断末魔の残り香

焼魚圭

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断末魔の残り香(第一シリーズ)

イタズラ

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 歩いていく、暗闇の中を歩いていく。秋男の後ろを何も考えずにただただ追いかけるように歩いて行く。
 何処を目指しているのか初めは分からなかったものの、電車を降りた時点でようやく理解を得た。
 先に待つのは微かな明かりの灯る大学。入って行く、なぜだか空いているそこへと入って行く。静まり返った空気、焦げ付きを思わせる熱気の跡が香りとなって辺りに充満していた。
「深夜まで研究してる怠惰な頑張り屋がいる中、俺たちは颯爽と心霊体験に行くのだ」
 茶髪の男、秋男と黒髪の短髪の春斗。今日は二人で夏休みという人の出入りの少ない期間に置かれている大学に忍び込むという遊び。
「俺たちなんなんだろうね」
「オカルト学部心霊学科だろ」
 この大学にそんなものが存在するはずもなく、つまるところただの遊びでしかなかった。
 薄っすらと灯りのともる研究室が高い所に収まる研究棟を横目に歩いていく。物騒な実験でもしているのではないかとあらぬ妄想をしてしまうのは場所と時間が悪いのだろうか。
 高い建物が四棟ほど見える正面、実際には二十近い棟が数えられるそうだが実際は一つの建物にいくつかの番号が振られているのではないだろうか。そう疑う春斗だったものの詳しい事は分からなかった。
 春斗たちが最も使う棟、生物学の棟の隣の道を曲がり、そこに見えた古びた建物を指して秋男は緩い笑いを零した。
「ここがサークルの集まる場所だな、ほら見ろよ」
 サークル棟とも呼ばれているそこは名の指す通りの用途を果たす場所。長期休暇の遅い時間にサークル活動など行われているはずもないのだが、一つだけ明かりの灯る四角が浮いているように収まっていた。
 サークル活動中の部屋があったようだ、普通はそう思うであろう。
 しかし、違った。サークル活動など入っていない春斗だったがそれでも違うと分かってしまう。この狭い世界の事情を春斗は分かっていた。
 そこはかつてサークル内で揉め事があって男が死んだという部屋。発見した人物は顔面蒼白で警察を呼んだそう。
 警察の捜査が入り、三ヶ月の時を経てようやく再び使えるようになったそうだが解禁日と言った傍から集団自殺が起こったのだという。
 立て続けに起こった二度の事件に黙っている事など出来ず、その部屋は封鎖されたのであった。
 そんな事を思い出している内にサークル棟の入り口へと着いてしまった。
 躊躇なく階段を上っていく秋男、脚を震わせながら着いて行く春斗。懐中電灯の頼りない明かりだけが頼りで足元が見えなくて。本当に階段をしっかりと踏みしめる事が出来ているのだろうか。春斗には踏み心地でしかそれが分からなくてとても恐ろしく思えた。
 実は階段でないものを踏んでいたら、などと考えては余計な恐怖を渦にしていた。
 階段を上り終えた春斗は秋男の歩みにどうにか着いて行く。廊下を渡った先に本来あるはずのものが存在しなかった。
 鎖も南京錠も、あの部屋を縛るものなど何一つありはしなかった。ドアに嵌められた小さな窓からは明かりが漏れていて春斗の身に寒気が纏わりついて来る。
 きっと何者かがそこにいる。恐らくは幽霊であろう。考えるだけで季節外れの温度感を望まぬ形で噛み締めることとなってしまった。
「どうした、開けねえのか」
 秋男の言葉に背中を押されて震える右手を伸ばし、ドアノブをつかんだ。数ヶ月もの間あまり触れられていなかったせいか埃っぽさを感じさせるノブに嫌な感情を抱きながら捻る。
 そうして引いた先にて待っていた光景に春斗は叫び声を上げた。
 それは宙吊りにされた重みのあるもの。ロープによって吊るされたそれ、縛られた首から力なく下がっている顔は同じくらいの歳の男のものだった。口から泡を吹きながらこちらを白目混じりに睨みつけてくる。白目は血走り、頭は傾いており、春斗は恐怖に背筋をなぞられたような寒気を感じていた。
 一歩、また一歩下がる。そんな春斗の尻を引っぱたく秋男。
「そこまで。よく見てみろよ」
 春斗は目を逸らし、もう一度目を当ててみる。そこにあったのは人形。ただ吊るされているだけで当然口から泡も吹いておらず、目も表情すら作らず顔に収まっているだけのただの人形だった。
「騙されたな、じゃ、帰るぞ」
 ケタケタ笑いながらその場所を去っていく秋男。騙された事によって獲得した怒りを軽く煮立たせながらそれに着いていこうとした春斗だったが一度立ち止まり外を眺める。夜の空間に一瞬だけあの男の泡を吹いて睨み付ける顔が張り付いて見えた気がした。


  ☆


 それは次の日の事。カフェで冬子が待っていた。相変わらずの目付きの悪さは読書に集中しているが為に殊更酷いものに見えた。
「よお、昨日春斗騙されたぜ」
 春斗は声を震わせながら文句を零した。
「あんなドッキリ要らないから。あの首吊り死体めちゃくちゃ怖かったんだけど」
 それを聞いた冬子は大きく目を開いて春斗を凝視する。真珠のような黒い瞳に驚愕の感情を塗りつけていた。
「待て、私が用意したのは刺殺体だったんだが」
「え、でも」
「納得行かない感じで言われてもな。首吊りなんか身長低いから用意出来ると思ってなかった」
 あの時見たような気がした死体の顔は本物だったのかもしれない。過去の事件による最後の生々しさの残骸を見た時の恐怖が蘇った。
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