君と旅をするために

ナナシマイ

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1章 旅は始まっている

ロツを探して

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 お昼ご飯を食べた後、フレッド君は武器の手入れを、わたしは遮音結界の残りと、葉手紙という通信の魔法具を作成しました。
 葉手紙は風属性に依存する魔法具なので、届くスピードが上がったくらいで、面白い性質の変化は無さそうでした。残念です。

 それから山を降りて、何とか陽が沈む前に小さな街に入ることができました。
 宿屋の食堂で夜ご飯を食べながら、明日の予定について話し合います。

「明日、どこか行きたい所はありますか? わたし、宝石屋さんに行きたいのです。今日の調合で、ロツが使えなくなってしまって」

 調合器具は、素材に余計な“気”や魔力が混じらないように、また調合した物に影響を受けないように、“気”を通しにくい特別な金属――高抵抗金属で作られています。
 そうすると今度は、持ち運び用に使われる形状変化の魔法も掛けられなくなってしまうのですが……ここでロツの出番です。

 ロツは誘導宝石の一種です。誘導宝石というのは、それを介して魔法を使うことで、高抵抗金属などの“気”を通しにくい素材にも、魔力を通したり魔法を掛けたりすることができる優れもの。

 ロツは特に、高抵抗金属との相性が良いと言われています。
 けれども、誘導宝石の負担は大きく、消耗品の割に高価なのです。用途毎に高抵抗素材の道具を作った方が安く揃えられますから、研究者や、よほど荷物を減らしたいと思う人でもない限り使いません。
 わたしの場合は……どちらも、ですね。とにかくそのような理由で、明日は宝石屋さんへ行きたいと思っていました。

「特に無いな。ついていくよ」
「ありがとうございます」



 次の日、街に一つだけあった小さな宝石屋さんに向かいました。店に入ると、他にお客さんはおらず、店番をしているお姉さんがこちらをじろりと睨んできます。
 子供の冷やかしだと思われたのでしょう。よくあることです。売ってくれないのは困りますから、ちゃんとした客であることを示すため、すぐ本題に入ることにしました。

「こんにちは、お姉さん。こちらのお店に、誘導宝石は置いていますか?」
「あんたらみたいな子供が来るところじゃないわよ、ここは。おもちゃ屋なら、……って、え? 今、誘導宝石って言った?」

 おもちゃって……。わたしはともかく、フレッド君は十四歳ですし、見習いくらいには見えていると思うのですけれど。解せません。
 それでも、お姉さんが話を聞いてくれそうなのでもやもやを抑えます。そして街歩きに使っているポシェットから、調合用の金属棒を取り出しました。

「はい。誘導宝石です。調合用の金属に使っていたロツが摩耗してきたので、交換したくて」

 お姉さんはわたしから金属棒を受け取ると、じっと見つめました。そして溜め息。

「はぁ。あんた、この年でよくこんなの使ってるわね」
「調合好きで、旅人で、非力な子供ですから。この方法が最善です」
「それはそうだろうけど……って、違うわよ、お金の問題! こんな高価なもの、大人でも簡単に使えないのよ……?」
「色々と作って売っていればそれなりに元は取れるのですよ。あっそうです」

 新しい魔法具を見てみませんか? と言おうとして、今は持っていないことを思い出しました。

「ふ、フレッド君……」
「仕方ないな。結界のか?」

 申し訳ないと思いながらフレッド君を見上げると、言いたい事はすぐに伝わったみたいです。

「はい。あと、葉手紙も何枚か、お願いします」

 軽い溜め息をついて店を出たフレッド君を見送り、わたしは話を誘導宝石に戻しました。けれども。

「悪いけど、うちにロツは無いのよ。前は置いてたんだけどね、父さんが『王都でも中々売れないモンが、こんな小さな街で売れるわけねぇ』って言って、行商人の知り合いに同行したついでに全部売ってきちゃったの」

 まさかそれをあんたみたいな子供が買いに来るなんてねぇ、と溜め息混じりに言うお姉さん。
 ロツが無いということですが、調合器具が使えないままというのは落ち着きません。多少相性が悪くても、代用品として他の誘導宝石だけでも買っておきたいところです。

「では、他の誘導宝石はありますか?」

 そう聞きつつ、自分でも並んでいる宝石を見てみます。お姉さんはすぐに二種類の宝石を出してくれました。

「これとこれね。金属と相性が良いのはこっちの青い方だけど、耐久性は黄色の方が良いわ。値段はどちらも大銀貨三枚」

 ロツが大銀貨五枚くらいですから、妥当な値段でしょう。黄色い方を選び、代金を支払います。
 そこでタイミング良くフレッド君が戻ってきたので、お礼を言って魔法具の入った袋を受け取り、にっこりとお姉さんに向き直りました。

「もう代金はお支払いしたので心配する事は無いでしょうけれど、一応、わたしに何故支払い能力があるのかをお見せしますね。……そうですね、何か音の出る物はありませんか?」

 遮音結界の魔法具を取り出して訊ねると、お姉さんは「オルゴールがあるわ」と言って店の奥から小さな箱を持ってきてくれました。
 わたしは小さな範囲に結界を張り、その中にネジを回して音が鳴っているオルゴールを入れます。勿論音は聞こえなくなりました。

