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第11話 資源と呼ばれるG

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 俺達は風呂から上がり、薄いガウンを羽織った。帯を締めると、みんなボディラインがぴったり出る。着ていた服は、宿の者が洗濯に持って行ってくれている。

「晩ご飯は、ロビーに用意してもらっています」

 ルシルに導かれ、みんなでロビーに降りる。奥のテーブルが俺達に用意されていた。真ん中の大皿に揚げた骨付き肉が盛られている。隣の皿にはパンが盛られている。その脇に水が入った水差しと、葡萄ジュースが入った水差し、そして人数分のコップとグラスが置かれていた。四つの椅子の前には、それぞれ取り皿とスープ皿があった。

「揚げトリスだぁ」

 ルシルが目を輝かせる。

毒鶏コカトリスにしては結構小さいね」

 鶏の骨付き肉と同じくらいの大きさに見える。俺は毒鶏コカトリスの頭蓋骨しかまだ知らない。

「これはひよこですよ。親鳥はもっと食べ応えがあります」
「なるほど」

 鶏サイズのひよこか。黄色くなったアヒルといったところだな。毒鶏コカトリスのひよこが黄色いのかは知らないけど。親はダチョウくらいありそうだ。席に向かう。アザミが葡萄ジュースが入った水差しを取る。

「注いでいくねー」
「あ、ではわたしが配ります。リリアは座ってください」
「では、遠慮なく」

 リリアは俺の左に座る。アザミが注いだグラスをルシルが四つの椅子の前に置いていく。

「勇者様、どうぞ」
「ありがとう」

「リリアも、はい」
「ありがとう」

「アザミも」
「ありがとー」

 そしてルシルは自分のグラスを持って俺の右に座った。アザミは俺の正面に座っている。みんなが俺を見る。俺はグラスを持ち上げた。みんなもグラスを持ち上げる。どうやらこの世界にもあの風習があるようだ。

「それじゃあ、俺達が一団パーティとして結ばれ、家族としても結ばれたことを祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」

 グラスを打ち合わせた後、中身を飲み干す。風呂上りの体に、冷たい葡萄ジュースが心地良い。グラスを置くと、ルシルが手を合わせて構えている。俺も手を合わせた。リリアもアザミも手を合わせる。

「「「「いただきます!」」」」

 少し様子を見た。ルシルが揚げトリスの皿に手を伸ばす。素手でいった! 取り皿の傍にはタオルが置いてある。俺も手を伸ばした。リリアもアザミも手を伸ばす。

 ルシルは揚げトリスを両手で構え、横からかぶりつく。パリッと音を立てて皮が破られ、中から現れた透明な油を滴らせる肉と共に、ルシルの唇に飲み込まれていく。ルシルは肉から片手を離し、唇から出ている肉の端を押さえる。頬を緩ませながら動かすと、油を塗られた唇も形を変えていく。

 アザミも両手で構えた肉にかぶりつき、引き離すと、肉が裂けていく。油が弾ける。それを片手で摘み、口を少し上に向け、すでに咥え込まれている肉と口の中で合流させる。そして肉を咀嚼しながら、油にまみれた指を舐める。

 リリアは少しずつかぶりつき、モグモグしてはゴックンする。

「おいしー! この歯応えと旨味、きっと南で獲れる地鶏アースコカトリスですよ。大地の力を感じます」
「肉の弾力がすごいねー」
「中から溢れる肉汁もたまらん」

 三人娘が舌鼓を打つ。確かに旨い。まずパリパリした皮が旨い。衣に含まれる塩と胡椒がしっかり染み渡っている。皮だけだと塩気がやや多いが、肉と一緒になった時に丁度良くなるよう計算されている。そしてその肉。ひと噛み毎に肉汁が溢れ、何度噛んでもパサパサしない。気が付くと骨だけになっていた。もう一本!

 あっという間に二本目も骨だけになった。タオルで手の油を拭き取り、パンを齧ってスープを試す準備を整える。スープの中にも鶏肉。そして浮かんでいるのは……。スプーンですくって飲み込むと、やはり、卵スープだぁ。鶏ガラがしっかり効いている。とろとろの卵に、人参と青菜も入っている。一緒にすくって一緒に食べる。人参の歯応え、青菜の風味、そして卵のまろやかさ。鶏肉を口へ運んで噛み締める。ささみだ! スープがすっかり染みている。

「うまああああい!」

 俺達は大いに食べた。真ん中の皿から肉がなくなり、各自の取り皿に骨が積まれた。酸味を効かせた葡萄ジュースで口の中を落ち着かせながら、余韻に浸る。

「そろそろ、明日からの予定を聞きたいな」

 リリアが俺を見る。ルシルとアザミも俺を見る。俺は頷いた。

「訓練場でも言ったとおり、まずはレベル上げだ。この中で実戦の経験があるのは?」

 みんな互いを見回すが、手を挙げる者は誰も居ない。

「野外実習なら、何度か経験があるのだが」

 ルシルとアザミもリリアを見ながら頷く。

「それはどういうものなの?」
「班を組んだ人と一緒に、東の遺跡まで行って野営する、というものです」
「魔物とはまず出会わないんだよね」
「遺跡には兵士の詰所もあるからな」

