新選組徒然日誌

架月はるか

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梅見酒(沖田+芹沢)

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「沖田、付き合え」

 外出から帰ってきた屯所の入口で、ばったり会った上機嫌の芹沢さんに問答無用でそう告げられ、先を歩く背中の後ろに付いて行くこと数刻。
 料亭でも島原でもなく、道端にある小さな茶屋に並んで座って、菓子をあてに呑気にお茶をすすっていた。

 さすがに芹沢さんの手にあるのは酒ではあったが、それでもお日様の光の差す穏やかな昼下がりに大酒に溺れる気はないようで、ちびりちびりと平和な時を刻んでいる。
 新見さんや平間さんが傍にいない、一人でいる芹沢さんと話をするのは、比較的好きだった。

 無茶を言いがちな日常こそが演技で、こうしてただ何事もない日々を愛でている芹沢さんこそが、本当の姿なのではないかと思うのは、流れる空気が自然だからだろうか。
 芹沢さんの座る視線の先には、満開に咲き誇った一本の見事な梅。

「いい場所だろう」
「そうですね」

 こちらに視線を向けることなく、梅を見つめたまま問いかけてくるその横顔はとても優しくて、「あぁ本当に、ただ梅が好きなんだなぁ」と、素直に感じる。
 誰かと一緒にこの場所に来たかったというよりは、ただ出かけようと思った先でちょうど出会ったから誘ったというだけでしかないのかもしれないが、この空間に入れてくれた事は素直に嬉しい。

 近藤さんに迷惑を掛ける所は困った人だと思うし、日々の行動から土方さんが芹沢さんの事を苦々しく思っているのも知っている。
 試衛館の仲間達が、一定の距離を保って接している理由がわからない事もないけれど。
 それでも、芹沢さんを嫌いだと思ったことはなかった。

 優先順位をつけるとしたら、もちろん近藤さんや土方さんを超える事は絶対にないと、はっきり言える。
 それでも、こうしてのんびり一緒に過ごす時間が、もう少したくさんあればいいのに、とも思う。
 奥底に隠した本当の芹沢さんが、安らげる場所を提供していたいと願わずにはいられない。

「お前は、いつも何も言わず笑っているな」

 視線は梅の木に固定したまま、それでも続けられた言葉は、間違いなく会話を続けようという意思。
 ここに私という存在が居ても、邪魔にはなっていないようだ。

「そうでしょうか? どちらかと言えば、騒がしいと怒られる事の方が多い気がしますけど」

 特に土方さんに。
 そう言われるように振る舞っているのは、半分はそうあろうと思っている事なので不満はない。

「言わせるようにしているんだろう?」
「……え?」

 心の中で思ったと同時に言い当てられて、くすりと笑おうとした表情は驚きのそれに変更される。
 芹沢さんの横顔を見ると、してやったりというようなにやりとした笑みを浮かべていた。

「図星か」
「否定はしません」
「お前が辛くないなら、貫けばいい。救われている者も、多いだろう」
「敵わないなぁ」
「そんなお前が、俺の前では何も言わないのも、わざとか?」
「どちらだと思います?」
「……俺は、梅の花が好きでな」

 今度はこちらから笑みを投げると、どちらでも構わないと言いたげに杯を煽り、答えとも知れない呟きを言葉に乗せる。
 最初から、芹沢さんの答えが聞きたかった訳ではない。
 見ていないようで、実はとてもよく周りを見ているこの人の、普段見せない一面を垣間見られたらそれだけで十分だと思っていたから、それが芹沢さんの答えだとしてもそうじゃないとしても、どちらでも良かった。

 近藤さんや土方さんは、明確な回答を求めがちだ。
 こういった所が、芹沢さんと付き合いづらいと感じてしまう理由だろう。
 組織をまとめる役としては、それで正しいと思う。
 問題を横に置いて、はぐらかしたり回り道をしている時間は、今の浪士組にはあまり与えられていないだろうから。

 けれど、芹沢さんが答えを出さない人だとは、どうしても思えなかった。
 その行動は、先の何かに繋がっている。
 それが何かまではわからないけれど、そう感じられるから欲しい言葉が続かなくても、そこまで気にならないのかもしれない。
 だからただ、言葉を受け取って頷く。

「はい」
「桜の儚さも美しいが、梅の力強さが心地いい」
「私には、あまり違いがわかりません。人選をお間違えでは?」

 剣術の話ならば、どこまでも付き合えるだろう。だが、花鳥風月については全く分からない。
 そういう話ならば、いっそ土方さんと語り合った方が盛り上がるのではないかとさえ思えるほど、門外漢だ。

「お前に、風流を望んではいないさ」
「そう言われてしまうと、それはそれで少し悔しいです」
「そうやって笑える所がな、梅に似ている」
「……それは、芹沢さんが私の事を気に入ってくれているという、告白でしょうか?」
「察しがいいな。これが答えだ」
「え?」
「その咲き誇る強さの前に、わざとなどという繊細な思考はないだろう。ただ、赴くままにそうありたいと願う意思こそが、強さだからな」
「それは、芹沢さんも同じでは?」
「どちらだと思う?」

 先ほど投げた問いをそのまま返されては、苦笑するしかない。
 何より、答えはもう貰ってしまっている。

 日々の暴挙が演技だと気づいた私に対して、「何かを成し遂げる為に必要な事だから、邪魔をするな」と、釘を刺す目的があったのかもしれない。
 強く咲き誇るための、もしかしたらそれを見守るための、意思なのだからと。

「意地悪ですね」
「嫌ってくれて構わないぞ」
「御免被ります」
「それは残念だ」

 はっきりと首を横に振ると、笑いながら杯が差し出される。
 注がれる酒の上に、梅の花びらがひとひら。
 まるで、二人の会話を口止めする契の様に、ふわりと舞い降りた。

 誰にも知られず、誰に求められることもなく、ただ強く咲き誇る梅の様に生きる。
 そして、そうあろうとする者を生かす。
 それが例え、他人にどう見られようが構わない。

 芹沢さんが、梅を好きだという奥底に秘められた理由の答え合わせをするように、真っ直ぐに笑顔を返して、言葉のない約束をゆっくりと飲み込んだ。

 視線の先には、咲き誇る梅の花。
 やっぱり花の美しさの違いは、わからないけれど。
 芹沢さんが見ている景色を、好む気持ちを、共有することは出来たような気がした。




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