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5章 手の中にある幸せを
ごめんなさいの行方
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天幕を飛び出た勢いのまま、わたしは森の中に突っ込みました。空を飛ぶのは本当に久し振りで、かつ、身体のバランスを上手く取れないのです。案の定すぐ木の枝にぶつかり、そのまま落下します。
「いったたた……」
何とか魔力を操作したことで強い衝撃は免れましたが、それでもたくさんの枝葉が当たり、あちこちに擦り傷ができています。服も、ところどころ破けてしまいました。
ですが、そんなことはどうでもいいのです。
「わたし、何てことを……!」
焦って、感情がぐちゃぐちゃになっていたとはいえ、あのような酷いことを言ってしまうなんて。それも、魔力がないとフレッド君を見下す人達を良く思っていなかった、わたし自身が……!
零れそうになる涙を、ぐっと堪えます。酷いことをしたのはわたしで、悲しいのは、怒るべきなのは、フレッド君なのですから。
「……っ」
けれども。早く謝りに戻らなくては、そう思っているのに、身体の感覚が薄れて動けまけん。あの“気”の感触が、魂の気配が、こびりついて剥がれないのです。
トサッ。
わたしは今すぐに立ち上がるのを諦めました。そのまま後ろに倒れ、落ち葉の中に寝そべります。
ぐるぐると頭の中を巡る罪悪感と嫌悪感に、思考まで乱されるようでした。それを振り払うように、左手の指輪をそっと撫でます。しばらくそうしていると、ざわつく頭の中は少しずつ落ち着きを取り戻していきました。
それから、ふぅ、と息を吐き、フレッド君に貰った耳飾りを外しました。かざしてみると、それはきらりと揺れます。
「……」
心なしか、青い輝きが深みを増しているように見えました。それはまるで、フレッド君に心の中を覗かれているみたいで。……今のわたしには、それがとても苦しく感じられます。
「……フレッド君。ごめんなさい」
身体の感覚が戻るよりも先に、落ち葉を踏む足音が聞こえてきました。その音で、歩き方で、フレッド君だとわかります。
「リル」
仰向けになっていたわたしを、彼は覗き込みます。一瞬、手の中にある耳飾りを見て、何とも言えない表情を作りました。
返せと言われるかもしれない。そう思って、ぎゅっと手を握ります。すると、フレッド君は意外そうな顔をしました。それからしゃがんで、わたしを丁寧に起き上がらせてくれます。
「フレッド君――」
「言うな」
「……っ!」
ド、と、心臓が大きな音を立てました。謝ろうと口を開いた途端、フレッド君の指がわたしの唇に当てられたのです。息をするのも憚られて、驚いたまま固まります。指が触れている部分だけが熱く、そこに意識が集中しました。
彼は、真剣な顔で続けます。
「お前には、謝られたくない」
それは、どういう……? もしかして、謝罪すらも受け取って貰えない程、嫌われてしまったのでしょうか。そう思うと、悲しくて、喉の奥がぐっと痛みました。けれども、悪いのはあんなことを言ってしまったわたしです。わたしが――
「違うぞ?」
「……?」
落とした視線を上げると、フレッド君は溜め息をついて指を離しました。
「そもそも俺は怒ってない。謝る必要がないだろう」
「え、と……」
「それに実際、リルの言う通りだ。魔力がないから、お前が何に不安を感じていたのか、わからなかった。……悪かったと、思ってる」
「ど、どうしてフレッド君が謝るのですか!? わたしの方が余程――」
また、口を塞がれます。……軽く、睨まれながら。
当たった手の指に、口が小さく震えているのがわかります。この感覚の先にあるものを知りたくなくて、わたしは目を逸らしました。……本当に、フレッド君という人は、どうしてこうもわたしの感情を揺さぶるのでしょうか。
「俺は魔力がないから、その分を他で補うようにしてきた。ずっと、そうしてきた。剣技も、勉強も。……リル、お前に対しても、そうでありたい。魔力がなくても、ちゃんと理解していたいんだよ」
「……フレッド君」
「だが、できていなかった。……怒るのだとしたら、それは自分自身にだな」
違います、と出かかった言葉を、わたしは飲み込みました。フレッド君の思いを否定するのは、あまりに失礼が過ぎると、そう思ったからです。
……ごめんなさい。フレッド君。
ですからわたしは、心の中だけでそっと謝りました。
何も言わないわたしで、ごめんなさい。こんなときにも、誠実になれなくて、ごめんなさい。
魔力がないとか、理解していないとか、そういうことは関係ないのです。わたしが、わたしが大事なことをちゃんと言わないから、こうして今も迷惑を掛け続けているのです。けれど、あと少しだけ……!
そこまで考えると、ふふ、と笑みが溢れました。自嘲を含むその声に、フレッド君が眉を顰めます。
「何だ?」
「いいえ。ただ、わたしも随分変わったなと、そう思って」
「は、子供が言う台詞じゃないな」
彼はそう笑い飛ばしますが、本当のことです。旅に出る前のわたしは、自分がこのまま消えてしまっても良いとさえ思っていたのです。
強くなりたいと思う気持ち。
消えてしまっても良いと思う気持ち。
矛盾しているのはわかっています。わかっているのですが、わたしにとってはこれが自然なのです。どんなに強くなったとしても、きっとどこかで自分を守れなくなるから、その時はそれを受け入れよう、と。寧ろ、そうあるべきなのではないか、と。
けれどもその気持ちはだんだん薄れていき、今は、フレッド君がいるならと、この先のことだって――。
「……」
それは、あまりに都合が良すぎる話です。狡くて、欲張りで……本当に、どこまで手に入れたら気が済むのでしょう。わたしは、にこりと笑ってその気持ちを誤魔化しました。
……フレッド君。あなたが、わたしを変えているのですよ。
「いったたた……」
何とか魔力を操作したことで強い衝撃は免れましたが、それでもたくさんの枝葉が当たり、あちこちに擦り傷ができています。服も、ところどころ破けてしまいました。
ですが、そんなことはどうでもいいのです。
「わたし、何てことを……!」
焦って、感情がぐちゃぐちゃになっていたとはいえ、あのような酷いことを言ってしまうなんて。それも、魔力がないとフレッド君を見下す人達を良く思っていなかった、わたし自身が……!
