君と旅をするために

ナナシマイ

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5章 手の中にある幸せを

大人の味

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 西部領最北の街に着いた頃には、秋はかなり深まっていました。北部領に近いということもあり、よく冷えた日でしたが、街は熱気に包まれています。そう、収穫祭です。

 中央の広場から四方に伸びる大通り、そこには屋台がぎっしりと並び、たくさんの人が思い思いに買い物や食事を楽しんでいます。
 既にお酒を出しているお店もあるようで、あちこちから陽気な笑い声が聞こえてきました。その空気に浸りながら、ちらりとフレッド君の顔を盗み見ます。

「何だ?」
「お酒、飲まないのですか?」

 フレッド君はこの前の夏で準成人になったので、実はもうお酒を飲んでも良い歳なのです。けれども彼は、まだ一滴も口にしていません。
 準成人の初酒は家族で執り行うのが一般的ですが、その予定はなさそうですし……。とにかく、それを問うと、彼は「あー」と間延びした声を出しました。

「考えてもなかったな」
「やっぱり、そうでしたか」
「わざわざ飲もうとは思わないし、リルの準成人に合わせても良いんだが……」
「……?」

 そこで言葉を止めると、フレッド君は口の端を持ち上げました。

「その時に二人とも初めてというのは、あまり良くないからな。俺が慣れといてやるか」

 胸を張り、わざとらしく大人ぶる彼が面白くて、ふはっと声が出ました。それは思ったより大きな声でしたが、騒がしい往来に響くことはなく、そのまま消えていきます。

 それに、フレッド君には溜め息をつかれてしまいましたが、どことなく恥ずかしそうにしている姿をわたしは見逃しませんでした。その様子が可愛らしくて、更に笑いが込み上げてきます。……勿論、そのことには触れませんけれど。

「ふふ、それは頼もしいですね。せっかく新しい味に挑戦できるのに、勿体無いですし」
「勿体無いってなぁ……本当にお前は……」

 フレッド君の呆れ顔に、わたしはぺろりと舌を出しました。



 その夜、わたし達は早めに夜ご飯を済ませ、買い込んだお酒の小瓶を宿の部屋に並べました。様々な色の液体が並ぶ様子は、まるで調合室のようです。何だかうきうきしてきました。

「リルは飲むなよ」
「わ、わかっていますよ」

 別に、飲みたいと思っているわけではありません。それは勿論、気にはなっていますけれど……二年と少しくらい、わたしにだって待てますから。

「それより、もしフレッド君がお酒に弱かったら、わたしが介抱してあげますからね」

 からかうようにそう言うと、彼は心底嫌そうに眉を顰めました。それから何かを考えるように空中の一点を見つめ、溜め息をつきます。

「……いや。俺達、そんなに弱くないと思うんだよ」
「そんなことがわかるのですか? ……え、俺、達?」

 わたしも含まれている理由がわからなくて、首を傾げます。しかし彼はそれに答えず、一番端に置かれた透明のお酒を手に取り、蓋を開けました。

「じゃ、お先に」
「……どうぞ」

 さすがと言いますか、フレッド君は躊躇うこともなく小瓶に口を付け、くいっと傾けました。それから口内で味わうように、もぐもぐと動かします。無表情で頷く様子がもどかしくて、わたしは早々に感想を聞きたくなりました。

「どうですか?」
「うーん、不味くはない、が……」

 首を傾げながら、別の小瓶を手に取るフレッド君。今度は琥珀色です。こちらも先程と同じように口に含みましたが、すぐに「あっ」と声を漏らしました。

「これは酒精が強いな」
「駄目そうですか?」
「……いや、味は結構好みだ。ただ、一気に飲むようなものではなさそうだな。肴が欲しくなる」

 そう言ってふっと笑ったその表情に、腰の辺りがむず痒くなります。それは柔らかくて、とても大人びて見えたのです。知らず知らずのうちに握り込んでいた手をさすります。

「そういえば、肴を用意していませんでしたね」
「まぁ、少しだからな。次は……これか」

 次に開けたのは、鮮やかな赤色のお酒です。

「甘い。お前が好きそうな味だ」

 顔を顰めながらこちらに瓶の口を向けてきます。くん、と匂いを嗅ぐと、確かに甘い、果物の香りがしました。

「プァロの匂いがします」
「あぁ。あと、ストレの味もする。果実酒だな」
「わぁ美味しそうですね」

 赤い色の、プァロとストレの果実酒。忘れないようにしておきましょう。

 最後に開けたのは、二番目に飲んだものと似た色のお酒でした。しかし、蓋を開けると、ぽんっと勢いのある音がして、気泡が立ち上ります。驚きつつもすぐに口を付けたフレッド君は、目を大きく開いてそのお酒をゴクリと飲み込みました。

「これは旨い」

 そう言って、彼は一気に飲み干してしまいます。本当に、大丈夫でしょうか……? 心配に思って見つめると、フレッド君は笑いながら瓶を軽く指で弾きました。

「少し苦いが癖は無いし、この気泡の刺激が丁度良い。それに、他のに比べて酒精が弱いな。……大人が飯と一緒に飲む理由が、わかる気がする」

 それから結局、フレッド君は全部の瓶を空にしてしまいました。少量とはいえ、初めてのお酒にしては随分平然としているように思います。わたしは、屋台で購入した薬草を使ってお茶を淹れました。

「介抱の必要はなさそうですね」

 つまらなさそうに呟くと、フレッド君は意地悪く笑いました。

「だから言ったろう?」
「あれ、どういう意味なのですか?」

 もう一度問うと、彼は遠くを見るような目をします。それから、小さく溜め息をつきました。

「初めて会った頃、お前、よく強い酒を使っていただろう?」
「そう、ですね」

 魔法が効かないフレッド君を治療するのに、当時は様々な文献を調べたものです。切り傷や擦り傷をたくさん作っていたので、膿まないようにするため、強めのお酒を使うことが確かにありました。……結局、より良い治療法を見つけて使わなくなりましたけれど。
 ですが、それとどのような関係があるのでしょうか。

「弱い奴は、あぁいう強い酒の匂いだけでも酔うことがあるらしい。酒精ってのは、“気”みたいに飛びやすいんだと」
「あ……」
「な? 俺達、何とも無かったろ?」

 彼は楽しそうに笑いますが、わたしはひやりとしました。隠れて治療をしていたあの場所では、窓を閉めきっていたのです。次の機会があるかはわかりませんが、もしまた使うことがあるなら気をつけようと、そう思いました。

 お茶を飲み終われば、初酒は終わりです。本当はもう少しやることがあるのですけれど、今夜は仮のようなものですし、わたしができるものではありません。けれども、これが一つの区切りになったことは、言うまでもないでしょう。

「……これで本当に、大人の仲間入りですね。何だか、少し寂しいです」
「何言ってんだ。大人とか子供の線引きは、社会のルールを決めやすくするためにあるんだ。酒を飲んだからといって、いきなり大人になると思うか?」
「……」
「必要なものではあるが、個人が気にし過ぎる必要はない。俺達の間にだって、本来区別するようなものは無いんだよ。そうだろう?」

 いつもより饒舌に感じますが、きっとこれはフレッド君の本心なのでしょう。区別するものはない、という言葉に、胸がじんと温かくなります。たまには、こういう夜も良いものです。

 ふふ、と笑うと、頭に手刀が振り下ろされました。勿論痛くはありませんが、「酷いです」とフレッド君を軽く睨みます。彼はまた柔らかく微笑み、膨らませた口の中は、何だか大人の味がしました。
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