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第21話 まずは山頂へ登る

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 俺達は、小鬼ゴブリンの採掘場となっている山の頂上を目指し、前進を開始した。採掘場の中では、最も安全なルートではあるが、小鬼ゴブリンの遭遇もあり得る道だ。野外演習と言ったところだが、気は抜けない。

 山頂までの道を、全裸のアザミを先頭にして進む。少し離れた後方に大弩グレートクロスボウを構えた俺が居て、俺の左隣にリリアが居る。俺の後ろに本体のアザミ、リリアの後ろにルシル。そして俺達から少し離れた後方に、二人目の分身のアザミが全裸で全体を警戒している。

 空は晴れていて、山はのどかだった。遠くで鳥の鳴き声がする。小鬼ゴブリンの声のようなものは聞こえてこない。小鬼ゴブリンは、どんな声で鳴くのだろうか。

「何も居ないねー」

 アザミが三つの頭をきょろきょろさせる。

「一応、足元にも注意してね。用心する癖をつけることが大切だよ」

 俺は前方のアザミに声を掛ける。三人のアザミが頷く。

「戦いになった時の陣形も、何度かやってみませんか?」
「それはいいな」

 ルシルの提案に、リリアが頷く。

「では勇者様の合図で」

 その言葉に俺は頷いた。少し歩き続ける。依然として山はのどかだ。

「位置につけ!」

 俺は叫んでその場に止まった。リリアが前に出て長剣ロングソードを抜く。前方のアザミは左後方へ下がり、リリアの左側へ回る。俺の後ろに居た本体のアザミが、俺の右側をカバーする位置へ回る。本体のアザミが居た位置には、後方に居た、分身のアザミが来る。ルシルは俺と同じくその場に止まり、短弓ショートボウを構え、リリアと、その左隣のアザミの間の空間へ向けた。

「いいねぇ」

 一番後ろから見ていた分身のアザミの声で、みんな振り向き、それぞれの位置を確認した。それぞれ周りを見ながら、多少自分の位置を調整する。

「弓を構える場所を、少し迷ってしまいました」
「相手がいないからな。私の動きはどうだった?」
「ぴったりみんなの真ん中でしたよ」

 リリアは鎧と盾を身に着けているだけでなく、〈魅惑〉威圧の特技が使える。レベルは詠唱する時の半分の扱いで、射程が0で、効果も朦朧しか与えられないが、一団パーティの前方で〈魅惑〉威圧を展開することで、複数の敵を、そこで足止めできる。

「この陣形は、敵が前方に満遍なく居る場合のものだから、敵の位置が偏っている時は、また考える必要があるけど、応用するには基本が大事だから、何度も繰り返して体に馴染ませよう」

 俺の言葉にみんな頷いた。そして行軍陣形に戻し、進んでいく。神の鳥を祀る社が見えてきた。木の壁に囲まれ、正面に門が開いている。門の左右に衛兵が居る。そこまでの道が階段になっていて、それを登っていく。

「おつかれさまー」

 一番先頭を行く全裸のアザミが衛兵達に声をかける。衛兵達がびくりとする。無口な奴らだが、感情はあるようだ。俺は左右の衛兵に適当に敬礼しながら進む。特に咎められない。中へ入ると横長の建物が前を塞いでいる。扉は閉まっている。左側に回り込めばいいようだ。建物の脇を抜けていく。奥は手前より高くなっていて、階段で繋がれている。

 階段を登ると、人間大の神の鳥の像が祀られていた。みんな横並びになって、祈りを捧げる。像の奥には八角形の建物がある。扉は閉まっている。その横を抜けると、先程よりは短い横長の建物があって、その脇から先に門が開いているのが見えた。門からは山頂への道が伸びている。

 社を出て山頂を目指す。みんな結構汗をかいていた。俺の大弩グレートクロスボウを構える腕も下がってきている。隣のリリアの息継ぎの声が大きくなっている。こういう時こそ、危機に対応できなければならない。

