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第8話 死して償いを その2

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三人はゴルドンの幕営地へと歩みを進めた。

足をひきずるようにして歩く。

迫真の演技というやつだ。

幕営地の見張りについていたゴルドンの兵士がヨシハルたちに気が付き、警戒する。

視線の先、暗闇の中、蠢く影にひどく怯えながら慌てて槍先を突きつけてきた。

「き、貴様ら止まれ!! 何者だ!!」

人の形をしていることから人間だと判断したのだろう。

威勢のいい声だったが、その声は震えていた。

なんとも惨めなものか。

怯えるのも仕方がない。

敗走に近い、無様な撤退をしたのだから。

彼らは必死になって、ドラゴマ軍から逃げてきた。

警戒するのも無理はない。

ここは下手に刺激して、殺されるような事がないように相手を刺激しないようにヨシハルは答える。

両手をあげて、敵意がないことを示しながら。

「僕たちは味方だ」
「味方だと?? 所属を言え」
「黒羊傭兵団だ」
「黒羊傭兵団……?」

それに兵士たちはお互いに顔を見合わせて、見まずい顔をする。

それもそうだ。

ゴルドンの兵士はドラゴマ軍の奇襲を受けた時、黒羊傭兵団を囮にして、一目散に逃げだしたのだ。

全滅しただろうと思っていたようだ。

それが帰って来たのだ。

指示を出されて、忠実にその命令を守っただけだが、彼らを囮にして、見捨てたことには間違いなかった。

戸惑う見張りにヨシハルは思わず、笑みを浮かべそうになったが、そこは我慢して言う。
「ゴルドン公爵に会わせてもらえるだろうか? 重要な話があるんだ」

それに見張り役の兵士は眉を八の字にした。

「じ、重要な話……」
「おい、どうする?」
「でも……」

そこで口を閉じた。

何を言いたかったか、大体想像がついたヨシハルは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。

「安心してくれ。僕たちは何も恨んでいない」
「本当か?」

それに先ほどまで黙って聞いていたギュンタルがヨシハルに肩を組みながら言った。

「あぁほんとだともむしろラッキーと思っているほどだぜ」

それにモニカが何を言い出すんだと、視線をギュンタルへ向ける。

その目は怒りがこもっていた。だが、ギュンタルは構わず続ける。

「100人はいた傭兵も今ではこの3人になっちまったんだぜ? 俺は考えたんだが、報酬金はこの3人で山分けできるってことに気づいてな、なぁヨシハル」
「あ、あぁ、そうだ。100人分の報酬金だからね。それはもらわないと」

ようやく、ギュンタルの考えを理解したモニカだったが、それでも少し納得がいかない顔をしていた。

何も口にすることはなかったが、視線をそらしていた。

ゴルドンの兵士たちはというとそれを聞いて、兵士はぽかんとした顔になった。

そして、苦笑いを浮かべる。

どこまでもバカなのだろうかと。

傭兵だから、仕方がないか、と考えてしまったようで、彼らは報酬金欲しさにやってきたのだと、そう思ったようだ。

実際の目的は違っていたが、報酬金も受け取ることができれば、今後の傭兵団の運営費として、役にたつだろうと考えていた。

「それで、会わせてもらえるのかな?」

ヨシハルの言葉にゴルゴンの兵士は手招きしたあと、彼のいる幕舎へと案内してくれた。


♦♦♦♦♦



幕営地を進むと、そこには負傷兵ばかりであふれかえっていた。

地面に横たわる多くの兵士たち。

戦いの激しさを物語っていた。

篝火がたくさんたかれていて、そこに疲れ切った兵士たちが、座り込んでいたり、寝転んだりしている。

その中には騎士も混ざっているようだが、その鎧には返り血と思われるものがこびりついていた。

ヨシハルらに気が付いた一人の女騎士が歩み寄ってきた。

顔はどこまでも険しく、怒りに満ち満ちた様子で、ずかずかとやってくる。

三人を睨みつけるように見つめる女騎士。

赤髪で、後ろ髪をポニーテールにした凛々しい女性だ。

右頬には古い傷があり、歴戦の騎士の様子だった。

顔に傷さえなければ、気性の激しい町娘、といったことろだろうか。

腰には立派な長剣が吊るされており、胸鎧にはリンデンベルガー家の紋章である鷲を薔薇の花で囲った家紋が入っている。

ヨシハルは足先から頭先をじっくり眺めると、口を開いた。

「なんでしょうか?」
「黒羊傭兵団だな?」
「えぇ。それがどうしましたか?」

ヨシハルの言葉に女騎士は悔しそうに歯を噛み締めたあと、何をするかと思いきやいきなり頭を下げてきた。

「まずは謝罪を……」
「え?」
「我が主の命令とは言え……あのような仕打ちをしてしまったことを許してほしい……どうかこの通りだ……」

突然謝られてしまったことに戸惑うヨシハルら。

騎士が頭をさげることはそうそうない。

それこそ、身分が低い人間に対しては、見下す傾向がある。

傭兵なんて、使い捨ての道具だと思っている者すらいる。

それを立証するように他の騎士たちが奇妙な光景を見るような目で、眉をしかめ、見ていた。

ヨシハルらはお互いの顔を見合わせる。

謝られたからと言って、こう遅い。

作戦はもう始まっているのだから。

ヨシハルは戸惑いながらも頭をあげるように言う。

そう言われても、彼女はしばらく頭をあげなかった。

ようやく頭をあげたかと思うと彼女の目は真剣そのもので、心の底から謝罪しているように見えた。

先ほどの険しい顔は自分に怒っていたのだと、何となく察することができた。

「………」

なんて、声をかけていいのかわからなかったヨシハルは複雑な気持ち、そして、これから起きることについて頭の中で、錯綜していた。

彼女は死すべき、人間なのだろうか、と。

ここまで誠実な騎士がいたのであれば……そう考えてしまうも、頭を左右に振る。

迷いをかき消すかのように。

赤髪のポニーテールの女騎士はヨシハルたちが訪れた理由を案内していた兵士らに聞くと彼女は視線を向けてきて、改まったように頭をあげる。

「ヨシハル……いや、ヨシハル殿、主がいる天幕はこちらです」

そう言い、案内していた兵士に代わって、彼女が案内をしてくれるようだった。

変に注目を浴びてしまったヨシハルたちは、周りから向けられる視線を浴びながら、
黙ってついていく。

そして、幕営地の中央あたりに進んだところで、一つの大きなテントの前で立ち止まる。

護衛の騎士が数名円陣を組み、警戒に当たっているようで、他の天幕よりも一回り大きく、いかにも偉そうな人が使うようなものであった。

ここまで、わかりやすい、となると何とも言えない気持ちになる。

「少し、お待ちを」

そういって、赤髪のポニーテールの女騎士は天幕の中へと入っていく。

何か、話し声がしたあと、驚いたような声がした。

それからしばらくして、赤髪のポニーテールの女騎士が垂れ幕から顔を出してきて、手招きしてきた。
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