 王都の周りの治安は良いようだ。

「まあ、俺も実戦の経験はない。だから実戦によって辿り着く次の成長レベルアップは、単に一つレベルが上がる以上の価値がある」

 三人娘は深く頷いた。

「経験のない状態からいきなりは大物を狙えない。だからまずは、雑魚を倒してみるところから始めよう。この世界の雑魚と言えば何かな?」
「それは、小鬼ゴブリンだろう」

 リリアが即答した。

豚鬼オークはどうなの?」
「牧場で飼われている豚鬼オークはおとなしいですが、野生の豚鬼オークは結構狂暴だと聞きました」

 ひょっとして、俺が食べた豚鬼オークは養殖ものだったのか。

粘体スライム的なのは居る? 粘りのある水の塊のような魔物なんだけど」
「居るよ。先生は雑魚だと言っていたけど、教えられた限りでは面倒な魔物だなぁ」
粘体スライムには刺したり叩いたりは効果がなく、斬るのもかなり細かく切り刻まないと、それぞれ別の個体となって動き回るそうです」
「焼き払うのが一番らしいが、それにはそれなりの準備が必要だな」

 俺は唸った。この世界の粘体スライムは面倒なバージョンの奴だったか。

「では狙うのは小鬼ゴブリンだな。この辺りで見たことはある?」
「干した小鬼ゴブリンなら見たことはあるが」
「農家の軒先に吊るしてあったりするよね」
小鬼ゴブリンも食べるの!?」
「あんなのは食べ物ではありません!」

 ルシルが信じられないという顔をする。生き物全てが食べ物という訳ではないらしい。

「でも、遭難して小鬼ゴブリンを食べて生き延びた人の話は、聞いたことがあるよ」
「そんな目には遭いたくないな。小鬼ゴブリンは、普通は切り刻んで畑に撒くんだ。生のを撒く場合もあるが、普通は干して使う」
「干し小鬼ゴブリンは燃料としても使われます。この宿のお風呂も、小鬼ゴブリンで沸かしているんですよ」

 そのうち、小鬼ゴブリンで動く車とかが発明されたりするのだろうか。

「干す時に抜く血からは油が取れる。小鬼ゴブリンの血は緑色だ」
小鬼ゴブリン油は燃料用です。料理に使うのはご法度です」
「少し前に、料理に混ぜていたのがバレて、営業停止になった店があったなぁ」
「安くて美味しいと評判の店だったのに、あんなひどいことをしていたなんて。わたし、もう少しで行くところでした」

 ルシルが身を震わせる。この世界でも、安物には気を付ける必要がありそうだ。

「王都の中では、吊るしてあるのは見ないけど、樽詰めのは良く使われているよ」
「とにかく、数は獲れると聞くからな。小鬼ゴブリンは安い資源だ」
「そんなに居るの?」
「なにしろ、一匹見たら二十匹居ると思え、という言葉があるくらいです」

 それなら、成長レベルアップの糧としても有効に使わせてもらおう。

「この辺りに、生小鬼ゴブリンは居ないのかな?」
「この辺りで規模が一番大きな巣穴は、ハプリンスの街から近い山の中にあるそうだ。王都で使われている小鬼ゴブリンも、そこから採掘されているんだ」
「そこへ行くなら、王都から馬車で半日ほどかかります」
「王都から西へ向かう一番大きな街道の、宿場町でもあるんだよ。あたしも王都へ来た時に一泊したよ」

 そこへ行けば、生の小鬼ゴブリンに会える! いっぱいぶっ殺してやるぞ。

「ではそこにしよう。採掘には何か許可がいるの?」
「人手は常に募集しているが、身元が確かな者でなければ応募できない。とはいえ、勇者の一団パーティとなれば問題ないだろう」
「そうか。ただしいきなりは採掘しない。まずはその近くで野山に体を慣らすんだ。戦う前に、歩き方を身に着ける必要がある」

 三人娘は深く頷いた。

「移動に半日かかるなら、日帰りは無理だな。向こうで宿を見つけよう。明日出発したいと思うけど、都合の悪い人は居るかな?」

 みんな互いを見回すが、手を挙げる者は誰も居ない。

「よし、決まりだ」
「「「おー!」」」

 三人娘が拳を突き上げる。

「この宿には一泊だけかぁ。美味しい料理だった。いいお風呂だった」
「永遠の別れじゃないですよ」
「向こうにも神殿はあるが、魔法円はない。経験値を稼いだら、王都へ戻ることになる」
「華麗に凱旋と行きたいな。そろそろ明日に備えて寝よう」

 俺の言葉でみんな席を立った。

「あ、そうだ。あたしは部屋を変わったほうがいいと思う」
「何か問題あるのか?」

 同じ部屋のリリアが尋ねる。

「いやぁ、あたし寝相が悪くて。以前、訓練場の寮で寝ぼけて、ルームメイトの純潔を奪いそうになっちゃったことがあったんだよね」
「な」

 同じ部屋のリリアの顔が引きつる。

「その時のルームメイトは気持ち良かったって言ってくれたけど、リリア相手にやっちゃうとやばいよね」

 アザミは苦笑いしている。

「あの、わたしも寝相が悪くて、今朝は勇者様に迷惑をかけてしまって」
「それじゃあ、ルシルがあたしの部屋に来る? リリアは勇者の部屋に行ってもらって」
「そうですね。ではリリアと交代です」
「分かった。勇者殿、よろしく頼む」
「ああ」

 今の俺なら大丈夫だ。賢者の部屋へようこそ。
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