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トキノヒトヒラ(沖田+土方)
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「お花見、したいですねぇ」
「何だ、突然」
厳しい京の冬もようやく終わりを告げ、暖かな日が差し込み始めた、部屋の中。
ここの所、落ち着いてきたというのにも関わらず、相変わらず難しい顔をして文机に向かう土方さんの背中に、自分の背中をもたれ掛けさせる。
働きすぎを自覚しない本人の代わりに、休ませようとしていることを僅かでも気付かれない様に、邪魔という名前の行動でそれを実行し、何処からともなく入り込んできたひとひらの桜の花弁を、そっと摘まみあげた。
「せっかく花も盛りですし。屯所内ではなくて、広い場所で盛大にやりましょうよ」
「ふぅん……まぁ、いいんじゃねぇか」
「はい?」
いつもの様に無碍なく却下されるつもりでいた分、あまりにもすんなりと許可が下りて、不覚にも対応が遅れた。
体重を掛けたばかりの背中から思わず離れて、しげしげと覗き込むように土方さんの表情を伺う。
けれどそれは、忙しすぎて余裕がなく話半分で適当に相槌を打っている時とは違っていて、ちゃんと自分の呟きへの答えだとわかるそれだったから、ますます驚いた。
「何だ、その間抜けな顔。てめぇが、花見したいっつったんだろうが」
「え、えぇ。まぁ……そうなんですけど」
「許可してやってんのに、不満そうな声出してんじゃねぇよ」
「だって土方さんの言動、不審過ぎるんですもん」
「あ、こら総司。勝手に覗くんじゃ……」
背中にどっかり乗っかる様にくっつき、その肩に顎を乗せて珍しい受け答えの間も決して目を逸らさなかった机の上の紙に、視線を走らせる。
そこには報告のあった不逞浪士達の出没場所の一覧らしきものが、走り書きされていた。
その中に、京でも名だたる桜の名所の名前が記されているのを確認し、許可の意味を知る。
花見という名目で隊士達をそこへ連れ出し、辺りの浪士達を取り締まろうという心づもりなのだろう。
最終的に花見どころではなくなる事は明白で、恐らく自分が責められる事になるとしても。
「私は純粋に、皆で楽しくお花見したいなぁって、言ったつもりなんですけど?」
どうしても仕事に結びつけてしまうのは、土方さんの悪い癖だ。
肩に乗せたままの顎をくるりとその顔の方へ向けて、責める様に見つめる。
至近距離からのじっと見つめる無言の視線に、土方さんが耐えられないのを知っていながら。
「……わかってる」
「仕方がないですね」
観念したように認める言葉だけを呟き、それでも代替案を提示して来ない土方さんの様子に、大げさに溜息をついてみせる。
「総司?」
「じゃあ、こうしましょう。私が、先に下見に行って、汚れた場所がないか確認して……もし何か見つけたら、お掃除してきます」
「だが、まだこの情報は、不確定で……」
「そうですねぇ……ご褒美は、桜餅がいいです。お花見だけに、ね」
「危険だ」と言おうとする土方さんの言葉を、先に遮る。
(本当に、仕方がない人だなぁ)
でも、こういう役目は自分にこそふさわしいと思っているし、この役目は自分にしか出来ない、という自負もあった。
「任せる」
有無を言わせぬ笑顔を作れば、土方さんがそれ以上は何も言えず頷く事が分かった上でそうしたのだから、その言葉で正解だ。
「では、早速行って来るとしますか」
「ちょっと、待て」
「何ですか? やっぱり、お花見は中止。とかなら聞きませんよ」
「駄目だと言っても、もうやる気満々だろう、お前は」
「もちろんです」
「……斎藤を、連れて行け」
「はい?」
「一人で行くな、って言ってんだ」
単独行動は危険だというよりは、心配だという気持ちがよほど強いのであろう事がありありとわかる表情に、思わずくすりと笑みが漏れる。
腕を、疑われている訳ではない。
強さを誰よりも知っているくせに、それでも心配してくれる。
決して口には出さないけれど、ちゃんと自分には伝わった。
