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断末魔の残り香 霧(第四シリーズ)
神木
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船を降り、ふらつく足をどうにか動かしていく。船の揺れ心地とは違った重みが全身を襲っていた。秋男は直感していた。きっとあの霊現象に遭遇したからだと。
これから船はどこへと向かうのだろう。往来だろうか。遠ざかっていく船を見つめながらベンチに腰掛けてため息をついた。
「眠い」
「体力残ってないんだね」
小春は一度頷いて跳ねるように飲み物を買ってきた。飲みやすそうな温かな緑茶をにこやかな笑みと共に贈呈。秋男にとっては幸せの絶頂の瞬間だった。小春の明るくきらめく笑顔はこの世で最もきれいなもの、眠気に襲われはっきりとしない幻想的な靄のかかった頭の中では小春の魅力が三倍になっているようだった。
船に向けて一度祈る。これ以上被害者が出ないことを願いつつ二度と遭遇しないことを一番の願いとして捧げた。
それからバスに乗り、もみじ景色の夢の跡を見つめながら途中で降りる。
すっかりと枯れ切った景色、木々がもたらす紅葉など既に季節が過ぎ去ってしまっているのだと、あの赤を幻想に溶かしてしまう。
きれいな景色とは言い難いものの、木々の並ぶ様には圧倒されていた。目から入る迫力が今までにない大きさを誇って二人の傍にて聳えているものだった。
きっとこれからもこの山はこの姿を保っているのだろう。秋男が老いた頃には、などといった想像すら寄せ付けない。
明るい日差しが心地よく絡み、しかしながら気温は上がり切れない。
そんな中で一つの小屋と看板を見つけ、小春は息をのむ。一方で秋男は何も気にすることなく看板へと近づいていく。
「神社の木を使ったまな板か」
それは今まで知らなかった可能性だった。神社の御利益を期待したまな板を使って切った食材、それの行く末はさぞ美味しい料理になるのだろう。
さらに歩き続けること数十分。小春が軽い息苦しさと重い足取りを持つことによる疲れを軽く表情に出していた。訴えかけられたかのように分かってしまう態度を見つめながら進めた足。
やがてたどり着いたのは神社、小春の目的は初めからここだった。
苔が染みつき蔓が巻き付く石の鳥居をくぐって奥へと向かう。
「もっと早かったら凄くきれいだったんだろうね」
小春の言葉に頷きながら見渡す。季節外れでしかなかったものの、それでも並ぶ木々の姿は圧倒的に美しい。
それからお参りをしてさらに奥へと続く道を見つけて進みゆく。この先についても道としてしっかりと機能しているのなら行かない手はない、そう思っていた。
奥に広がるそこはただの広場、木々に囲まれたそこに一つの大きな看板が立てられていた。
「神社まな板、名物なんだな」
「主婦を応援してくれてるんだよ」
小春の言葉に軽い納得を走らせる。本当に世の中で働く女性を応援しているのだろうか。説得力は秋男の首を大きく縦に振らせる。
これから別の場所へと進もうと振り返ったその時、すぐそばに老人の姿が在った。皴に塗れてしまうまで、腰が曲がって力が抜けた姿になるまで生きてきた老人。
そんな人物は秋男を見つめながら左手を伸ばして微笑みながら言葉をくれた。
「ここで祈ってくれてありがとう」
「いえいえ」
ただの旅行客でしかない秋男には礼を告げられるような事などしていなかった。
「ここに昔、別の社と神木があった」
突然始まった老人の話を耳にして秋男はこの広場の存在に納得を見つけた。
「大層立派な木でな、この辺りに住む者の誇りだった」
話に耳を傾ける。この神社の昔の姿まで知っている人物の見たものを知れる機会はあまりにも貴重。
「そんな御神木だったものの、そこに危機が迫る」
どのような危機なのだろうか、心を静かに弾ませながら話を聞く。悲惨な話であることは間違いないのだから明るい顔は浮かべることが出来ず、かといって完全に隠すことが出来ずに妙な表情をとる。
「村が貧しかったからか、誰かが言い始めたのだよ。神木まな板を売ろうと」
資本主義が加速してしまったがために、信仰が薄れてしまったがために始められた一つのビジネス。それは近隣住民からどのような言葉が飛んできたのだろう。老人はそこを語らなかったがために想像を巡らせることしかできなかった。
「大切な神木を切り倒し、まな板作りが始まった」
それは周辺の村を中心として流れるように売れたのだという。
「この村の住民は大いに喜んだ」
貧しさから一時的にでも逃れられたのだ、神木の御利益だと称ええる者も少なくなかったのだという。
「だが、神木を切り倒した者からまな板を買った者にまで悲劇が起きた」
ここから起きる悲劇とは果たしてどのようなものだろう、秋男には想像も付かなかった。
「まな板の持ち主が料理中に悉く怪我をしてしまってな」
その時は祟りだと騒がれたそうだ。神を切って作ったも同然のそれが起こした悲劇はあまりにも大きなものだった。
「それから祈ることでようやく祟りは収まり、神木以外の木を使わせてほしいと頼んだ」
それこそが今この場で名物とされている神社の木々を使ったまな板なのだという。祟りなどと呼ばれる事が起きた後にこの行ない。昔の人は恐れ知らずであったのか。
「ありがとうございました」
「なあに、悪事の根源の独白さ」
