数の音大で、多数の教授達とコネをつけた。第二に徒弟制度、家元制度的な先生と生徒の関係を利用して金儲けを実行した。第三に教授達の弱みを握り、自らの思うままに集金システムを統括するようになった。
倉科の思いは、遥か先へ進んでいた。遼介は、それ以上もっと悪事に手を染めているに違いない。そうでなければ、殺人事件に関連して、倉科の脳裏に遼介の名前が焼き付くはずがないのだ。
ソファーに座り込み、じっと目を閉じて考えに耽っている倉科はタバコの灰が落ちるのも気が付かない。
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