零れそうになる涙を、ぐっと堪えます。酷いことをしたのはわたしで、悲しいのは、怒るべきなのは、フレッド君なのですから。
「……っ」
けれども。早く謝りに戻らなくては、そう思っているのに、身体の感覚が薄れて動けまけん。あの“気”の感触が、魂の気配が、こびりついて剥がれないのです。
トサッ。
わたしは今すぐに立ち上がるのを諦めました。そのまま後ろに倒れ、落ち葉の中に寝そべります。
ぐるぐると頭の中を巡る罪悪感と嫌悪感に、思考まで乱されるようでした。それを振り払うように、左手の指輪をそっと撫でます。しばらくそうしていると、ざわつく頭の中は少しずつ落ち着きを取り戻していきました。
それから、ふぅ、と息を吐き、フレッド君に貰った耳飾りを外しました。かざしてみると、それはきらりと揺れます。
「……」
心なしか、青い輝きが深みを増しているように見えました。それはまるで、フレッド君に心の中を覗かれているみたいで。……今のわたしには、それがとても苦しく感じられます。
「……フレッド君。ごめんなさい」
身体の感覚が戻るよりも先に、落ち葉を踏む足音が聞こえてきました。その音で、歩き方で、フレッド君だとわかります。
「リル」
仰向けになっていたわたしを、彼は覗き込みます。一瞬、手の中にある耳飾りを見て、何とも言えない表情を作りました。
返せと言われるかもしれない。そう思って、ぎゅっと手を握ります。すると、フレッド君は意外そうな顔をしました。それからしゃがんで、わたしを丁寧に起き上がらせてくれます。
「フレッド君――」
「言うな」
「……っ!」
ド、と、心臓が大きな音を立てました。謝ろうと口を開いた途端、フレッド君の指がわたしの唇に当てられたのです。息をするのも憚られて、驚いたまま固まります。指が触れている部分だけが熱く、そこに意識が集中しました。
彼は、真剣な顔で続けます。
「お前には、謝られたくない」
それは、どういう……? もしかして、謝罪すらも受け取って貰えない程、嫌われてしまったのでしょうか。そう思うと、悲しくて、喉の奥がぐっと痛みました。けれども、悪いのはあんなことを言ってしまったわたしです。わたしが――
「違うぞ?」
「……?」
落とした視線を上げると、フレッド君は溜め息をついて指を離しました。
「そもそも俺は怒ってない。謝る必要がないだろう」
「え、と……」
「それに実際、リルの言う通りだ。魔力がないから、お前が何に不安を感じていたのか、わからなかった。……悪かったと、思ってる」
「ど、どうしてフレッド君が謝るのですか!? わたしの方が余程――」
また、口を塞がれます。……軽く、睨まれながら。
当たった手の指に、口が小さく震えているのがわかります。この感覚の先にあるものを知りたくなくて、わたしは目を逸らしました。……本当に、フレッド君という人は、どうしてこうもわたしの感情を揺さぶるのでしょうか。
「俺は魔力がないから、その分を他で補うようにしてきた。ずっと、そうしてきた。剣技も、勉強も。……リル、お前に対しても、そうでありたい。魔力がなくても、ちゃんと理解していたいんだよ」
「……フレッド君」
「だが、できていなかった。……怒るのだとしたら、それは自分自身にだな」
違います、と出かかった言葉を、わたしは飲み込みました。フレッド君の思いを否定するのは、あまりに失礼が過ぎると、そう思ったからです。
……ごめんなさい。フレッド君。
ですからわたしは、心の中だけでそっと謝りました。
何も言わないわたしで、ごめんなさい。こんなときにも、誠実になれなくて、ごめんなさい。
魔力がないとか、理解していないとか、そういうことは関係ないのです。わたしが、わたしが大事なことをちゃんと言わないから、こうして今も迷惑を掛け続けているのです。けれど、あと少しだけ……!
そこまで考えると、ふふ、と笑みが溢れました。自嘲を含むその声に、フレッド君が眉を顰めます。
「何だ?」
「いいえ。ただ、わたしも随分変わったなと、そう思って」
「は、子供が言う台詞じゃないな」
彼はそう笑い飛ばしますが、本当のことです。旅に出る前のわたしは、自分がこのまま消えてしまっても良いとさえ思っていたのです。
強くなりたいと思う気持ち。
消えてしまっても良いと思う気持ち。
矛盾しているのはわかっています。わかっているのですが、わたしにとってはこれが自然なのです。どんなに強くなったとしても、きっとどこかで自分を守れなくなるから、その時はそれを受け入れよう、と。寧ろ、そうあるべきなのではないか、と。
けれどもその気持ちはだんだん薄れていき、今は、フレッド君がいるならと、この先のことだって――。
「……」
それは、あまりに都合が良すぎる話です。狡くて、欲張りで……本当に、どこまで手に入れたら気が済むのでしょう。わたしは、にこりと笑ってその気持ちを誤魔化しました。
……フレッド君。あなたが、わたしを変えているのですよ。
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