君と旅をするために

ナナシマイ

文字の大きさ
24 / 46
5章 手の中にある幸せを

外れた人

しおりを挟む
「街を出たら、トイさんの工房へ行きましょう!」
「……は?」

 宿の部屋で出発の準備中、ふと思い出したことを口にすると、フレッド君は胡乱な目を向けてきました。……そうでした、彼は知らないのでしたね。

「夢見魔団の皆さんが使っていた魔法具があったでしょう? あれを作った魔法使いです。街の北にある森の中に、工房を建てて住んでいるのですって」

 トイという魔法使いのことは、神殿の巫女さんが教えてくれました。優秀な魔法使いでありながら、とんでもない変わり者だということ。そして、善悪関係なく様々な魔法具を生み出すのだということを、何とも言えない表情で語ってくれました。
 というのも、夢見魔団が悪事に使うような魔法具を作る傍らで、西部領にとっては欠かせない重要な魔法具の作成にも携わっているらしいのです。確かにそれでは、取り締まることが難しいでしょうし、街の住民としても複雑な気持ちになるでしょう。警備兵への質問がはぐらかされた理由もわかります。

 けれども、あのような珍しい魔法陣を描くのです。是非お目にかかりたいと、巫女さんに詰め寄ったのは言うまでもありません。「夢見魔団として捕まったのに、魔法具の製作者について何も知らないのは恥ずかしいのです」というようなことを言うと、彼女は丁寧に工房へ向かうための地図まで描いてくれました。

「結局、あいつらは何をしたかったんだろうな」

 ハルケージの街を出ると、そこには森が広がっていました。陽射しが遮られる木の下は思った以上に空気が冷たく、開けっぱなしにしていた外套の前を閉じます。それから、呆れたような、本当に不思議に思っているような口調で呟いたフレッド君に、わたしは首を傾げました。

「彼らと一緒だったのですよね? そういう話は聞かなかったのですか?」
「あぁ。まぁ、な……」
「……?」

 そう聞くと、何故か言葉を濁して目を逸らすフレッド君。

「いや。何でもない。……俺達には関係のないことだ」

 しかし彼はすぐに首を振り、ハルケージでの最初の夜と同じことを言いました。それならと頷き、わたしはポケットから巫女さんに貰った地図を取り出しました。が、それはすぐフレッド君に取られてしまいます。むぅ、と見上げる前に、わたしの空いた手が握られました。

「お前が見るべきなのは、地図じゃなくて“気”だ」



 それからしばらく歩くと、木々の隙間の向こうに大きな天幕が見えてきました。その入り口は大きく開いていて、近づくと、中にはたくさんの魔法具が置いてあるのがわかります。うきうきしながら駆け寄ろうとすると、フレッド君と繋いだままの手がぐっと引かれ、溜め息をつかれてしまいました。

「転ぶだろ。歩いた方が早い」
「そ、そうですけれど……」

 どうしてこの気持ちをわかって貰えないのでしょう。残念でなりません。それでも天幕の入り口に着くと、彼は繋いでいた手を離し、トン、と背中を叩いてくれました。「失礼します……」と言いながら中に入ると、ずらりと並んだ魔法具が奥の工房までずっと続いていました。

「わぁ……」

 その全てに刻まれている、街で見たような珍しい魔法陣。無駄のない立体的な構造に、ところどころ遊び心が加えられているのが特徴で、魔法使いとしての優秀さと芸術的なセンスを感じます。それでいて、子供でも発動できるような複雑すぎない仕上がりになっているのですから、わたしは感動してしまいました。
 熱心に眺めていると、横に並んだフレッド君が顔を覗き込んできます。

「そんなに凄いのか?」
「……はい。大衆向けの魔法具として、これ以上のものを見たことがありません」
「大衆向け?」
「より多くの人が簡単に発動できること、それから独自性に優れていること、ですね。複雑すぎては魔法使いでないと使えない、ということになってしまいますし、独自性がないと簡単に真似されてしまいますから」
「なるほどな」

 少なくとも、わたしにはこの魔法陣を描くことができません。隠された構造までわかっていても、それを描く技術が足りないのです。魔力の操作能力はそれなりだと自負していますが、やはり上には上がいるものですね……。

 ――ジジッ。

 と、左手に一瞬、ピリッとした痛みが走りました。それと同時に、物凄く不快な“気”が身体を包みます。

「っ!?」

 反射的に結界を張ろうとした時、工房の扉が開く音がしました。

「ようこそ。小さき友人」

 人のものとは思えないような、金属音の混じる耳障りな声に視線を向けると、そこには奇妙な恰好をした男の人が立っていました。
 縦長の大きな帽子と、鮮やか過ぎる緑色の外套。ニタリと歪ませた右目は義眼なのか、光のない鈍色をしています。そしてその肩には、鳥を模した魔法具が乗っていました。

 けれども。

 最も奇妙――いえ、恐ろしく感じるのは、彼の纏う“気”でした。それはわたしの魔力に混じろうとしては反発し合い……正直に言うと、苦しくてたまりません。あの悪魔と遭遇した時よりもずっと不快で、今すぐこの場から逃げ出したくなります。それなのに、身体が上手く動かないのです。