「わかりました。じゃあ、斎藤さんを誘って行きますね」
「あぁ、そうしろ」
「桜餅は、個数制限なしですからね!」
「……常識的な範囲で頼む」
最後の頼みには敢えて答えず、どちらとも取れる笑顔だけを残して、土方さんの部屋を後にする。
(さぁ。手っ取り早く済ませて、たまにはその眉間に寄った皺を、解してあげないと)
幼い頃から、試衛館で毎朝日課にしていたのだ。掃除は嫌いじゃない。
斎藤さんは、今日は予定がないと言っていたはずだ。
昨日、そんな話をしていた事を思い出しながら、多分自分だけが知っている斎藤さんのお気に入りであるだろう場所へ、足を向ける。
予想に違わずそこで一人、刀の手入れをしている後姿を見つけた。
ゆっくりと振り注ぐ、桜の花弁のせいだろうか。何となくだけれど、いつもよりも雰囲気が柔らかい。
いつもは張り詰めた様に気を張っている事が多いのに、今日はほんの少しだけ、気を抜いている様なそんな気がする。
それは、とてもいい事だと思う。
斎藤さんも、土方さん程ではないけれど、たまに無理をしすぎる所があるから。気を抜ける場所は、きっと必要だ。
この珍しい空間を、出来れば「いつもの」空間にして欲しい。
そうしてもいいのだと、そう出来る場所なのだと、自覚して欲しい。
それに気付いてもらう為の、作戦をふと思いついた。
いつもならば決して取れない背後を取るという、単純でとても難しい方法。
足音を消し、気配をも消して、いつもならば絶対に近づけない距離まで、忍び寄ってみる。
それでもぴくりとも反応のない後ろ姿と、目の前にひらりと舞い落ちるひとひらの桜に、目を奪われている斎藤さんの姿に、どうやら目論見は成功になりそうだとそう勝利を確信する。
怒らせるのはわかっているけれど、止められない。
それに、この綺麗な桜を皆で見る為に必要なお掃除なら、きっと最後には手伝ってくれるという自信は揺るがない。
だっていつも、桜の季節は皆に優しいから。
その口元に抑えきれない笑みの表情を浮かべ、ほんの僅かな隙しかないけれどとても貴重な隙でもある後ろ姿に向かって、弾んでしまう声を抑えきれないまま、斎藤さんの内側の領域へと最後の一歩を踏み入れた。
終
「何だ、突然」
厳しい京の冬もようやく終わりを告げ、暖かな日が差し込み始めた、部屋の中。
ここの所、落ち着いてきたというのにも関わらず、相変わらず難しい顔をして文机に向かう土方さんの背中に、自分の背中をもたれ掛けさせる。
働きすぎを自覚しない本人の代わりに、休ませようとしていることを僅かでも気付かれない様に、邪魔という名前の行動でそれを実行し、何処からともなく入り込んできたひとひらの桜の花弁を、そっと摘まみあげた。
「せっかく花も盛りですし。屯所内ではなくて、広い場所で盛大にやりましょうよ」
「ふぅん……まぁ、いいんじゃねぇか」
「はい?」
いつもの様に無碍なく却下されるつもりでいた分、あまりにもすんなりと許可が下りて、不覚にも対応が遅れた。
体重を掛けたばかりの背中から思わず離れて、しげしげと覗き込むように土方さんの表情を伺う。
けれどそれは、忙しすぎて余裕がなく話半分で適当に相槌を打っている時とは違っていて、ちゃんと自分の呟きへの答えだとわかるそれだったから、ますます驚いた。
「何だ、その間抜けな顔。てめぇが、花見したいっつったんだろうが」
「え、えぇ。まぁ……そうなんですけど」
「許可してやってんのに、不満そうな声出してんじゃねぇよ」
「だって土方さんの言動、不審過ぎるんですもん」
「あ、こら総司。勝手に覗くんじゃ……」
背中にどっかり乗っかる様にくっつき、その肩に顎を乗せて珍しい受け答えの間も決して目を逸らさなかった机の上の紙に、視線を走らせる。
そこには報告のあった不逞浪士達の出没場所の一覧らしきものが、走り書きされていた。
その中に、京でも名だたる桜の名所の名前が記されているのを確認し、許可の意味を知る。
花見という名目で隊士達をそこへ連れ出し、辺りの浪士達を取り締まろうという心づもりなのだろう。
最終的に花見どころではなくなる事は明白で、恐らく自分が責められる事になるとしても。
