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第10話 勇者の決意
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俺達が泊っている宿の二階には、中庭を囲む東と北と西に一つずつ大きな二人部屋があり、南側は風呂場になっている。俺とルシルは西側の部屋に泊まっていて、リリアとアザミのために、新たに北側の部屋を取った。神殿で一旦解散した俺達は、その北側の部屋に集合した。陽はすっかり沈んでいて、宿の部屋や廊下のランプが灯されていた。
「うわぁ、訓練場の寮の部屋とは大違いだよー。リリアの家よりは狭いだろうけど」
「しかし、私の部屋よりはずっと大きい」
訓練場の寮から、自分の荷物を袋につめて背負ってきたアザミと、実家から、同じく荷物を運んできたリリアは、ぐるぐると部屋を見回している。部屋の窓からは宿の北側にある城の様子が見えた。各所に松明が灯されている。
「そろそろ、お風呂へ行きませんか?」
「そうだな。早く汗を流そう」
俺も同意した。今日はたくさん汗をかいた。この世界には男湯と女湯の区別がないが、みんなと強い絆で結ばれ、さらに散々絞られて賢者となった今の俺には関係ない。ルシルと一緒に、自分達の部屋からガウンを取って来て、浴場へ向かう。
脱衣場に一番に入る。続いてルシルが入ってきて、リリアとアザミも周りを見回しながら入ってくる。奥の棚の前でマントを脱ぐ。他のみんなも横に並んで服を脱ぎ、髪を下ろす。俺はタオルと石鹸が入った湯桶を手に取り、洗い場にも一番に入る。誰も居ない。この宿に泊まっているのは、俺達だけなんじゃあないだろうか。
洗い場には、手前側の壁と向こう正面の壁に、小さな丸い椅子が並んでいる。俺は昨日と同じ手前側に向かおうとしたが、足を止めた。手前側には椅子は三つしかない。向こう正面には五つ並んでいる。昨日は、ルシルと距離を取ろうとして手前側に座った。だけど今日は、みんなと距離を取る理由はない。俺は向こう正面へ足を向け、右端の椅子に座った。俺に続いて入ってきたルシルが、隣に座って笑顔を向ける。俺も笑みを返す。
まずはみんな湯を汲み、汗にまみれた体へ頭から掛ける。そして髪を洗い始めた。俺は正面向きで、ルシルは少し体を傾けて、リリアは下を向いて前に髪を垂らして、アザミは上を向き後ろに髪を垂らして。誰も喋らない。俺も、今日までの出来事を振り返っていた。
まず、ルシルにいろいろと聞いた魔法の儀式だが、巧く使うのは難しいと判断した。ほとんどの魔法は持続時間が一分で、三か月祈っても、三日半しか持続できない。魔法の武器のようなものを作るのは、魔法使いと僧侶の上級職である本物の賢者の領分で、その職能力である秘法開発を使っていろいろやるらしい。この賢者の秘法が、一般には覚えられない魔法、だ。
次に、訓練場による成長はレベル3くらいまでだそうだ。逆に言えば、レベル3までなら俺も訓練場で安全に成長できる訳だが、かなり時間がかかる。すでにレベル3のみんなはほぼ成長できない。それはいくらこつこつ上げると言っても申し訳ない。実戦に踏み込むしかない。
そして、神殿で成長以外に願う最も重要なことと言えば、死者の蘇生。しかし〈蘇生〉の成功率はレベル毎に四十分の一。伝説級でも半分の確率で灰になる。王都で一番の使い手はレベル10のセルリア。四分の一もあると考えるか、四分の一しかないと考えるか。事故が起きてしまったらすがるしかないが、基本的に、死んだらそれまでと思って冒険を進める必要がありそうだ。
みんな湯で髪をすすぐ。そしてタオルで水気を拭く。
「みんなお互いに、背中を流し合いませんか?」
ルシルが髪をまとめながら提案する。