「位置につけ!」

 一瞬みんなの反応が遅れた。それでもみんな配置に着いた。

「今、遅れちゃったねー」
「少し油断していた」
「足が止まってしまいました」

 みんな反省しているが、初日の動きとしては上出来だろう。

「俺も、自分の合図でなかったら、反応できてなかったよ。さあ、山頂まで後少しだ」

 みんな少し元気を取り戻したようだった。行軍陣形に戻り、残りの道を進む。木の壁が見えてきた。山頂の詰所の囲いだ。正面に門が開いている。着いた。山頂だ。先頭を行くアザミの全裸に、衛兵が一瞬動揺を見せるが、すぐに石像のような落ち着きを取り戻す。

「着きましたねー」
「うむ。着いたな」
「分身の持続時間そろそろやばいけど、維持する?」
「いや、食事にするから、改めて出してもらうほうがいい」

 結局何事もなかったが、前方と後方をカバーする分身の存在は、周りを警戒する負担を大きく減らしてくれた。

「「じゃーねー」」

 分身達が別れを告げる。俺達はみんなで手を振って挨拶を交わした。門の中へ入ると、奥に横長の建物があった。

「さあ、お昼ご飯ですね」
「見晴らしのいいところで食べようよ」
「すると詰所の外に出る必要があるな」

 詰所の中は壁で囲われているので、見晴らしが悪い。三人娘が俺を見る。

「野外で食べるのにも、馴れておく必要があるね」

 俺の言葉に三人娘が歓声を上げる。俺達は門の外へ出て、少し辺りを見回った後、北側の、街を見下ろす場所に落ち着いた。

「あそこから登ってきたんですねぇ」
「あれ、あたし達が泊っている宿じゃない?」
「どこだ? ああ、あれか!」

 疲れも吹き飛ぶ見晴らしの良さだった。荷物を置いて、昼飯の準備をする。リリアは小手を外して革の手袋を脱ぐ。しかしそれ以上は外さなかった。

「そこまでなら、〈強化〉エンハンスを維持できるんだね」

 聖騎士は、板金鎧プレートアーマーを纏っている限り、自分に掛けた〈強化〉エンハンスを維持できる。

「後一つか二つは外しても、纏っていると認識されるが、暑さにもなれないとな」

 リリアの魔力はまだ余っている。だから一度鎧を全て脱いで、〈強化〉エンハンスを掛け直すこともできる。しかしそれでは十分な訓練にならない。俺の革鎧レザーアーマーの小手は、手先の動きを阻害しないので、俺も兜を脱ぐだけにした。

 さて、昼飯として並べられたのは、四つのビッグオーク。みんないい運動をした。足りないより多いほうがいい。飲み物は革袋に入れてきた葡萄ジュース。もちろん水は別に用意している。みんなの真ん中に、揚げたじゃがいもと骨なし揚げトリス。キャベツとトマトのサラダもある。野菜もしっかり食べよう。みんなで囲んで手を合わせる。

「「「「いただきます!」」」」

 マクシュ食堂の料理は、これまで二度食べている。味は変わらないはずだ。しかし、朝から山登りをして、見晴らしの良い頂上から、遠くを眺めながら食べる味は格別だった。

「うまああああい!」

 みんなも笑顔だ。まだ野外演習一日目の半分。そのうち笑顔が曇る時もあるだろう。しかしまずは、ここまで来た達成感を噛み締め、ビッグオークを噛み締めた。

 昼飯を食べ終わり、周りを片付ける。午後は山頂で、しばらくいろいろと訓練してから下山だ。しかしその前に。

「トイレを済ませておこうか」

 前回は察することができなかったが、今回は俺から声を掛けた。

「では……穴を掘る場所を探しましょうか」
「どこがいいかな……」

 ルシルとアザミが辺りを見る。リリアが長剣ロングソードに手をかける。

「いや、詰所のトイレを使わせてもらおう。近くにトイレが用意されているのに、穴を掘るのもなんだから」

 三人娘は、少しほっとした顔をして頷いた。俺達は全てを見せ合っている。お互いがどのように快感に浸るのかすら、曝け出している。しかし、恋人同士が一緒に風呂に入るのは普通でも、一緒に用を足すのは普通ではない。この世界にも、羞恥心の限界はある。

