断末魔の残り香

焼魚圭

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断末魔の残り香 涙(第三シリーズ)

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 秋男は大学へと上がると共にあるアパートに引っ越しをした。家からでもそう遠い場所に建てられた学校ではなかったものの、冬子が実家からでは遠いために一人暮らしを始めると語ったが為に憧れを持ってしまったというだけの話。同級生の春斗にも同じように一人暮らしを始める事を勧めて幕を開けたその生活。
 様々なものの持ち込み持ち運びを無事に終えた秋男は遠くを眺めて夕日が沈むまでの時間を潰す。圧し掛かる疲れは一線級のもの。鮮度の高い感覚を新鮮な空気と共に吸い込みながら見つめる橙色の景色はあまりにも寂しい。
「春斗は無事終わっただろうか」
 日差しが当たった面だけが橙色に染まる無機質な建物は影に暗闇を作る。今は秋男の目に映る全てが美しくありながらも悲しく見えてしまう。
「やっぱ疲れてんな」
 自覚を背負い秋男は腕を伸ばし身体を天へと向けて再び大きく伸ばして欠伸をしていた。
 そんなネコのような行動に秋男は依存していた。あまりにも心地がよくてついつい浸ってしまっていた。
「これからの事が楽しみだぜ」
 門限が無く、夕飯の自由度が主張を強める。そこで秋男ははっとした。早速夕飯を買いに行かなければならないのだと気が付いてからの行動は素早い。
 家の近所のスーパーマーケットで弁当を見つめる。割引シールという廃棄寸前の悪あがきが天からの使いにさえ思えてきてしまう。
「割引に救われてんな」
 そんな買い物を終えて秋男は心に誓う。
 これからはしっかりと働いて割引シールと睨めっこする生活を終えるという目標を立ててみせる。

 そうした生活はほぼ毎日同じように続けられてしまう。学校に通い始めるまでの間に一つ、アルバイトをしておきたかった。
 そうして軽作業という字面に騙されて応募したアルバイトだった。初めは楽だと思いながら作業を続けていたものの、すぐさま疲れてしんどいという本音で胸が満たされてしまう。
 このような状態でも不思議と身体は動き、不慣れな現場であっても動くことが出来る。
 ただ働く秋男にしっかりと声を掛ける者もいた。
「疲れるだろ」
「はい、軽作業なめてました」
 素直な心を気に入ってもらえたのか、しっかりと話しかけてくれる男。彼が時間潰しの相手を、或いは同じような時間潰しを休憩時間に行なう事で正気を保とうとしているのかも知れない。
 そんな男の口から秋男が好む話題が飛び出して来てついつい頬が緩んでしまう。
「俺の住むアパートなんだけど、出るんだぜ」
「出るって、幽霊ですか」
 そんな当たり障りの無い返しの中でも秋男の本音は飛び跳ね続けていた。もしかすると声の調子で幽霊や心霊スポットなどと言った場所が好みだと見抜かれてしまったかもしれない。
 男は話題を繋ぎ、言葉を続けてみせる。
「これは毎晩の話」
 習慣的に見てしまっている。いつ彼らの世界に引き込まれてしまうものか分かったものではないが引っ越しは容易いことではないのだろう。
「畳がある部屋なんだが、それがおかしくなっちまうんだ」
 自殺者の霊の可能性が高いだろうか、それとも殺害された地縛霊だろうか。可能性だけなら幾らでも考えられた。
「住み始めた時には普通だったんだが」
 それはつまり、この男が住み始めてから異変が訪れたという事になる。
「畳が腐り始めてな」
 大家にとっては大変な出来事ではないだろうか。仕事は終わり、男に促されるままに歩きながらその会話の続きを思い出す。
「何度張り替えてもすぐに腐ってくんだ」
 管理人総員を泣かせに掛かっていた。この男の言葉が本当ならば真摯に対応し続ければ間違いなく経営が傾いてしまう事だろう。
 男はドアを開き秋男を招き入れた。
 話を聞く限り恐ろしい異変が待っているわけだが、秋男はそれを楽しみにしていた。明るい気持ちが内側でパレードを開いているようだ。
「さて、入るか」
 確認と入る。部屋に上がって奥の方、リビングの隣。その部屋の真ん中には確かに腐った畳が敷かれていた。
「どうだ」
「これは恐ろしいっすな」
 照明の真下。夜という時間を選んで照らせば腐り果てたスポットライトとなりそう。
 それから男は鶏肉や野菜を素揚げにして塩やポン酢を用意して酒と共に口へと放り込む。秋男は酎ハイの缶を見つめ、いつの日か飲むことが許される歳が訪れる事を、それを味わう自分がこの世界に現れる事を期待していた。
 やがて夜は深まっていく。
 入眠の時、秋男はあの話が楽しみで眠れないまま転がっていた。
 小さな灯りだけを点けたまま入眠。夢の中へと入ることなく何時間が経過した事だろう。
 秋男は遂に異変と向き合う。
 いつの間に起きた変化なのだろう。先程までと比べて明らかに畳の色が黒みを帯びていた。それと共に休憩時間に語られた事が蘇って来る。
「夜中は色が変わっちまうんだ」
 妄言でも何でもない、純粋な事実。小さくて独特な色をした電球では確実な色を確認できないものの、どのような色をしているのか、おおよその想像は付いていた。
「それで、天井の方を見上げて見ろ」
 過去の噂に従うのみ。まさにこの家に招待されたとき同様のさま。
「いつの間にか電灯のコードが縄に変わってる」
 認識は歪められた。秋男の背筋は凍えを覚えた。確かに今、秋男が目にしているものは太い一本の縄。事故物件の値段ではないという話を聞いて大家たちがとった選択を恨んだ事だろう。
「見下ろした先には」
 その続きは思い出すよりも素早く届く強烈な光景。身を震わせながら見つめたその姿から目を離したくて仕方がないにもかかわらず、目を離せばどのような目を見るのかつかめずに視界がそれから離れない。
 縄から提げられ不気味に揺れる者、赤黒いものと思しきものをまき散らす先輩の姿を目にして思わず叫びを上げてしまった。
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