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ホムンクルス計画

大切な人がいない教室

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 学校の授業、いつも通りの風景、異なる内容であるはずのその内容はある少女の今の心では違いすらも分からない。
 いつも同じ顔ぶれでみんなが居座る学校で少女にとってはひとつだけ大きな違いがあった。いつも仲良くしている少女、天草 綾香の姿がもう3日も見当たらないのであった。その少女、荒木 悠菜には連絡のひとつもなく教師たちには連絡があるのか綾香の事については話のひとつすら触れずにいつも通り教鞭を振るっていた。
 初めはそう思っていた悠菜であったが、話ひとつ触れない上に机がひとつ空いているにも関わらず何一つ関心を示さない生徒たちの姿を見て不思議というものに頭を揺さぶられてクラスメイトの女子たちに訊ねるも、その瞬間みんな虚ろな目をして口を揃えてこう言うのであった。
「知らない、風邪か何かじゃない?」
 普段から明るく悠菜と一緒にいたあの子、うるさいと怒られていた程の綾香がいなくなっても反応が薄過ぎる生徒たち。
ーもしかしてうるさいのがいなくなって嬉しいとか思って……なさそうー
 可愛い容姿をしている綾香の写真を陰で褒め讃えながらいつも興奮して「可愛い、好き、結婚したい」などと変態共通の男ども独自の下半身で歌うような賛美歌の叫びをあげる男子生徒たちですら無反応な辺りに疑問を覚えた悠菜。
ーもしかして、綾香のこと覚えてるの、私だけ?ー
 まるで世界からいなくなってしまったように誰一人として認識しない現状。誰に訊ねてもその瞬間生気を失い事務でやっているかのような回答。悠菜は決意を今ここに表明する。
「絶対に綾香を救ってみせる」
 頭に何も話が入っていなかったが今は授業中、その一言に教師は振り向き睨みつけて怒号をあげた。
「お前授業の邪魔すんなよ! つーか救うってなんだよゲームか何かの夢でもみてたのか授業中に遊びのこととかマジでおめでたい頭してんな!!」
 言葉の多い教師に頭を思い切り引っぱたかれて目に涙を浮かべながら大人しく座る悠菜であった。



 学校、授業の呪縛から解き放たれし少女はすぐさま家に帰り、半袖シャツに短いジーンズを身に着けて薄桃色のカーディガンを羽織る。そして帽子を被ってあんパンと牛乳という探偵気取りな物を持って外へと出かけるのであった。
 悠菜が綾香を忘れない理由、それはきっと悠菜に宿る不思議な力のおかげであろう。
 悠菜は目に意識を研ぎ澄ます。左手の薬指に赤い糸のような物を確認し、それが伸びている方向を見つめた。糸はある方角の空へと放物線状に伸びて途中で途切れて消えていた。
ー遠い、けど多分県外でもないー
 ある日、トラックに轢かれて目が覚めた病院のベッドの上で隣りを見た時に映った綾香の泣き顔、そして目が覚めた事を知った途端にとびきりの笑顔を見せてくれた可愛い友だち。その友だちの去り際にたまたまふたりを結ぶ淡い赤い糸を見て分かったこと。綾香が救ってくれた、そして今も命が繋がっているのだと。
 夕暮れの空の下、繋がりの証を辿って可愛い大切な綾香を探す悠菜であった。
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