 みんなが用を足し終えると、山頂の平らな場所から少し外れ、適度の傾斜があり、茂みが深い場所を探して訓練の場所とした。足元がしっかりしない場所にも馴れておく必要がある。

「アザミ、頼めるか?」
「任せて」

 アザミがリリアに頷き、分身を出し、短杖バトンを一本渡す。分身は短杖バトンを右手に持って、リリアと相対する。

「いざ」

 分身のアザミが、短杖バトンを構える。

「尋常に」

 リリアが長剣ロングソードを抜き、構える。

「「勝負!」」

 そして組み手が始まる。本体のアザミは、もう一人分身を出すと、自分と相対させる。どちらも素手だ。

「本気でいくよ!」
「かかってらっしゃい!」

 二つの影が交差する。俺は、短弓ショートボウの練習を始めようとするルシルの隣で、小弩リトルクロスボウを取り出した。いろいろと考えていることはあるが、クロスボウを普通に扱えるようになっておくことも大切だ。

「はあっ」

 リリアは左腕で三角盾カイトシールドを構えながら、右手で長剣ロングソードを全裸のアザミに突き出す。

「よっと」

 アザミはそれをリリアの左側に飛んでかわす。

「甘いっ」

 リリアはそこへ盾ごと体当たりを仕掛ける。まだ空中のアザミを捉えるか。

「ふふっ」

 アザミが姿が消える。アザミはリリアの背後に現れた。向きは変わっていない。〈転移〉縮地だ。互いに背を向けた状況。しかしその状況を作ったアザミの動きが一瞬速い。

「やあっ」

 アザミはリリアに向き直り、背後から抱きつくように体当たりをする。リリアの体がアザミごと前に倒れる。

「まだだ!」

 リリアが〈強化〉気合を発し、右脚を大きく前に出して踏ん張る。アザミは左腕をリリアの首に回し、右腕は、リリアの右脇の下から差し込み、左手も一緒になって短杖バトンを握る。リリアの首周りには、鎧の襟があるので、首を絞めるのは難しい。そして左脚をリリアの腰に巻き付ける。

「捕まえたよ」
「だが、そこからどうやって攻撃するつもりだ?」

 リリアは左手から盾を離し、封じられた右腕をなんとか動かして、左手に剣の切っ先を持たせようとする。まだ諦めていない。

「それはねぇ」

 アザミは残った右脚の膝を曲げ、そのつま先を器用に、リリアの股間に潜り込ませる。

「うあ」
「つま先、動かしてもいいかな?」

 リリアの両脚が、びくりと震える。

「待てっ、降参だ」
「うふふ。鉄の鎧に阻まれても、心の鎧を剥がすことは、できるんだからね」

 リリアは右手から剣を離した。アザミがリリアの背中から降りる。

「流石だな」
「リリア、手加減してるでしょう? 遠慮せず、ぶった斬っていいんだからね」
「ああ。分かっているつもりだ」

 分身だと分かっていても、アザミの形をしたものを斬ることに、多少の躊躇いは抑えられないのだろう。

「次は、もう少し強くいく。〈強化〉エンハンス!」

 リリアの周りに杭を持った天使が三体現れる。天使が杭をあてがうのは、リリアの右腕、左腕、そして鳩尾。杭を挿し込まれる右腕が少し張っていく。

「ふうぅ……」

 リリアはすでに左右の太腿と背中に杭を挿している。左腕にも杭が挿し込まれる。これで五本目だ。

「くうぅ……」

 そして六本目、天使がリリアの正面から、その鳩尾に杭を挿し込む。挿し込み終えた天使は、光の粉になって霧散していく。

「くくうぅ……」

 新たに三本の杭がリリアの体に咥え込まれる。リリアは少し呼吸を整える。

「大丈夫?」

 全裸のアザミがリリアの顔を覗き込む。

「大丈夫だ。山を下りる途中には、解除せざるを得ないだろうが、今の訓練の間なら、全く問題ない。さあ、二本目だ!」

 リリアとアザミは再び対峙した。
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