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第一章
曲を作ろう(1)
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シルカルは演奏を止めたあとも、口の中でその旋律を転がした。
一音一音を確かめるような様子に、ただの鼻歌のつもりだったわたしは恥ずかしくなる。
わたしにとっては手癖のような――この場合は、口癖というのだろうか?――、馴染みのある旋律だが、彼にとってはそうではないのかもしれない。何度か繰り返すうちに、少しずつ、独特の響きが加えられていく。
「マクニオスでは聞くことのない旋律ですけれど、真っ直ぐで、美しいですね」
「そうだな。……これならば、マカベの儀は自身の曲で行うほうが良いかもしれぬ」
そう言葉を交わした二人は、一方は無表情を、もう一方は綺麗な笑顔を、わたしに向ける。
……きっとこれは大事な話だ。
内心ではビクビクしながら、わたしも二人に笑みを返した。
秋のはじめ――七の月に、マカベの儀という儀式がある。
話は、そんなシルカルの言葉から始まった。
マカベの儀。
次に十歳となる子供が、マカベとしてふさわしい力を持っていることを証明する儀式。それはつまり、芸術への造詣の深さと、魔法を使う素質があることを証明するための儀式だという。
その力の基準となるのが、演奏と歌だ。いかにも美しさにこだわるマクニオスらしい。
簡単に言えば、わたしは次のマカベの儀に出る必要があり、そこで演奏する曲を自分で作りなさい、ということだった。
「証明できなければ、どうなるのですか?」
「木立の舍に入ることを許されないが、認められぬ子はいない。それは気立子でも例外はないのだから、普通に励んでいれば問題ないだろう」
「そうですか……」
例外はないと言うが、わたしはすでに、気立子としても例外的な存在だと思う。この状況で、絶対に例外は起こらないなど、誰が言えようか? 証明する、ということは、証明できない可能性があるということに他ならない。そうでなければ、そもそも証明する理由がないのだから。
大変なことにならないよう、わたしは普通以上に頑張る必要がありそうだ。
ヒィリカの説明で、木立の舍というのは学校のようなものだということがわかった。子供はみんな、九歳の途中から十五歳の成人まで通い、マカベに必要な知識や技術を学ぶらしい。
ということは、ここで神さまを呼び出す方法を教えてもらえるのかもしれない。ありがたい話だ。
それはそうと……。
「わたし、次で十歳になるのですね」
いや、泉に映る自分の姿を見たときから、それくらいだろうとは思っていた。
けれども、今までに出会った人は全員大人であったし、わたしも素で話していたので、子供だという自覚がなかったのだ。シルカルもヒィリカも、そんなわたしに対して、なんの疑問も感じていない様子だったというのもある。今さら子供になりきれるのか、心配だ。
「……ヒィリカ」
「神の言葉については説明したのですけれど、まさか、年齢すら覚えていないとは思いませんでしたから……」
春を迎えることで、一つ年を重ねるらしい。
鐘が九つというのは年を越した回数であり、煩悩の数でもなんでもなかったのだ。背景は異なるのだろうが、数え年と似ている。たまには日本と近い常識もあるのだなと、安心とも感心ともつかない気持ちになった。
ところで、そのマカベの儀で演奏する曲を自分で作るようにと言われたわたしは、ある問題点に気がついた。
「……あの、作る曲なのですけれど、泉でお母様がうたっていたような曲でないといけませんか?」
早口言葉の歌詞、超絶技巧の速弾きを用いた賛美歌など、わたしには作れないし、演奏もできない。そう言うと、シルカルは呆れたように首を振った。
「あれは成人でも難易度の高い曲だ。神と対話するためのものであって、マカベの儀で演奏するような曲ではない」
「それは良かったです」
わたしはホッと息を吐く。
やはりあの歌は神さまを呼ぶためのもので、どうやら、ヒィリカはマクニオスのなかでもすごい人だったらしい。
それと同じくらい上手そうなシルカルは勿論のこと、泉で当然のことのように見ていたトヲネたちも、もしかするとすごい人だったのかもしれない。
となると、わたしはどこまで頑張る必要があるのだろう。このままでは基準がわからないので、他の人にも早く会いたいものだ――って、ちょっと待て。
大人でも難しいということは、学校では教えてくれないということではなかろうか。学校に行く必要がないのでは?
