四重奏連続殺人事件

エノサンサン

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四重奏連続殺人事件

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シート・ベルトの指紋と防犯ビデオ

倉科の事務所兼居間ではカタカタとキーボードを叩く音だけが、二、三時間ほど響き続いている。
倉科は、先程、実験した鈴木正恵の偽装事故? 偽装殺人に関するシート・ベルトとブレーキ・ペダルについてと、榊江利子の自殺を装った密室事件に関する推理を詳細に文章化している。精密かつ分かり易く記述するのは大変な作業だ。
事件の背景は、音大の闇と言われる入学、教授達の高額なレッスン料、楽器の強制的購入に関するリベート等に端を発し、東トルキスタン独立運動にまで広がったこと。
これらを詳説するのは事実と推論が重なり合っているので、倉科自身が何度も何度も整合性を検証しなければならなかった。
特に鈴木正恵の件で重要な証拠となり得るシート・ベルトのボタンに付着しているであろう犯人の指紋と、榊江利子については、彼女のマンション付近の工事現場に設置されている防犯ビデオを強調した。三村里香の件は、例の黒いセダンが星野遼介の所有するBMW3251に違いなく、おそらく車内から三村里香の血痕か毛髪が遺留されているはずと、この三点を強調した。
倉科は完成した文書をメールで名古屋の竹橋弁護士に送り、何度も灰皿を取り換えながら返事を待った。一時間も経っただろうか、電話があり、
「読んだよ。俺にも理解できるからその通りの筋書きじゃないかな。それにしても凄い執念だな」
倉科は不安げな声で尋ねた。
「これで何とかなるかなぁ?」
「任せておけ。俺のルートと鈴木社長の筋で、愛知県警にリークするから」
電話はそれで終わった。倉科は疲労と静寂のなかで、タバコを燻らしながら、
(うまくいってくれると良いのだが……)と祈った。

物足りない終結

一週間後、愛知県警に埼玉県警、福岡県警との合同捜査本部が設置され、星野遼介が交通事故保険詐欺で逮捕されたとテレビ・新聞報道があった。更に、合同捜査本部では三月の福岡、四月に名古屋.で死亡した二人の女性について彼を要参考人として事情を聴いているとのことであった。大衆紙・週刊誌の多くは、二人が夢想花音楽事務所の四重奏メンバーであったことから、センセーショナルに美人音楽家連続殺人事件? と大見出しを打っている。
しかし、音大教授のアルバイト、リベートに関する不祥事や、東トルキスタン独立運動との関連について触れたものは全くなかった。
倉科は殺害された三人の冥福を祈った。その中でも、人違いで殺されたであろう三村里香がことさら哀れでならなかった。
……少しは敵討ちができたかなぁ……。

エピローグ

八月に入ると暑さは一層酷くなった。七月から続いている猛暑日を更に上回る気温を示した。
竹橋弁護士から連絡があり、捜査本部が小田貴子の弟を国際指名手配したと教えられた。
榊怜子からも電話があり、福岡県警が捜査を始めた旨を知らせてきた。名古屋の鈴木社長からは丁重な電話があり、夫人からは感謝を込めた礼状が届いた。夫婦して何かお礼を、と言われたが、
「調査費用だけで充分です」と、答えてしまった。
後日、調査経費の精算で樋山に会ったとき、その旨を伝えると、
「先生は本当に欲がないんだから」と笑われた。しかし、それに続けて、真剣な表情で、
「だから、信用できるんです。これからもよろしく」と言って、頭を下げた。
顔を上げた樋山の目と倉科の目が合い、何故かしら可笑しくなって、二人は肩を揺すって笑い合った。
お盆を郷里で過ごした倉科が東京に戻ると、見慣れぬ絵葉書が届いていた。モスクワにある赤の広場とクレムリンの尖塔が写っている。差出人は亀井綾乃で、二、三行の文章には「予定を早めてロシアへ来ました。江利子と正恵のこと、ありがとう」とあり、住所とメールアドレスが書いてあった。
身代りになって殺された三村里香のことには何も触れていなかった。

 この小説はフィクションであり、特定の個人、団体等とは一切関係がありません。
             著者 榎本了仁






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