「ご存知かと思いますが、これは遮音結界です。わたしが昨日、作りました」
「勿論知ってるわ。けど、子供が作ったというところ以外は普通ね。あたしは要らないわよ。……まぁ、欲しい人はたくさんいるでしょうから、こういうのを作れるならお金には困らなさそうね」
「売りつけようとしているわけではありませんよ。では、今度は結界の中に入りましょう」

 わたしは結界の中から鳴り続けているオルゴールを出し、少し巻きを足して結界の外に置きました。そして結界の範囲を広げ、お姉さんの手を引いて中に入ります。オルゴールの音は聞こえたままです。

「えっ? これって……」

 不思議そうな顔で結界を行ったり来たりするお姉さんに、笑みが溢れます。

「そうですね。たとえば、お店の中でこれを使えば、商談中に他のお客さんが来ても対応しやすくなりますし、結界の中で聞こえないだろうと悪口を言う人を見つけることだってできますね」
「後者はどうでも良いけど……うん、他にも使いどころはあるわ。あぁもう、何よ! 完全に売りつけるつもりじゃない! ……いるわよ、買うわよ! いくら?」

 半ばやけくそ気味に値段を聞いてきたお姉さんから小金貨三枚と大銀貨五枚を受け取り、遮音結界の魔法具を渡しました。
 お姉さんは受け取った魔法具をじっと見つめて、それから残念そうに眉を下げます。

「さすがに、ここまでの仕事ができてたら魔法陣の隠蔽だって当たり前にこなすわね」

 勿論です。魔法陣の構成方法は大事な財産ですからね。魔法陣が直接見えないように隠すのは当然です。仮に見えたとしても複雑に描き加えているため、簡単に構造を見られないようになっています。
 ……と言っても、今回は普段作っている遮音結界と同じ構造なのですけれど。

 「葉手紙もあるんでしょ、寄越しなさい」とお姉さん。一応、「結界みたいに面白い機能はありませんよ」と伝え、それでもと言うので大銅貨五枚を追加で貰って葉手紙を五枚渡しました。ありがとうございます。
 それから、お姉さんは紹介状まで書いてくれました。

「少し行ったところに、南部で一番大きい街があるでしょ? そこで兄さんが店を開いてるのよ。ロツも置いてあるはず。本当はあの人が儲けるのが気に入らないから教えるつもりは無かったんだけど、さっきの魔法具、売りつけてやって」

 彼女はそう言って、片目を瞑りました。



「結局、買った値段より売った値段の方が高かったな」
「値段が値段ですから、あまり期待はしていなかったのですけれど」
「宝石商ってやっぱり儲かるんだな……。ま、俺に商売は向いてなさそうだが」
「フレッド君は優しいですからね。たくさんまけてくれそうです」
「そういう意味じゃあない」
「ふふ、そうですか? ……多分ですが、お姉さんはあれを使って元を取る気満々でしたよ。彼女のお父様はたまに行商に出るそうで、結構大きなお仕事をしているようでしたから」

 そんな話をしながらお昼ご飯を食べ、そのまま街役場へ向かいます。
 役場は、国が管理している、様々な手続きをする場所です。敷地内には国民が自由に使える施設も併設されていて、その内容は街によって様々ですが、闘技場・講堂・調合室・炊事場が共通して入っています。

 昨日フレッド君が言っていた公共の調合室というのはこのことで、わたしが好んで使わない場所でもありました。

「はい。では五の鐘までに出てくるようにね」
「わかりました」

 役場で調合室を借りる手続きをすると、時間の書かれた札を渡されます。施設は三の鐘から六の鐘まで利用することができ、鐘一つ分で枠が区切られています。

 ……この、鐘一つ分、というのが厄介なのです。

 わたしは調合を始めると時間を忘れてしまうため、気がつくと怒られている、という状況が今までに何度もありました。
 実験に失敗して、これから検証していくという時に追い出されてしまうのですから、せめて、鐘二つ分の枠にして欲しいものだと思っています。

 けれども今日は、誘導宝石を高抵抗金属に填めるだけです。鐘半分の時間も掛かりませんから、時間を気にする必要はないでしょう。……それに、フレッド君もいますし。

 調合室は、わたし達以外には誰もいませんでした。奥の机を使うことにします。

 まず、ロツが無制御状態にならないように魔力で覆い、金属棒との接触面を開放します。それからゆっくりと外して、魔力で覆ったまま横に置いておきました。
 次に、先程買った誘導宝石に魔法陣を描きます。魔力を流しながら宝石を揺らすと、表面ではなく内側だけが削られていきました。魔法陣が、中に浮かぶように描かれていきます。

「よくそんな細かい作業できるな、魔法使いは」
「フレッド君だって、身体の向きや重心の置き方、力加減などたくさん細かい調整をして動いていますよね。それと同じですよ。わたしにはフレッド君こそが凄い人に見えます。実際凄い人ですけれど」

 ずっと作業を見ていたフレッド君が感心した風に言いましたが、それはお互い様なのです。

 魔法陣を描き終わると同時に宝石を魔力で覆い、外した時と同じようにゆっくりと填めます。
 覆っていた魔力を抜き取れば、完成です。一応、魔法陣を発動させて、問題無く変形することも確認しました。

「思ったより早く終わりましたね……」

 そう言って何気なく葉手紙を出そうとした手を、フレッド君はがしっと掴みました。

「終わりだ」
「……はい」
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