「それはいいな」
俺は自然と同意した。
「そうだな。私達はまさに、背中を預け合う間柄になったのだ」
同じく髪をまとめていたリリアも嬉しそうに同意する。
「賛成! それじゃあみんな、右向け、右ぃー」
髪をまとめ終わったアザミの号令で、みんな一斉に右を向く。ルシルが俺の背中に、リリアがルシルの背中に、アザミがリリアの背中にタオルを当てる。
「勇者様、お加減はどうですか?」
「丁度いいよ」
「ルシル、どうだ?」
「はい。とってもいいです」
「リリア、どう?」
「ああ、いい感じだ」
うわべの言葉ではない。みんな互いのことを良く知り合ったのだ。ルシルの当てたタオルが、首筋から肩、背中の真ん中から腰の下までの垢を、優しく擦り落としていく。
「そろそろ交代しよう」
俺は声を掛けた。みんな今度は左を向く。俺はルシルの背中にタオルを当て、うなじを優しく撫でる。首筋でタオルを上下させ、肩甲骨の縁を丁寧に擦る。やがてタオルを腰まで下ろし、お尻が始まる辺りまで、淀みなく撫で回す。賢者となった今の俺には、ルシルの背中を流すことも造作ない。
「前はどうするの?」
リリアに背中を流されているアザミが声を投げ掛ける。
「前は自分で洗うだろう?」
ルシルに背中を流されているリリアが疑問で返す。
「いや、あたしはいつもやっているんだけどね。今日は訓練が午前中で終わって、人数分余っているから」
「何が余っているのですか?」
俺に背中を流されているルシルが当然の疑問を発する。
「それはねぇ……分身!」
アザミが背中を流されながら印を結ぶ。アザミの隣にアザミが現れる。
「さらにぃ……分身! 分身! 分身!」
アザミが五人に分身する。本体も全裸で眼鏡をかけていないので、椅子に座っていなければ、見分けがつかない。
「だから前は……」
「「「「あたし達が洗ってあげるよ!」」」」
四人の分身が右腕を前に伸ばして親指を立てる。そして、俺達の後ろに分かれて来る。
「さあ、リリア。タオルを貸して」
リリアに壁を向かせながら、その後ろに来たアザミが手を伸ばす。左隣では、本体のアザミが慣れた様子で、後ろの分身にタオルを渡す。
「ほい、任せた」
「うん、任された」
それを見たリリアもタオルを差し出す。
「では、任せる」
「はーい」
ルシルの後ろに来たアザミも手を伸ばす。
「ほら、ルシルも」
「それでは、お願いします」
ルシルもタオルを差し出し、壁を向いた。
「任せてー」
そして俺のところにもアザミが来る。
「勇者の担当はあたしだね。タオルを貸して。それとも、このおっぱいで洗って欲しいのかなぁ?」
「うお」
アザミが己のおっぱいを揉み上げながら迫る。俺はタオルを差し出しながら壁を向いた。
「遠慮しなくてもいいのに。全てを見せ合った仲じゃない」
「分身はどこまで知っているの?」
「召喚された時点の本体と同じ記憶があるよ。レベルは普通の〈召喚〉と同じで、呼び出すレベルの一つ下までだから、本体がレベル3で覚えた〈召喚〉は使えないけどね」
俺担当のアザミは後ろから、俺の腕をタオルで擦りながら教えてくれた。
「魔法が使えるの?」
「分身は、さらに分身することはできないけど、魔法は使えるよ。魔力は本体と共有だけど、体力なんかは別だから、特技としては普通に使えるよ」
「そういう仕組みか、ぬお」
アザミが俺の脇の下から手を伸ばし、俺の胸を、乳首の周りを、タオルで撫で回す。
「感覚もね、〈共感〉が掛ったように共有する仕組みになっているの。戦う時は触覚は共有させないけど、今は全部を共有させてるよぉ」
俺の背中に生おっぱいを当ててくる。本体のアザミが、己のおっぱいを触ってニヤリと笑う。
「うおお!」
うろたえるんじゃあない! 今の俺は賢者だ。賢者はうろたえない!