老人は最後に右手で手を振り立ち去っていく。秋男はその時の光景が目に焼き付いて離れなかった。
その老人の右手からは一本の指しか生えていなかったのだから。
これから船はどこへと向かうのだろう。往来だろうか。遠ざかっていく船を見つめながらベンチに腰掛けてため息をついた。
「眠い」
「体力残ってないんだね」
小春は一度頷いて跳ねるように飲み物を買ってきた。飲みやすそうな温かな緑茶をにこやかな笑みと共に贈呈。秋男にとっては幸せの絶頂の瞬間だった。小春の明るくきらめく笑顔はこの世で最もきれいなもの、眠気に襲われはっきりとしない幻想的な靄のかかった頭の中では小春の魅力が三倍になっているようだった。
船に向けて一度祈る。これ以上被害者が出ないことを願いつつ二度と遭遇しないことを一番の願いとして捧げた。
それからバスに乗り、もみじ景色の夢の跡を見つめながら途中で降りる。
すっかりと枯れ切った景色、木々がもたらす紅葉など既に季節が過ぎ去ってしまっているのだと、あの赤を幻想に溶かしてしまう。
きれいな景色とは言い難いものの、木々の並ぶ様には圧倒されていた。目から入る迫力が今までにない大きさを誇って二人の傍にて聳えているものだった。
きっとこれからもこの山はこの姿を保っているのだろう。秋男が老いた頃には、などといった想像すら寄せ付けない。
明るい日差しが心地よく絡み、しかしながら気温は上がり切れない。
そんな中で一つの小屋と看板を見つけ、小春は息をのむ。一方で秋男は何も気にすることなく看板へと近づいていく。
「神社の木を使ったまな板か」
それは今まで知らなかった可能性だった。神社の御利益を期待したまな板を使って切った食材、それの行く末はさぞ美味しい料理になるのだろう。
さらに歩き続けること数十分。小春が軽い息苦しさと重い足取りを持つことによる疲れを軽く表情に出していた。訴えかけられたかのように分かってしまう態度を見つめながら進めた足。
やがてたどり着いたのは神社、小春の目的は初めからここだった。
苔が染みつき蔓が巻き付く石の鳥居をくぐって奥へと向かう。
「もっと早かったら凄くきれいだったんだろうね」
小春の言葉に頷きながら見渡す。季節外れでしかなかったものの、それでも並ぶ木々の姿は圧倒的に美しい。
それからお参りをしてさらに奥へと続く道を見つけて進みゆく。この先についても道としてしっかりと機能しているのなら行かない手はない、そう思っていた。
奥に広がるそこはただの広場、木々に囲まれたそこに一つの大きな看板が立てられていた。
「神社まな板、名物なんだな」
「主婦を応援してくれてるんだよ」
小春の言葉に軽い納得を走らせる。本当に世の中で働く女性を応援しているのだろうか。説得力は秋男の首を大きく縦に振らせる。
これから別の場所へと進もうと振り返ったその時、すぐそばに老人の姿が在った。皴に塗れてしまうまで、腰が曲がって力が抜けた姿になるまで生きてきた老人。
そんな人物は秋男を見つめながら左手を伸ばして微笑みながら言葉をくれた。
「ここで祈ってくれてありがとう」
「いえいえ」
ただの旅行客でしかない秋男には礼を告げられるような事などしていなかった。
「ここに昔、別の社と神木があった」
突然始まった老人の話を耳にして秋男はこの広場の存在に納得を見つけた。
「大層立派な木でな、この辺りに住む者の誇りだった」
話に耳を傾ける。この神社の昔の姿まで知っている人物の見たものを知れる機会はあまりにも貴重。
「そんな御神木だったものの、そこに危機が迫る」
どのような危機なのだろうか、心を静かに弾ませながら話を聞く。悲惨な話であることは間違いないのだから明るい顔は浮かべることが出来ず、かといって完全に隠すことが出来ずに妙な表情をとる。
「村が貧しかったからか、誰かが言い始めたのだよ。神木まな板を売ろうと」
資本主義が加速してしまったがために、信仰が薄れてしまったがために始められた一つのビジネス。それは近隣住民からどのような言葉が飛んできたのだろう。老人はそこを語らなかったがために想像を巡らせることしかできなかった。
「大切な神木を切り倒し、まな板作りが始まった」
それは周辺の村を中心として流れるように売れたのだという。
「この村の住民は大いに喜んだ」
貧しさから一時的にでも逃れられたのだ、神木の御利益だと称ええる者も少なくなかったのだという。
「だが、神木を切り倒した者からまな板を買った者にまで悲劇が起きた」
ここから起きる悲劇とは果たしてどのようなものだろう、秋男には想像も付かなかった。
「まな板の持ち主が料理中に悉く怪我をしてしまってな」
その時は祟りだと騒がれたそうだ。神を切って作ったも同然のそれが起こした悲劇はあまりにも大きなものだった。
「それから祈ることでようやく祟りは収まり、神木以外の木を使わせてほしいと頼んだ」
それこそが今この場で名物とされている神社の木々を使ったまな板なのだという。祟りなどと呼ばれる事が起きた後にこの行ない。昔の人は恐れ知らずであったのか。
「ありがとうございました」
「なあに、悪事の根源の独白さ」
老人は最後に右手で手を振り立ち去っていく。秋男はその時の光景が目に焼き付いて離れなかった。
その老人の右手からは一本の指しか生えていなかったのだから。
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