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ホムンクルス計画

願望の為に

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 夜闇の中、右腕に宿る黒よりも黒く闇より昏い悪魔の力を爆発させて周りの魔法使いたちをゴミのように払い除ける。
 そこはあるアパートの前、〈山羊頭の魔神〉という人工悪魔を右腕に宿らせた50は過ぎている男、満明が悪魔の闇を放出していた。
 漂う闇は魔法使いたちを薙ぎ払い周囲へと吹き飛ばす。風の刃の様に飛ぶ闇の波を受けて立っていられる魔法使いなどひとりしかいなかった。そのひとりが突き出した手。身体の内側より魔力にて生成されし炎を練り上げる。
 満明はその姿を見て鋭い笑みを浮かべた。否、姿ではなく月に照らされて落ちて来る少女を見てである。
 少女はニヤけた表情で万年筆を握り締めて空から高速で落ちて墜ちて魔法使いの方へと向かっている。少女、刹菜は万年筆を魔法使いの脳天に振り下ろした。
「魔法使いなんて怨みを買う職業、夜道に気を付けるんだな。て言っても私にキミを怨む理由なんて無いんだけど」
 魔法使いは闇に紛れし鮮血を散らしながら自らの身を力なく地に放り投げる。
 刹菜はハンカチを取り出して額の汗を拭う。
「ふう、心做しか私を狙う魔法使いが増えて来たなぁ。もしかして私ったら人気者?」
「うるせえ、刹菜は俺だけが見てればそれでいいんだ」
 刹菜は頬を赤く染め、いつもとはまた違ったニヤけを浮かべる。
「そうだねいいね満明が見てくれればあと100年は生きて行ける」
「お前な俺にいつまで生きてろって言うつもりだ」
 そんな掛け合いの中新たに襲いかかる魔法使い、それを満明は人の身である左手、刹菜は万年筆を握り締めた右手で同時に殴りつける。
「くたばれ敵め」
「デートにちょっかいかける男はイケナイモテない情けないな」
 男は口からヨダレを垂らしながら意識と共に身を落とす。それを見届けた満明と刹菜は遠くからやってくる意識に闇を刺し込む程に刺々しく禍々しい気配を察知した。満明は直立したまま悪魔に侵食されかけている右腕からいつでも攻撃を撃てるように構え、刹菜は女の子らしい頼りない脚の開き方と万年筆を持った右手を構える。
「強敵が来るぞ刹菜」
「やれやれ、私は常に主役をからかうだけの脇役でいたいだけだっていうのに……運命の女神さまはホントにイジワルだ」
 はるか遠くより飛んで来た存在、それは真昼によく似た顔をした短い茶髪の女。その女は現れるなりいきなり耳を刺すガラスのように痛い甲高い笑い声をあげた。
「刹菜、いるじゃない。あなたの歌魔法がどうしても必要なの」
 刹菜はニヤけ面のまま言った。
「残念、あれは無駄口叩けなくなるからあまり使いたくないんだ」
 満明は女を睨み付ける。
「お前何者だ、何故真昼さんに顔が似てる」
「私の名は平江 茜、真昼のお姉ちゃんだよ! よろしくねん」
 片目を閉じて愛想を安売りする真昼に似た女。
「ははっ、痛々しい年増女め、私の若々しい身体を見てみな。ほうら、惨めに見えて来ないか」
 刹那に放つ刹菜の一言、それは茜の表情を軽く歪ませる。そして金属のように鋭い甲高い声で言うのであった。
「殺してやる、って言いたいけどあなたを連れ去らなければならないの、生け捕りにね」
 その言葉と共に弾け飛ぶ衣服、そこから現れたのは形だけが整った黒々とした身体、その身体から感じられる禍々しいオーラは満明の右腕と同じものに感じられた。
「さあ、行くわ」
 そこから速かった。足を一歩踏み出してから何一つ目で捉える事も出来ず、気が付くと満明のみぞおちに拳が直撃していた。
 満明はよろけながらみぞおちを押さえて息を吸おうとするも空気は入って来ない。空気を求めて息を吸おうにも何一つ入らない。酸素を求める身体はしかしそれひとつ取り入れる事も叶わずにやがて倒れた。
 そんな満明を見て刹菜はニヤけ面を崩して目を見開いていた。茜は満足気に微笑んで刹菜の身体を腕で締め上げてこの世に蔓延る闇の中へと消えて行った。
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