「ああぁ!」
隣のルシルが声を上げる。ルシルは両脇からアザミに両手を入れられて、素手でおっぱいを洗われている。
「大丈夫。ルシルがおっぱい弱いことは知っているから。優しくしてあげるから、ほら、力を抜いて」
「ああぁぁあ!」
ルシルが身をよじらせる。しかし強くは抵抗していない。俺を撫で回しているタオルも、へその辺りまで下がってきている。
「そろそろだねぇ」
アザミが耳元で囁く。
「な、何をする気だ!?」
「お尻から刺激すればいいんだよね?」
「待て待て待て」
タオルが、へその下まで迫っている。
「やめろー!」
声を上げたのはリリアだった。みんな手を止めてリリアを見る。リリアは立ち上がり、リリア担当のアザミと向かい合っていた。
「ど、どうしたの?」
リリア担当のアザミが戸惑った表情で尋ねる。
「私は聖騎士なんだぞ!」
「分かっているよ。リリアの貞操を破るようなことはしないって」
「いや、分かっていない! ……いや、私の言葉が足りなかったか」
リリアは声のトーンを落とした。
「どういうこと?」
リリア担当のアザミが首を傾げて尋ねる。
「アザミは、一団の結成で経験したことを、基準にしたのだろう?」
「うん。あそこまでは大丈夫なんだよね?」
「いや、違うんだ。聖騎士は純潔を奪われるか心が堕ちるかすると資格を失ってしまう」
リリアは首を左右に振った。
「あの天使達は純潔は奪わないが、私の心は溶かしてしまう。でもそれは神から賜るものだから、堕ちることにはならないんだ。しかし、神の使いでない者相手に心を溶かせば、私は聖騎士ではなくなってしまう。そして、溶かさない程度なら大丈夫と考えることは、堕落への第一歩だと教わった」
「……そうだったのね。ごめんねー」
隣に座っている本体のアザミが、リリアを見上げ、手を合わせて謝った。
「いや、私も説明しておくべきだった。すまない」
リリアも頭を下げる。
「なあリリア。資格を失ったら、それっきりなの?」
俺は顔を覗かせて聞いてみた。これは、今後の冒険に備えて考慮しておくべき要素だ。
「魔法などで清い体を取り戻し、意志を振り絞って心に光を取り戻せば、再度の叙任を願い出ることはできる」
「不慮の事故に対しては、救済の道があるんだね」
事故がないに越したことはないが、事故があっても道があるのとないのでは大違いだ。
「伯母上からは、百匹を越える小鬼に汚されながら、不屈の意志で返り咲いた聖騎士の伝説を聞かされたものだ。真の敗者とは、泥にまみれた者ではなく、泥にまみれたまま立ち上がれぬ者だ、とな。まあ私は、小鬼如きに泥をつけられる気はさらさらないが」
リリアは胸を張った。おっぱいが誇らしげに揺れる。
「しかし事故ならともかく、自ら愉悦を貪る目的で資格を失ったとなれば、再度の叙任は到底認められまい。だから私はいいから、こういうことは他のみんなでやってくれ」
「うーん、リリアだけ外れるのは心苦しいです」
ルシルはリリアを見て、アザミ達を見て、俺を見た。俺は昨日、ルシルに思いをぶつけるのはやるべきことをやってからだと決意していた。今日、こんな流れになるとは思っていなかった。リリアが聖騎士でむしろ良かったと思った。もし歯止めがなかったら、とんでもない醜態を晒していたかもしれない。
「俺もルシルと同じ気持ちだ」
ルシルが笑みを浮かべる。
「私に構う必要はないんだ。これが聖騎士の道なんだ」
「でも後ろ髪引かれながらやったって、本当に気持ち良くはなれないよ」
食い下がるリリアをアザミがなだめる。
「それで、この際だから聞いておきたいんだけど。この世界の愛の形には、何か制約があるのかな?」
この問題はいつまでも引きずるべきじゃあない。ここではっきりさせておくべきだ。
「愛と合意さえあれば、形や数は自由ですよ」
