断末魔の残り香

焼魚圭

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断末魔の残り香 涙(第三シリーズ)

通り抜ける女

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 進学祝いの心霊撮影に潜って以来秋男は表面上は大人しくしていた。冬子の知らないところで霊に会おうとしている可能性は否定できないものの、一か月の間は心霊に関する話は禁忌とされているのか、一切話さない。
「冬子、クレープ食いに行こうぜ」
 それでもしっかりと話しかけてくれるのはどのような理由があるのだろう。
「良いけど金はあるのか」
 前日の心霊写真のお祓いによって金を取られていないか、心配が迫り来る。いとこの残された方、既に二十七歳を迎えた女は粗末な白い生地の着物を着て退魔師を名乗り、時たま冬子に会いに来ることがあった。霊障などが気がかり、等と言葉を張っている女だったが恐らく会いたいだけだろう。寂しがりの霊に憑かれたと言いながら会いに来る事もあったが言い訳が限度を超えているように感じていた。
「私の身の回りって変な人が多い」
「誰が変な人だ」
 訊ねるように責められるも秋男が変人であるという事実は覆る事が無い。
「クレープの薄い生地が好きなんだ」
 今日の秋男はクレープに執着していた。昨日の秋男は流行りの音楽について熱い語りを見せていてまるで別人。明日の秋男は別の何かに執着している事だろう。興味が心霊に向いてしまわない事を祈りながら一日を潰そうとしていた。
 そんな二人に向けてクラスメイトの男子が歩み寄り、声を投げつける。
「クレープよりも俺の家に来い、これで男女五人ずつだ」
 人々の行く道を勝手に決めて予定を無理やり変更させる男。そんな男こそが周囲の女から持て囃される理由が知りたかった。あわよくば身近に女子小学生の知り合いを作って自由研究の題材にして晒上げたいとすら思っている具合。
 そんな冬子の心情など見えていないのだろう。秋男は笑顔で承諾した。
「でもクレープは食うからな」
 そうした反応を見ているだけでついつい笑顔になってしまう冬子がいた。男子など若い内は少し子ども染みているくらいがちょうどいい、そう心に置いて。
「冬子も行くか」
 頷く。クレープ一つの味を以てさようならなど甘みに包まれていても味気ない関係。その程度で切りたい関係ではなかった。
 ただ少し寂しい、ただそれだけの話でしかなかったものの、感情に振り回されてみることにした。


 授業は終わり、宣言通り秋男はクレープを口にして予定を口にする。
「アイツの家知らないけど饅頭屋の前で待ち合わせてるぞ」
「それなら安心できる」
 きっと相手の配慮だろう。十人もの人々で焼き肉との事だったがそれを許す家庭の親の心の深さは果たしてどれ程のものだろう。どこかの海溝と並ぶものではないだろうか。
 秋男がクレープを冬子に分け渡しているその瞬間を狙う視線の存在に気が付きつつも冬子はクレープを受け取る。
「お前らそういう関係だったんだな」
 突然歩み寄り嬉々とした表情で問いかける同級生に対して秋男は鋭いニヤけを浮かべる。
「共に夜を過ごした仲だぜ」
 詳細は言葉にしない、そのせいかいやらしい事をしたように聞こえてしまう。実際には入学して日の浅い頃、桜がすっかり散ってしまった学び舎で心霊写真を撮っただけに過ぎないのだが。
「そいつはいいな、相手が、だけどな」
 背が低く、血の通っていない様を思わせる肌の色をした女など不気味で仕方がないのだろう。しかしながら焼肉パーティーの参加者として受け入れてくれるのも事実。
 男は急に黙り、二人を案内する。
「着いた」
 そこは大きな家、立派な事だけが取り柄の大掃除が大変だとしか思えない場所。現実を見つめる冬子には理解できない大きさだった。
「立派過ぎて良くねえもの出そうだな」
 秋男がついつい零してしまった言葉に無言で同意を重ねる。人の出入りや携わる仕事、趣味によっては持ち帰ることも多い事だろう。埃っぽい部屋の一つでもあれば汚染のような広がりを見せて驚くべき早さで驚くべき空間の完成といったところ。
 導かれるままにその怪しい家に入り、冬子は玄関で立ち止まり、天井を見つめていた。
「どうした」
 視線を追いかけるように秋男も天井を見つめたその時、声を上げずにはいられなかった。
「髪の毛」
 天井の隙間からはみ出た髪は本物なのだろうか。疑いつつ目を離し、再び見つめたその時には秋男の目には髪は映っていなかった。
「たまにいるんだ」
 同級生の語る事によれば立ち止まる者が時たま現れるそう。つまり、心霊が既に住んでいる、人々によって確認されている家という事だった。
 笑いすら出て来ない状況に身を竦めながら全体的に埃っぽい家の中で周りの女子との友情を装いながら焼けた肉を箸でつまむ。
 その時冬子はふと窓を見つめた。透き通る壁、今すぐにでも開いて埃を追い出してしまいたい。そう思っていたものの、外、木々の植えられた鉢の間から覗く顔が気になって仕方がなかった。


 それからしばらく明るみに包まれた部屋の中、この喧騒が埃と共に閉じ込められた空間の中で二時間近い時を過去に流し、ようやく終わりの時が来た。
 秋男が先に去ってしまう中、冬子は疲れに身を任せながら荷物を纏め、歩き出そうとしたその時。
 冷蔵庫の扉が勝手に開き始めた。
 そこは暗く、開いた箱は何かを収める棺のよう。はみ出してくる手は一本二本と増え続け、恐らくは十本、五人分だろうか。
 凍える恐怖に動かない身体。味気ない動きと無感動の静止、どれもこれもが受け入れがたくおぞましい。
 固まり続ける冬子の身体を押したのは秋男の叫び声だった。
 縛るような恐怖の渦から解き放たれた冬子はすぐさま駆けて玄関へと向かう。尻もちをついて力なく震える秋男が力のこもらない腕を情けなく伸ばした先には横切る女の姿があった。
 通り抜けるように壁に透けて入って、何処へと向かった事か。
 秋男を引っ張り冬子はすぐさま外へと抜け出した。玄関を通った女は幸い現れることなく、しかし髪だけを天井から垂らして人々の気分を埃っぽさの中に閉じ込めていた。
 それからだろうか。秋男が再び心霊の話を頻繁に口にするようになったのは。
 もしかすると彼らも忘れて欲しくないのかも知れない。伝わらないこと程の悲しみなどそうあるものではないのだから。
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