「私は純粋に、皆で楽しくお花見したいなぁって、言ったつもりなんですけど?」
どうしても仕事に結びつけてしまうのは、土方さんの悪い癖だ。
肩に乗せたままの顎をくるりとその顔の方へ向けて、責める様に見つめる。
至近距離からのじっと見つめる無言の視線に、土方さんが耐えられないのを知っていながら。
「……わかってる」
「仕方がないですね」
観念したように認める言葉だけを呟き、それでも代替案を提示して来ない土方さんの様子に、大げさに溜息をついてみせる。
「総司?」
「じゃあ、こうしましょう。私が、先に下見に行って、汚れた場所がないか確認して……もし何か見つけたら、お掃除してきます」
「だが、まだこの情報は、不確定で……」
「そうですねぇ……ご褒美は、桜餅がいいです。お花見だけに、ね」
「危険だ」と言おうとする土方さんの言葉を、先に遮る。
(本当に、仕方がない人だなぁ)
でも、こういう役目は自分にこそふさわしいと思っているし、この役目は自分にしか出来ない、という自負もあった。
「任せる」
有無を言わせぬ笑顔を作れば、土方さんがそれ以上は何も言えず頷く事が分かった上でそうしたのだから、その言葉で正解だ。
「では、早速行って来るとしますか」
「ちょっと、待て」
「何ですか? やっぱり、お花見は中止。とかなら聞きませんよ」
「駄目だと言っても、もうやる気満々だろう、お前は」
「もちろんです」
「……斎藤を、連れて行け」
「はい?」
「一人で行くな、って言ってんだ」
単独行動は危険だというよりは、心配だという気持ちがよほど強いのであろう事がありありとわかる表情に、思わずくすりと笑みが漏れる。
腕を、疑われている訳ではない。
強さを誰よりも知っているくせに、それでも心配してくれる。
決して口には出さないけれど、ちゃんと自分には伝わった。
「わかりました。じゃあ、斎藤さんを誘って行きますね」
「あぁ、そうしろ」
「桜餅は、個数制限なしですからね!」
「……常識的な範囲で頼む」
最後の頼みには敢えて答えず、どちらとも取れる笑顔だけを残して、土方さんの部屋を後にする。
(さぁ。手っ取り早く済ませて、たまにはその眉間に寄った皺を、解してあげないと)
幼い頃から、試衛館で毎朝日課にしていたのだ。掃除は嫌いじゃない。
斎藤さんは、今日は予定がないと言っていたはずだ。
昨日、そんな話をしていた事を思い出しながら、多分自分だけが知っている斎藤さんのお気に入りであるだろう場所へ、足を向ける。
予想に違わずそこで一人、刀の手入れをしている後姿を見つけた。
ゆっくりと振り注ぐ、桜の花弁のせいだろうか。何となくだけれど、いつもよりも雰囲気が柔らかい。
いつもは張り詰めた様に気を張っている事が多いのに、今日はほんの少しだけ、気を抜いている様なそんな気がする。
それは、とてもいい事だと思う。
斎藤さんも、土方さん程ではないけれど、たまに無理をしすぎる所があるから。気を抜ける場所は、きっと必要だ。
この珍しい空間を、出来れば「いつもの」空間にして欲しい。
そうしてもいいのだと、そう出来る場所なのだと、自覚して欲しい。
それに気付いてもらう為の、作戦をふと思いついた。
いつもならば決して取れない背後を取るという、単純でとても難しい方法。
足音を消し、気配をも消して、いつもならば絶対に近づけない距離まで、忍び寄ってみる。
それでもぴくりとも反応のない後ろ姿と、目の前にひらりと舞い落ちるひとひらの桜に、目を奪われている斎藤さんの姿に、どうやら目論見は成功になりそうだとそう勝利を確信する。
怒らせるのはわかっているけれど、止められない。
それに、この綺麗な桜を皆で見る為に必要なお掃除なら、きっと最後には手伝ってくれるという自信は揺るがない。
だっていつも、桜の季節は皆に優しいから。
その口元に抑えきれない笑みの表情を浮かべ、ほんの僅かな隙しかないけれどとても貴重な隙でもある後ろ姿に向かって、弾んでしまう声を抑えきれないまま、斎藤さんの内側の領域へと最後の一歩を踏み入れた。
終
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