ルシルが笑みを浮かべて答えてくれた。リリアと全てのアザミも深く頷く。
「素晴らしい世界だ」
俺も深く頷いた。
「伯母上も、母上と父上と共に一団を組み、互いに愛し合っていた。今でも愛し合っている。しかし伯母上は、次なる聖騎士が育つまでは聖騎士であり続ける道を選び、母上は父上と契りを交わし、次なる聖騎士候補を産み落とした。それが私だ。だから私は、早く立派な聖騎士になりたいのだ。そうすれば伯母上も、父上と、そして母上とも契りを交わすことができる」
リリアは凛としたまなざしを向けて語った。俺は気持ちが固まった。少し深呼吸して、話し始めた。
「俺もみんなのことが好きだ。だが、俺にはみんなと共にやるべきことがある。それを成し遂げるまでは、誰とも契りを交わすつもりはない。みんなは可愛い。しかしその可愛さにうつつを抜かせば、俺は勇者ではなくなり、みんなと一団を組む資格を失ってしまう。だから魔王攻略を果たすまでは、みんなとは節度を守って付き合っていきたい」
みんな笑顔を返してくれた。
「節度は大事だよね。あたしも里に居た時、出せる分身全てを使って気持ち良くなろうとしたことがあってね。いくら体を悶えさせようと、口で拒絶しようと、心は受け入れているからとことん攻め立ててって、命令したら、大変なことになっちゃって。あたしがすごい声出したものだから、お母さんが飛んできて、後でこっぴどく叱られたよ。欲に溺れさせるのが忍者のたしなみ。欲に溺れるのは未熟の極みってね」
本体のアザミが語る中、分身達は、一人ずつ本体とハイタッチを交わしながら消えていった。やがてアザミが語り終わると、みんななんとなくルシルに視線を集めた。
「わたしは今まで、転職しませんでした。踊り子と狩人の組み合わせでなれる上級職はありませんが、親から受け継いだ、唯一の家族の繋がりだと思ったからです。でも今はみんなが居て、まだ知り合って間もないのに、心で深く繋がったのを感じます。体で激しく繋がらなくても、わたし達は強い絆で結ばれた家族です!」
そして俺達は、洗い場の外にある大きな浴槽に一緒に入って、夜の王都を静かに眺めた。
「うわぁ、訓練場の寮の部屋とは大違いだよー。リリアの家よりは狭いだろうけど」
「しかし、私の部屋よりはずっと大きい」
訓練場の寮から、自分の荷物を袋につめて背負ってきたアザミと、実家から、同じく荷物を運んできたリリアは、ぐるぐると部屋を見回している。部屋の窓からは宿の北側にある城の様子が見えた。各所に松明が灯されている。
「そろそろ、お風呂へ行きませんか?」
「そうだな。早く汗を流そう」
俺も同意した。今日はたくさん汗をかいた。この世界には男湯と女湯の区別がないが、みんなと強い絆で結ばれ、さらに散々絞られて賢者となった今の俺には関係ない。ルシルと一緒に、自分達の部屋からガウンを取って来て、浴場へ向かう。
脱衣場に一番に入る。続いてルシルが入ってきて、リリアとアザミも周りを見回しながら入ってくる。奥の棚の前でマントを脱ぐ。他のみんなも横に並んで服を脱ぎ、髪を下ろす。俺はタオルと石鹸が入った湯桶を手に取り、洗い場にも一番に入る。誰も居ない。この宿に泊まっているのは、俺達だけなんじゃあないだろうか。
洗い場には、手前側の壁と向こう正面の壁に、小さな丸い椅子が並んでいる。俺は昨日と同じ手前側に向かおうとしたが、足を止めた。手前側には椅子は三つしかない。向こう正面には五つ並んでいる。昨日は、ルシルと距離を取ろうとして手前側に座った。だけど今日は、みんなと距離を取る理由はない。俺は向こう正面へ足を向け、右端の椅子に座った。俺に続いて入ってきたルシルが、隣に座って笑顔を向ける。俺も笑みを返す。
