新選組徒然日誌

架月はるか

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蝉時雨(土方+沖田)

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 地上で羽を鳴らす蝉達を、命短しと嘆く事。
 火中に飛び込む虫達を、哀れだと嘆く事。
 それこそが、人の勝手な嘆きの押しつけではないと、どうして言い切れるのだろう。

 地中深くで長い間眠っていた蝉達にとって、地上で生きる時間など、取るに足らない余生の様なものかもしれないのに。
 光を求めて彷徨い続けた先に見つけた、燃え上がるほどの熱に、虫達は喜びを感じて飛び込んでいるのかもしれないのに。

 蝉時雨が、耳に心地よい。
 京の夏の蒸し暑さに、うんざりしたような表情で、思い思いに僅かな涼を求めて、冷えた床に寝転がる仲間たちを横目で確認しながら、雲ひとつない真っ青な空を見上げる。

 隊士達の大半が、この慣れない暑さに倒れてしまっていた。
 もちろん自分も、暑さは確かに感じているのだけれど、それを少しも不快には思わない。
 むしろこの熱に浮かされて、何かが起こりそうな期待に、胸が膨らむと言っても過言ではないかもしれない。
 そんな気持を共有したくて、障子を開け放つ。

「ずっと部屋に閉じ籠っていては、倒れてしまいますよ」
「……総司、何度言えばわかる。勝手に入ってくるな」
「山崎さんじゃなくて、がっかりしました?」
「聞いてるか? 俺の話」

 土方さんが、ため息と共に発する言葉を聞き流して、するりと部屋に入る。
 開け放った障子を閉めずにいても、文句を言わないところを見ると、しばらくここに居てもいいようだ。

「いくら土方さんが部屋で祈っていても、動かないものは動かないですよ」
「うるせぇよ」

 拗ねたように視線を逸らすという事は、土方さん自身そんな事は十二分にわかっているようだ。
 自分が泳がせると判断したのだろうに、わかっていても、そうするしかない自分に苛ついている様子だった。
 土方さんは元来、自分で動きたい人だ。
 指示だけ下して、じっとしている事が嫌なんだろうな、と見当をつけて、そっとその袖を引っ張る。

「行きましょう」
「ちょ、引っ張んじゃねぇ……っ」

 ぐいぐいと問答無用で立ち上がらせ、障子の向こう側の蝉達が大合唱し、雲や風さえも遠慮している、燦々と照らす太陽の下へ連れ出す。
 土方さんは薄暗い部屋との差に、眩しそうに目を細めて、何もしなくても流れ落ちる汗を、拭う。

 だけど、その表情は決して不快そうなものではなく、きっと先ほど自分が感じていたものと同じ感想を持ったとわかった。
 覇気さえ取り戻したようなその表情を見て、どうやら目論みは成功したように、思う。

「もちろん、土方さんの奢りですからね」
「……何の話だ」
「とぼけたって無駄ですよ。決定事項です」
「いや、とぼけてるわけじゃなくてだな……」
「さ、駆け足駆け足っ。冷たいかき氷が、私達を待ってますよー」
「こら、勝手に……」
「ついでに、高瀬川でも散歩しに行きましょうよ」
「……っ!」
「ね、いいでしょう? たまには二人で、ゆっくりしたいなぁ」
「くそ、好きにしろ」
「はい、そうしますね。では張り切って。いざ、かき氷!」

 優秀な監察方達の仕事を、疑っている訳でも信じていない訳でもないと思う。
 きっと副長としては、屯所に待機しているのが一番正しい事もわかっている。
 それでも、自分の足で不穏な気配のする町の様子を見に行きたい。
 そうした土方さんの葛藤を察して、望みを叶えてあげるのは私の役目だし、今のところ誰かに譲るつもりもなかった。

 だから、今から出かける先は見回りでも何でもなく、私の我が儘に屈した土方さんは、かき氷を奢らされに出かけるだけだ。
 何の問題もない。
 悔しそうで、でも少しだけ助かったというような表情を垣間見せる土方さんの背中を、こっそり笑いながら押す。
 しぶしぶといった雰囲気で、それでもその足は、もう抵抗をみせなかった。

 ひと際大きい蝉時雨を降らせる木々の下をくぐり、再び青い空を見上げる。
 何かが起こる。
 そんな予感を胸に、大事の前ひとときの緩やかなこの時間が、土方さんを優しく包みますように。
 そんな風に祈りながら。




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