4 / 37
第四話 心を読む男
しおりを挟む
初対面で卑猥な発言をされ、私の心はとても動揺していた。一刻も早くこの男から離れなくては、という焦りが鼓動も足も速くする。
(一度部屋に戻って気持ちを落ち着かせないと……っ)
「まぁ待てって」
ふにっ
「ひゃぁ!?」
追いかけてきたベンに二の腕を掴まれ、反射的に体が強ばる。
(な……な…………)
会ったばかりの男性に二の腕という繊細な場所を触られている。それもしっかりと……。これらの事実を理解するにはそれ相応の時間が必要だった。
振り向くことも声を出すこともできずにいると、ベンの手が私の二の腕から手首へと移動した。
「っ……?」
すり――すり――――
「~~っ!?」
ぞわぞわぞわっ……と、背筋が一瞬で伸びた。それと同時に下から上へと鳥肌が走る。ベンが私の手首を握ったまま、手首の内側を撫でるようにゆっくりと指を動かしたのだ。
再びゆっくりと指が動かされた時、私は勢いよく腕を振ってその大きな手から逃れ、嫌悪感丸出しで睨んだ。心臓は激しく波打ち、頭は理解が追いつかず混乱している。
「なっ…………な…………っ」
上手く言葉が出ず、睨みつけることしかできない。
「こりゃ失礼。やり過ぎたようだな」
少し困ったような顔で微笑まれ、苛立ちを覚えた。叫んでやりたくもなった。
(どうしてそのようなお顔で笑っているのかしら!? 困っているのは私の方でしょう!? 出会い頭に肩を触った上に二の腕まで掴んで! 挙げ句には……手首を、ゆ、指で…………なんてお下品で野蛮なのかしら!?)
「あなた様とは金輪際、関わりたくありませんわ!」
すらすらと言葉が出てきたことに自分でも驚いたが、ベンから返ってきた言葉にはもっと驚いた。
「そりゃないだろ。俺はあんたと結婚するぜ」
「…………??」
「あんたは俺と結婚するんだ」
「……なにをおっしゃっているの……? 私は、今……あなた様とは関わりたくないと申したばかり――」
「関係ないな」
強気な言葉でさえぎられる。
「見たところ、嫌々連れて来られたクチだろ」
「!?」
「あんたはここで生涯のパートナーを見つける気なんかさらさらねぇ。違うか?」
「!!」
(どうして……!? 私……こんな男に心を読まれてしまうほど顔に出ていたのかしら!? それともはったり……?)
「ははっ。あんたの表情は見ていて楽しいぜ。素直で可愛いな」
「っ……!?」
(また”可愛い”と……)
「なら話は早い。俺はあんたと結婚してぇが、あんたが嫌なら婚約したあとで解消すればいい」
「……へっ?」
「それでも構わねぇぜ。ただし、ちゃんと俺のことを知ってからだ。婚約者らしいことはしてもらうからな。どうだ? 悪かねぇだろ?」
「………………」
あまりに唐突で、そして淡々と話が進んでいくからすぐに飲み込めるはずがない。
(待って、この男は一体何を言っているの!? えぇっと……? 私と結婚したい? 嫌なら解消すればいい?)
俯き大慌てで頭を回転させていると、ふと強い視線を感じた。
「……?」
顔を上げると、ベンがじっとこちらを見ている。どこか少し微笑んでいるような、ほのかに優しさが混ざっているような表情だ。野蛮で下品な印象を抱いているはずなのに、時折そうではないものを感じるから余計に混乱する。
(なんなのかしら……よくわからない不思議な人だわ……)
私の目をじっと見つめたまま、一向に視線を外そうとしない。こんなにも見つめられることは今までになく、目が泳いでしまう。
「な……なにか顔に付いているのでしょうか……?」
すると、またもや衝撃的な言葉が返された。
「あんた、一秒でも早くこっから出たいんだろ? 顔にそう書いてあるぜ」
「っ!?」
「ははははは!」
楽しそうな笑い声が響き渡る。
(な、なにがおかしいの!? そ、それよりも、この男……心が読めるの!? それとも、私の表情がいけないのかしら……!?)