なんて。わたしに言えるはずないのだけれど。
そもそも、そこまで難しいというのなら、しっかり基礎から学ぶほうが良いだろう。わたしだって音楽が本職ではないのだ。決して、弱者の立場に甘んじたわけではない。
……それにしても、マクニオスの子供は大変だな。学校で頑張って学んでも、シルカルみたいに、マカベになれるのはたった一人なのだから。ジオ・マカベがジオの土地のマカベということは、他の土地にもマカベがいるのだろうが、それでもそう多くはないはずだ。
わたしは神さまを呼び出して帰る方法を知りたい、という目標があるから良いけれど、他の子供たちはどうなのだろう。
まさか、マクニオスの人間ならば須らく代表者たり得る知識と技能を身に着けるべし、と言われていたり、完璧であることが美しい、という認識だったりするのだろうか。
一音一音を確かめるような様子に、ただの鼻歌のつもりだったわたしは恥ずかしくなる。
わたしにとっては手癖のような――この場合は、口癖というのだろうか?――、馴染みのある旋律だが、彼にとってはそうではないのかもしれない。何度か繰り返すうちに、少しずつ、独特の響きが加えられていく。
「マクニオスでは聞くことのない旋律ですけれど、真っ直ぐで、美しいですね」
「そうだな。……これならば、マカベの儀は自身の曲で行うほうが良いかもしれぬ」
そう言葉を交わした二人は、一方は無表情を、もう一方は綺麗な笑顔を、わたしに向ける。
……きっとこれは大事な話だ。
内心ではビクビクしながら、わたしも二人に笑みを返した。
秋のはじめ――七の月に、マカベの儀という儀式がある。
話は、そんなシルカルの言葉から始まった。
マカベの儀。
次に十歳となる子供が、マカベとしてふさわしい力を持っていることを証明する儀式。それはつまり、芸術への造詣の深さと、魔法を使う素質があることを証明するための儀式だという。
その力の基準となるのが、演奏と歌だ。いかにも美しさにこだわるマクニオスらしい。
簡単に言えば、わたしは次のマカベの儀に出る必要があり、そこで演奏する曲を自分で作りなさい、ということだった。
「証明できなければ、どうなるのですか?」
「木立の舍に入ることを許されないが、認められぬ子はいない。それは気立子でも例外はないのだから、普通に励んでいれば問題ないだろう」
「そうですか……」
例外はないと言うが、わたしはすでに、気立子としても例外的な存在だと思う。この状況で、絶対に例外は起こらないなど、誰が言えようか? 証明する、ということは、証明できない可能性があるということに他ならない。そうでなければ、そもそも証明する理由がないのだから。
大変なことにならないよう、わたしは普通以上に頑張る必要がありそうだ。
ヒィリカの説明で、木立の舍というのは学校のようなものだということがわかった。子供はみんな、九歳の途中から十五歳の成人まで通い、マカベに必要な知識や技術を学ぶらしい。
ということは、ここで神さまを呼び出す方法を教えてもらえるのかもしれない。ありがたい話だ。
それはそうと……。
「わたし、次で十歳になるのですね」
いや、泉に映る自分の姿を見たときから、それくらいだろうとは思っていた。
けれども、今までに出会った人は全員大人であったし、わたしも素で話していたので、子供だという自覚がなかったのだ。シルカルもヒィリカも、そんなわたしに対して、なんの疑問も感じていない様子だったというのもある。今さら子供になりきれるのか、心配だ。
「……ヒィリカ」
「神の言葉については説明したのですけれど、まさか、年齢すら覚えていないとは思いませんでしたから……」
春を迎えることで、一つ年を重ねるらしい。
鐘が九つというのは年を越した回数であり、煩悩の数でもなんでもなかったのだ。背景は異なるのだろうが、数え年と似ている。たまには日本と近い常識もあるのだなと、安心とも感心ともつかない気持ちになった。
ところで、そのマカベの儀で演奏する曲を自分で作るようにと言われたわたしは、ある問題点に気がついた。
「……あの、作る曲なのですけれど、泉でお母様がうたっていたような曲でないといけませんか?」
早口言葉の歌詞、超絶技巧の速弾きを用いた賛美歌など、わたしには作れないし、演奏もできない。そう言うと、シルカルは呆れたように首を振った。
「あれは成人でも難易度の高い曲だ。神と対話するためのものであって、マカベの儀で演奏するような曲ではない」
「それは良かったです」
わたしはホッと息を吐く。
やはりあの歌は神さまを呼ぶためのもので、どうやら、ヒィリカはマクニオスのなかでもすごい人だったらしい。
それと同じくらい上手そうなシルカルは勿論のこと、泉で当然のことのように見ていたトヲネたちも、もしかするとすごい人だったのかもしれない。
となると、わたしはどこまで頑張る必要があるのだろう。このままでは基準がわからないので、他の人にも早く会いたいものだ――って、ちょっと待て。
大人でも難しいということは、学校では教えてくれないということではなかろうか。学校に行く必要がないのでは?
なんて。わたしに言えるはずないのだけれど。
そもそも、そこまで難しいというのなら、しっかり基礎から学ぶほうが良いだろう。わたしだって音楽が本職ではないのだ。決して、弱者の立場に甘んじたわけではない。
……それにしても、マクニオスの子供は大変だな。学校で頑張って学んでも、シルカルみたいに、マカベになれるのはたった一人なのだから。ジオ・マカベがジオの土地のマカベということは、他の土地にもマカベがいるのだろうが、それでもそう多くはないはずだ。
わたしは神さまを呼び出して帰る方法を知りたい、という目標があるから良いけれど、他の子供たちはどうなのだろう。
まさか、マクニオスの人間ならば須らく代表者たり得る知識と技能を身に着けるべし、と言われていたり、完璧であることが美しい、という認識だったりするのだろうか。
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