雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

新しい生活と新しい楽器(2)

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 ラーラララー ララー ラ ラー
 ラララララーララー ラ ララー……


 窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が入り込んでくる。
 すぅ、と息を吸い込めば、鼻孔をくすぐるのは森の香り。今日も快晴。爽やかな朝だ。

 マクニオスを支える存在、木立の者として働いているシルカルはとてもできる人らしく、ヒィリカたちと泉から荷車で帰る間に、わたしの部屋を準備していてくれた。

 今、わたしのいるこの部屋がそうだ。三人いるという子供たちの部屋の、さらに上に作られている。日本の家よりもずっと広いが、華美ではなく品があり、実に女の子らしい部屋である。

 敷物や寝具、椅子に張られた布に使われているのは、共用部分の深い赤とは違い、朝焼けのような、やわらかな曙色。ところどころに施された金色の模様は植物だろうか、差し色として引き締めると同時に、全体を温かみのある印象に見せていた。
 そして壁には、居間と同じように写実的な絵が掛けられていて、窪みでできた本棚には何冊か、すでに本が入っている。その奥の窪みは分厚い布で見えないようになっているが、服が収納されているのだ。
 もともとあった部屋ならともかく、これを最初から準備したとすれば、かなりのお金がかかっているに違いない。

 ……ヒィリカは、もっと可愛らしい雰囲気にしたいようだったけれど。中身が大人なわたしにはこれくらいが丁度良い。

 それから少しだけ、少しだけだが、この部屋をあのシルカルが無表情で用意したのだと思うと、笑いがこみ上げてくる。……勿論、顔には出さない。このような素敵な部屋を用意してくれて、感謝の気持ちのほうが大きいに決まっているのだから。

「らーらららー……」

 歌に合わせて、姿見の前でくるりと回ってみる。
 空気を含み、ふわりと膨らむ服。ヒィリカやトヲネと同じように、わたしもあの薄い布――ツスギエ布を纏っているのだ。

 マクニオスの女性は、白いハイネックと白いスカートを身に着け、その上からツスギエ布を纏うのが習わしらしい。そしてやはり、ツスギエ布を美しくなびかせることが重要だというのだから、練習は必須である。
 わたしはフラダンスのように肩の高さで腕を動かしてみたり、両手を広げたままくるくると回ってみたりして、その揺れかたを何度も確かめた。

 ちなみに男性は黒のハイネックとズボン、そしてベストのような金属の飾りを着ける。
 こちらもシャンシャンと綺麗な音を鳴らすことが重要らしく、マクニオスの人びとは動くだけでも大変なのだな、と思った。他人事ではないのだけれども。

 ツスギエ布にはさまざまな色があった。毎日組み合わせを変えて二色選ぶようにと言われていて、今日は桃色と灰色だ。
 これをずり落ちないように紐で留めるのだが、背中の後ろなど、とうてい一人でできるものではない。そこでこの姿見の出番である。

 ……最初に服の着方を教わったときは、驚きすぎて固まったほどの、常識破りな話だ。



「……レインは髪も瞳も真っ黒ですから、今ここにあるだけでは色を合わせるのが難しそうですね」
「マクニオスの人はみんな、お母様たちと同じような色なのですか?」

 わたしがそう訊くと、ヒィリカは少しだけ考えるように宙に目を向けた。

「そうですね、瞳の色はさまざまですけれど、髪は金色の者がほとんどです。濃くても金茶、といったところでしょうか」
「……それだと、わたし、とても目立ちますね」
「どちらにしても、あなたは目立ちますよ。……さて、今日はこの色にしましょうか」

 どういう意味か問おうとしたところで、わたしは赤色と黄色のツスギエ布と、三本の紐を手渡される。それを指示される通り、姿見の突起部分に引っ掛けた。やけに不思議な飾りがついていると思ったら、このための凹凸だったらしい。

「では、両手をここに触れて」

 左右の縁に填められていた琥珀色の石に、両手を伸ばして触れる。
 ……知っている。これに触れれば、光るのだ。わたしはもう驚かない。
 そう意気込んだ、次の瞬間。

「え……?」

 姿見から溢れた琥珀色の光の粒が、ツスギエ布をふわりと持ち上げて、ふぁさ、とわたしに覆い被さった。

 わたしが驚きに目を見開いているうちに、ツスギエ布は勝手に形が整えられていき、両肘と、背中の辺りを紐できゅっと結ばれた。
 光の粒が姿見へ戻っていく。同時にやわらかな風が吹き、ひだの歪みが綺麗になる。

 そうして光の粒がすべて消えると、鏡には、揺れる布を纏うわたしの姿が映っていた。



 紙になる鳥や空を飛ぶ舟、服を着させてくれるこの姿見。これらは、魔道具という、魔法を使うための道具らしい。
 家の中のあちこちにあった琥珀色の石も、すべて魔道具の核なのだとか。シルカルには、使いかたを教えていないものには触らないように、と強く念を押された。わたしは良い子なので、当然その指示には従う。

 それよりもだ。魔法を使うための・・・・・・・・道具、ということは、つまり、つまり……!

 ……わたしが、魔法を使えている、ということではないか!

 自覚はまったくもってないのだが、そういうことになる。はじめは「あり得ない」と疑っていたわたしの魔力云々という話は、本当のことだったのだ。
 さすがは夢の中の世界。おとぎ話のような出来事に、少しだけ胸が高鳴る。
 それにもしかすると、今日もらえる楽器を使って歌をうたえば、ヒィリカみたいに神さまを呼び出せるのかもしれない。

 ……楽しみだな、早く昼にならないかな。そう思いながら、わたしの口はまた、歌を紡ぎだす。
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