「こいつは最高だぜ」
「?」
「今から俺と婚約の儀を済ませれば、明日の朝にはここを出発できる」
「えっ……!!」
(明日の朝……!?)
悔しいが、心が揺れ動いたのは認めざるを得ない。当初のもくろみ通り、本当に今夜中に相手を見つけ、家に帰れるという道が見えてしまったのだから。
「言っておくが、俺以外に今すぐあんたと婚約を結ぶやつなんざいねーからな。ここに来る大抵のやつが相手を選ぶために真剣に参加してんだ。ちょっと話しただけで婚約を結ぶなんざあり得ねぇ。あんただって気付いただろ。すぐにここから出られるはずねぇってことくらい」
「っ!!」
「解消したきゃすればいいっつってんだ。こんだけ都合の良い条件出すやつ他にいると思うか?」
「…………………」
確かに良すぎるほど都合が良い条件ではある。ただの勘に過ぎないが、彼が嘘を吐いているようには見えない。話し方から伝わってくる。
(それでも……なんだかずっと彼のペースにのまれている気がするし……。後で解消できるとはいえ、今ここで決めてしまってもいいのかしら……)
すっと前に片手が差し伸べられた。
「さぁ、どうする?」
「っ…………」
(とても大きな手……。ここに手を乗せたら……私はここから出ることができる。こんなにも早くに……)
ぎゅっ
「えっ!?」
返事を待たずして右手が握られる。逞しい手に私の右手はすっぽりと包み込まれている。そのままベンはすたすたと歩き出した。それにともない、私の足も動かざるを得ない。
「待っ……お待ちください! まだ返事をしたわけでは――」
ベンは立ち止まり、振り向き言い放った。
「顔に書いてあんじゃねーか」
「!!」
(そ、そんなはずは…………っ)
「……………………」
悔しいが、否定することはできなかった。明日にはここを出発できるという光が、あまりにも眩しく輝いていたのだ。
(一度部屋に戻って気持ちを落ち着かせないと……っ)
「まぁ待てって」
ふにっ
「ひゃぁ!?」
追いかけてきたベンに二の腕を掴まれ、反射的に体が強ばる。
(な……な…………)
会ったばかりの男性に二の腕という繊細な場所を触られている。それもしっかりと……。これらの事実を理解するにはそれ相応の時間が必要だった。
振り向くことも声を出すこともできずにいると、ベンの手が私の二の腕から手首へと移動した。
「っ……?」
すり――すり――――
「~~っ!?」
ぞわぞわぞわっ……と、背筋が一瞬で伸びた。それと同時に下から上へと鳥肌が走る。ベンが私の手首を握ったまま、手首の内側を撫でるようにゆっくりと指を動かしたのだ。
再びゆっくりと指が動かされた時、私は勢いよく腕を振ってその大きな手から逃れ、嫌悪感丸出しで睨んだ。心臓は激しく波打ち、頭は理解が追いつかず混乱している。
「なっ…………な…………っ」
上手く言葉が出ず、睨みつけることしかできない。
「こりゃ失礼。やり過ぎたようだな」
少し困ったような顔で微笑まれ、苛立ちを覚えた。叫んでやりたくもなった。
(どうしてそのようなお顔で笑っているのかしら!? 困っているのは私の方でしょう!? 出会い頭に肩を触った上に二の腕まで掴んで! 挙げ句には……手首を、ゆ、指で…………なんてお下品で野蛮なのかしら!?)
「あなた様とは金輪際、関わりたくありませんわ!」
すらすらと言葉が出てきたことに自分でも驚いたが、ベンから返ってきた言葉にはもっと驚いた。
「そりゃないだろ。俺はあんたと結婚するぜ」
「…………??」
「あんたは俺と結婚するんだ」
「……なにをおっしゃっているの……? 私は、今……あなた様とは関わりたくないと申したばかり――」
「関係ないな」
強気な言葉でさえぎられる。
「見たところ、嫌々連れて来られたクチだろ」
「!?」
「あんたはここで生涯のパートナーを見つける気なんかさらさらねぇ。違うか?」
「!!」
(どうして……!? 私……こんな男に心を読まれてしまうほど顔に出ていたのかしら!? それともはったり……?)