まずはみんな湯を汲み、汗にまみれた体へ頭から掛ける。そして髪を洗い始めた。俺は正面向きで、ルシルは少し体を傾けて、リリアは下を向いて前に髪を垂らして、アザミは上を向き後ろに髪を垂らして。誰も喋らない。俺も、今日までの出来事を振り返っていた。
まず、ルシルにいろいろと聞いた魔法の儀式だが、巧く使うのは難しいと判断した。ほとんどの魔法は持続時間が一分で、三か月祈っても、三日半しか持続できない。魔法の武器のようなものを作るのは、魔法使いと僧侶の上級職である本物の賢者の領分で、その職能力である秘法開発を使っていろいろやるらしい。この賢者の秘法が、一般には覚えられない魔法、だ。
次に、訓練場による成長はレベル3くらいまでだそうだ。逆に言えば、レベル3までなら俺も訓練場で安全に成長できる訳だが、かなり時間がかかる。すでにレベル3のみんなはほぼ成長できない。それはいくらこつこつ上げると言っても申し訳ない。実戦に踏み込むしかない。
そして、神殿で成長以外に願う最も重要なことと言えば、死者の蘇生。しかし〈蘇生〉の成功率はレベル毎に四十分の一。伝説級でも半分の確率で灰になる。王都で一番の使い手はレベル10のセルリア。四分の一もあると考えるか、四分の一しかないと考えるか。事故が起きてしまったらすがるしかないが、基本的に、死んだらそれまでと思って冒険を進める必要がありそうだ。
みんな湯で髪をすすぐ。そしてタオルで水気を拭く。
「みんなお互いに、背中を流し合いませんか?」
ルシルが髪をまとめながら提案する。
「それはいいな」
俺は自然と同意した。
「そうだな。私達はまさに、背中を預け合う間柄になったのだ」
同じく髪をまとめていたリリアも嬉しそうに同意する。
「賛成! それじゃあみんな、右向け、右ぃー」
髪をまとめ終わったアザミの号令で、みんな一斉に右を向く。ルシルが俺の背中に、リリアがルシルの背中に、アザミがリリアの背中にタオルを当てる。
「勇者様、お加減はどうですか?」
「丁度いいよ」
「ルシル、どうだ?」
「はい。とってもいいです」
「リリア、どう?」
「ああ、いい感じだ」
うわべの言葉ではない。みんな互いのことを良く知り合ったのだ。ルシルの当てたタオルが、首筋から肩、背中の真ん中から腰の下までの垢を、優しく擦り落としていく。
「そろそろ交代しよう」
俺は声を掛けた。みんな今度は左を向く。俺はルシルの背中にタオルを当て、うなじを優しく撫でる。首筋でタオルを上下させ、肩甲骨の縁を丁寧に擦る。やがてタオルを腰まで下ろし、お尻が始まる辺りまで、淀みなく撫で回す。賢者となった今の俺には、ルシルの背中を流すことも造作ない。
「前はどうするの?」
リリアに背中を流されているアザミが声を投げ掛ける。
「前は自分で洗うだろう?」
ルシルに背中を流されているリリアが疑問で返す。
「いや、あたしはいつもやっているんだけどね。今日は訓練が午前中で終わって、人数分余っているから」
「何が余っているのですか?」
俺に背中を流されているルシルが当然の疑問を発する。
「それはねぇ……分身!」
アザミが背中を流されながら印を結ぶ。アザミの隣にアザミが現れる。
「さらにぃ……分身! 分身! 分身!」
アザミが五人に分身する。本体も全裸で眼鏡をかけていないので、椅子に座っていなければ、見分けがつかない。
「だから前は……」
「「「「あたし達が洗ってあげるよ!」」」」
四人の分身が右腕を前に伸ばして親指を立てる。そして、俺達の後ろに分かれて来る。
「さあ、リリア。タオルを貸して」
リリアに壁を向かせながら、その後ろに来たアザミが手を伸ばす。左隣では、本体のアザミが慣れた様子で、後ろの分身にタオルを渡す。
「ほい、任せた」
「うん、任された」
それを見たリリアもタオルを差し出す。
「では、任せる」
「はーい」
ルシルの後ろに来たアザミも手を伸ばす。
「ほら、ルシルも」
「それでは、お願いします」
ルシルもタオルを差し出し、壁を向いた。
「任せてー」
そして俺のところにもアザミが来る。
「勇者の担当はあたしだね。タオルを貸して。それとも、このおっぱいで洗って欲しいのかなぁ?」
「うお」
アザミが己のおっぱいを揉み上げながら迫る。俺はタオルを差し出しながら壁を向いた。
「遠慮しなくてもいいのに。全てを見せ合った仲じゃない」
「分身はどこまで知っているの?」
「召喚された時点の本体と同じ記憶があるよ。レベルは普通の〈召喚〉と同じで、呼び出すレベルの一つ下までだから、本体がレベル3で覚えた〈召喚〉は使えないけどね」
俺担当のアザミは後ろから、俺の腕をタオルで擦りながら教えてくれた。
「魔法が使えるの?」
「分身は、さらに分身することはできないけど、魔法は使えるよ。魔力は本体と共有だけど、体力なんかは別だから、特技としては普通に使えるよ」
「そういう仕組みか、ぬお」
アザミが俺の脇の下から手を伸ばし、俺の胸を、乳首の周りを、タオルで撫で回す。
「感覚もね、〈共感〉が掛ったように共有する仕組みになっているの。戦う時は触覚は共有させないけど、今は全部を共有させてるよぉ」
俺の背中に生おっぱいを当ててくる。本体のアザミが、己のおっぱいを触ってニヤリと笑う。
「うおお!」
うろたえるんじゃあない! 今の俺は賢者だ。賢者はうろたえない!
「ああぁ!」
隣のルシルが声を上げる。ルシルは両脇からアザミに両手を入れられて、素手でおっぱいを洗われている。
「大丈夫。ルシルがおっぱい弱いことは知っているから。優しくしてあげるから、ほら、力を抜いて」
「ああぁぁあ!」
ルシルが身をよじらせる。しかし強くは抵抗していない。俺を撫で回しているタオルも、へその辺りまで下がってきている。
「そろそろだねぇ」
アザミが耳元で囁く。
「な、何をする気だ!?」
「お尻から刺激すればいいんだよね?」
「待て待て待て」
タオルが、へその下まで迫っている。
「やめろー!」
声を上げたのはリリアだった。みんな手を止めてリリアを見る。リリアは立ち上がり、リリア担当のアザミと向かい合っていた。
「ど、どうしたの?」
リリア担当のアザミが戸惑った表情で尋ねる。
「私は聖騎士なんだぞ!」
「分かっているよ。リリアの貞操を破るようなことはしないって」
「いや、分かっていない! ……いや、私の言葉が足りなかったか」
リリアは声のトーンを落とした。
「どういうこと?」
リリア担当のアザミが首を傾げて尋ねる。
「アザミは、一団の結成で経験したことを、基準にしたのだろう?」
「うん。あそこまでは大丈夫なんだよね?」
「いや、違うんだ。聖騎士は純潔を奪われるか心が堕ちるかすると資格を失ってしまう」
リリアは首を左右に振った。
「あの天使達は純潔は奪わないが、私の心は溶かしてしまう。でもそれは神から賜るものだから、堕ちることにはならないんだ。しかし、神の使いでない者相手に心を溶かせば、私は聖騎士ではなくなってしまう。そして、溶かさない程度なら大丈夫と考えることは、堕落への第一歩だと教わった」
「……そうだったのね。ごめんねー」
隣に座っている本体のアザミが、リリアを見上げ、手を合わせて謝った。
「いや、私も説明しておくべきだった。すまない」
リリアも頭を下げる。
「なあリリア。資格を失ったら、それっきりなの?」
俺は顔を覗かせて聞いてみた。これは、今後の冒険に備えて考慮しておくべき要素だ。
「魔法などで清い体を取り戻し、意志を振り絞って心に光を取り戻せば、再度の叙任を願い出ることはできる」
「不慮の事故に対しては、救済の道があるんだね」
事故がないに越したことはないが、事故があっても道があるのとないのでは大違いだ。
「伯母上からは、百匹を越える小鬼に汚されながら、不屈の意志で返り咲いた聖騎士の伝説を聞かされたものだ。真の敗者とは、泥にまみれた者ではなく、泥にまみれたまま立ち上がれぬ者だ、とな。まあ私は、小鬼如きに泥をつけられる気はさらさらないが」
リリアは胸を張った。おっぱいが誇らしげに揺れる。
「しかし事故ならともかく、自ら愉悦を貪る目的で資格を失ったとなれば、再度の叙任は到底認められまい。だから私はいいから、こういうことは他のみんなでやってくれ」
「うーん、リリアだけ外れるのは心苦しいです」
ルシルはリリアを見て、アザミ達を見て、俺を見た。俺は昨日、ルシルに思いをぶつけるのはやるべきことをやってからだと決意していた。今日、こんな流れになるとは思っていなかった。リリアが聖騎士でむしろ良かったと思った。もし歯止めがなかったら、とんでもない醜態を晒していたかもしれない。
「俺もルシルと同じ気持ちだ」
ルシルが笑みを浮かべる。
「私に構う必要はないんだ。これが聖騎士の道なんだ」
「でも後ろ髪引かれながらやったって、本当に気持ち良くはなれないよ」
食い下がるリリアをアザミがなだめる。
「それで、この際だから聞いておきたいんだけど。この世界の愛の形には、何か制約があるのかな?」
この問題はいつまでも引きずるべきじゃあない。ここではっきりさせておくべきだ。
「愛と合意さえあれば、形や数は自由ですよ」
ルシルが笑みを浮かべて答えてくれた。リリアと全てのアザミも深く頷く。
「素晴らしい世界だ」
俺も深く頷いた。
「伯母上も、母上と父上と共に一団を組み、互いに愛し合っていた。今でも愛し合っている。しかし伯母上は、次なる聖騎士が育つまでは聖騎士であり続ける道を選び、母上は父上と契りを交わし、次なる聖騎士候補を産み落とした。それが私だ。だから私は、早く立派な聖騎士になりたいのだ。そうすれば伯母上も、父上と、そして母上とも契りを交わすことができる」
リリアは凛としたまなざしを向けて語った。俺は気持ちが固まった。少し深呼吸して、話し始めた。
「俺もみんなのことが好きだ。だが、俺にはみんなと共にやるべきことがある。それを成し遂げるまでは、誰とも契りを交わすつもりはない。みんなは可愛い。しかしその可愛さにうつつを抜かせば、俺は勇者ではなくなり、みんなと一団を組む資格を失ってしまう。だから魔王攻略を果たすまでは、みんなとは節度を守って付き合っていきたい」
みんな笑顔を返してくれた。
「節度は大事だよね。あたしも里に居た時、出せる分身全てを使って気持ち良くなろうとしたことがあってね。いくら体を悶えさせようと、口で拒絶しようと、心は受け入れているからとことん攻め立ててって、命令したら、大変なことになっちゃって。あたしがすごい声出したものだから、お母さんが飛んできて、後でこっぴどく叱られたよ。欲に溺れさせるのが忍者のたしなみ。欲に溺れるのは未熟の極みってね」
本体のアザミが語る中、分身達は、一人ずつ本体とハイタッチを交わしながら消えていった。やがてアザミが語り終わると、みんななんとなくルシルに視線を集めた。
「わたしは今まで、転職しませんでした。踊り子と狩人の組み合わせでなれる上級職はありませんが、親から受け継いだ、唯一の家族の繋がりだと思ったからです。でも今はみんなが居て、まだ知り合って間もないのに、心で深く繋がったのを感じます。体で激しく繋がらなくても、わたし達は強い絆で結ばれた家族です!」
そして俺達は、洗い場の外にある大きな浴槽に一緒に入って、夜の王都を静かに眺めた。
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