「あ……ぅ……」
「……リル?」
「あぁ、友人には少しばかり刺激が強かったようだねェ……。ほら、これで大丈夫だろう?」

 彼は指を鳴らす一瞬で自らの周りに結界を張り、片目を瞑ってみせました。その瞬間、不快な“気”の感覚が消えます。

「あ……ありがとうございます」
「どういたしましてェ。そして改めて、トイの工房へようこそ!」

 その人――トイさんは大袈裟に両手を広げて言いました。その動きも十分に奇妙でしたが、わたしはまた別のところに意識が向きます。

「と、鳥が喋ってる……!?」

 どういう仕組みなのか、金属音が混じるその声は、鳥の魔法具から発せられていました。

「良い反応だねェ。そう、言うなればこれは、私の口なのさァ」
「口、ですか……?」

 ……声を失ってしまったのでしょうか。けれどもトイさんは、何てこともないという風にケタケタと笑います。……笑い声が聞こえてくるのは、肩の鳥から、ですけれども。

「そうだ、私の作った魔法具はどうかな?」

 トイさんはまた指を鳴らし、側にあった魔法具を発動させました。可愛らしい人形がくるくると回り、楽しげな音楽が流れます。
 彼が視線で促してきたので、わたしもいくつかの魔法具を発動させました。一気に天幕の中が賑やかになって、フレッド君がぎょっとしたように目を大きく開きます。それが可笑しくて、トイさんと顔を見合わせました。

「ふふ、楽しい魔法ですね!」
「わかって貰えて嬉しいなァ」
「それに凄い操作能力です。……どうやったら、こんな風に構造を繋げられるのでしょう」

 わたしの疑問に、彼はニタァとした笑みをその顔に貼り付けました。それを挑戦と受け取り、わたしは更に魔法具を発動させます。

「……そんなに発動させて、何してるんだ?」

 けれども、フレッド君には溜め息をつかれてしまいました。許可されているとはいえ、見境がなかったでしょうか。……何だか恥ずかしくなってきて、小さな声で答えます。

「魔法陣を覚えているのですよ。……いつか、自分でも描けるようなるために」



 それから結局、いくつもの魔法具を発動させては、その魔法陣を覚えていきました。トイさんは直接的なことは何も教えてくれませんが、謎かけみたいなことを言いながら、それとなく理解させてくれます。それが楽しくて、ついつい夢中になってしまいました。彼は本当に変で、本当に優秀です。

「そういえばさァ。友人は、何か聞きたいことがあってここへ来たんじゃなかったのかい?」
「え? ……と、魔法具のことですか? それなら今――」

 質問がよくわからずに聞き返すと、トイさんは大きく頷きました。

「そうさ、夢見魔団として捕まっていただろう? 友人は神殿の地下室で、友人の友人は檻の中で楽しんでいたねェ」
「ど、どうしてそれを?」

 ……神殿の、地下室? 街の人から聞いたとしても、それは詳しすぎます。わたしは、少しだけ警戒しました。

「私には目があるからね」

 しかしその瞬間――

「ひぇっ!?」
「なっ……!」

 トイさんの右目が、ぽろりと外れて宙に浮きました。

「これは……?」

 ケタケタと笑う鳥と、ふわふわと浮かぶ目玉。……魔法具だとわかっていても、見ていて気持ちの良いものではありません。

「私の代わりに、色んなものを見てきてくれるのさァ。便利な魔法具だろう?」
「……ま、待ってください」

 驚いている間に、さらりととんでもないことを言ったトイさん。ですが、さすがにこれは聞き逃せません。

「そんな魔法はないはずです。使役魔法でもない限り……」

 視覚共有の魔法ならあります。闇属性に属するその魔法なら、精神を繋げることでその視覚を得ることができるのです。けれども、目そのものを作るというのは、生命を模倣するということです。そんなことは、できません。それなのに、彼はその目で物を見ていると、そう言うのでしょうか……?

 疑いの目を向けると、彼は一瞬、肩に乗せた鳥を優しく撫でました。それから、わたしをじぃっと見つめます。その視線が想像以上に鋭くて、思わず後ずさりました。

「私はね、禁忌魔法行使者なのさァ」

「――っ!」
「行使回数は四回。代償は、声、右目、右足、それから……全身の毛、だよゥ」

 大きな帽子を取ると、彼の言う通り、毛の一本も生えていない頭が現れました。よく見ると、睫毛も生えていません。

 ――禁忌魔法。
 それは闇属性の魂に干渉する魔法の中で、人が侵してはならないとされるものを指します。……すなわち、命なき魂への干渉を行う魔法。
 命を終えた魂というのは、“気”に還るものなのです。それに逆らって、この地に留めてはならないのです。

 ぐわんと揺れた視界の中で、わたしは無意識に胸に当てていた左手を、ぐっと握りました。

「……フレッド君。行きましょう」
「え?」

 気づけなかった自分が嫌になります。……つまりそれは。

「ぅ……」
「俺は良いが、話聞かなくていいのか?」

 先ほど感じた不快な“気”の正体は、死者の魂……!

「おい……?」
「ふ、フレッド君はっ! 魔力がないから、わからないのです……!」

 伸ばされたフレッド君の手を振り払います。感情のまま発動させた風魔法に乗り、わたしは一人、天幕を飛び出しました。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

勇者の様子がおかしい

しばたろう
ファンタジー
勇者は、少しおかしい。 そう思ったのは、王宮で出会ったその日からだった。 神に選ばれ、魔王討伐の旅に出た勇者マルク。 線の細い優男で、実力は確かだが、人と距離を取り、馴れ合いを嫌う奇妙な男。 だが、ある夜。 仲間のひとりは、決定的な違和感に気づいてしまう。 ――勇者は、男ではなかった。 女であることを隠し、勇者として剣を振るうマルク。 そして、その秘密を知りながら「知らないふり」を選んだ仲間。 正体を隠す者と、真実を抱え込む者。 交わらぬはずの想いを抱えたまま、旅は続いていく。 これは、 「勇者であること」と 「自分であること」のあいだで揺れる物語。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...