「ははっ。あんたの表情は見ていて楽しいぜ。素直で可愛いな」
「っ……!?」
(また”可愛い”と……)
「なら話は早い。俺はあんたと結婚してぇが、あんたが嫌なら婚約したあとで解消すればいい」
「……へっ?」
「それでも構わねぇぜ。ただし、ちゃんと俺のことを知ってからだ。婚約者らしいことはしてもらうからな。どうだ? 悪かねぇだろ?」
「………………」
あまりに唐突で、そして淡々と話が進んでいくからすぐに飲み込めるはずがない。
(待って、この男は一体何を言っているの!? えぇっと……? 私と結婚したい? 嫌なら解消すればいい?)
俯き大慌てで頭を回転させていると、ふと強い視線を感じた。
「……?」
顔を上げると、ベンがじっとこちらを見ている。どこか少し微笑んでいるような、ほのかに優しさが混ざっているような表情だ。野蛮で下品な印象を抱いているはずなのに、時折そうではないものを感じるから余計に混乱する。
(なんなのかしら……よくわからない不思議な人だわ……)
私の目をじっと見つめたまま、一向に視線を外そうとしない。こんなにも見つめられることは今までになく、目が泳いでしまう。
「な……なにか顔に付いているのでしょうか……?」
すると、またもや衝撃的な言葉が返された。
「あんた、一秒でも早くこっから出たいんだろ? 顔にそう書いてあるぜ」
「っ!?」
「ははははは!」
楽しそうな笑い声が響き渡る。
(な、なにがおかしいの!? そ、それよりも、この男……心が読めるの!? それとも、私の表情がいけないのかしら……!?)
「こいつは最高だぜ」
「?」
「今から俺と婚約の儀を済ませれば、明日の朝にはここを出発できる」
「えっ……!!」
(明日の朝……!?)
悔しいが、心が揺れ動いたのは認めざるを得ない。当初のもくろみ通り、本当に今夜中に相手を見つけ、家に帰れるという道が見えてしまったのだから。
「言っておくが、俺以外に今すぐあんたと婚約を結ぶやつなんざいねーからな。ここに来る大抵のやつが相手を選ぶために真剣に参加してんだ。ちょっと話しただけで婚約を結ぶなんざあり得ねぇ。あんただって気付いただろ。すぐにここから出られるはずねぇってことくらい」
「っ!!」
「解消したきゃすればいいっつってんだ。こんだけ都合の良い条件出すやつ他にいると思うか?」
「…………………」
確かに良すぎるほど都合が良い条件ではある。ただの勘に過ぎないが、彼が嘘を吐いているようには見えない。話し方から伝わってくる。
(それでも……なんだかずっと彼のペースにのまれている気がするし……。後で解消できるとはいえ、今ここで決めてしまってもいいのかしら……)
すっと前に片手が差し伸べられた。
「さぁ、どうする?」
「っ…………」
(とても大きな手……。ここに手を乗せたら……私はここから出ることができる。こんなにも早くに……)
ぎゅっ
「えっ!?」
返事を待たずして右手が握られる。逞しい手に私の右手はすっぽりと包み込まれている。そのままベンはすたすたと歩き出した。それにともない、私の足も動かざるを得ない。
「待っ……お待ちください! まだ返事をしたわけでは――」
ベンは立ち止まり、振り向き言い放った。
「顔に書いてあんじゃねーか」
「!!」
(そ、そんなはずは…………っ)
「……………………」
悔しいが、否定することはできなかった。明日にはここを出発できるという光が、あまりにも眩しく輝いていたのだ。
15
あなたにおすすめの小説
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる