最低な出会いから濃密な愛を知る

あん蜜

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第四話 心を読む男

 初対面で卑猥な発言をされ、私の心はとても動揺していた。一刻も早くこの男から離れなくては、という焦りが鼓動も足も速くする。

(一度部屋に戻って気持ちを落ち着かせないと……っ)

「まぁ待てって」

ふにっ

「ひゃぁ!?」

 追いかけてきたベンに二の腕を掴まれ、反射的に体が強ばる。

(な……な…………)

 会ったばかりの男性に二の腕という繊細な場所を触られている。それもしっかりと……。これらの事実を理解するにはそれ相応の時間が必要だった。

 振り向くことも声を出すこともできずにいると、ベンの手が私の二の腕から手首へと移動した。

「っ……?」

すり――すり――――

「~~っ!?」

 ぞわぞわぞわっ……と、背筋が一瞬で伸びた。それと同時に下から上へと鳥肌が走る。ベンが私の手首を握ったまま、手首の内側を撫でるようにゆっくりと指を動かしたのだ。
 
 再びゆっくりと指が動かされた時、私は勢いよく腕を振ってその大きな手から逃れ、嫌悪感丸出しで睨んだ。心臓は激しく波打ち、頭は理解が追いつかず混乱している。

「なっ…………な…………っ」

 上手く言葉が出ず、睨みつけることしかできない。

「こりゃ失礼。やり過ぎたようだな」

 少し困ったような顔で微笑まれ、苛立ちを覚えた。叫んでやりたくもなった。

(どうしてそのようなお顔で笑っているのかしら!? 困っているのは私の方でしょう!? 出会い頭に肩を触った上に二の腕まで掴んで! 挙げ句には……手首を、ゆ、指で…………なんてお下品で野蛮なのかしら!?)

「あなた様とは金輪際、関わりたくありませんわ!」

 すらすらと言葉が出てきたことに自分でも驚いたが、ベンから返ってきた言葉にはもっと驚いた。

「そりゃないだろ。俺はあんたと結婚するぜ」

「…………??」

「あんたは俺と結婚するんだ」

「……なにをおっしゃっているの……? 私は、今……あなた様とは関わりたくないと申したばかり――」

「関係ないな」

 強気な言葉でさえぎられる。

「見たところ、嫌々連れて来られたクチだろ」

「!?」

「あんたはここで生涯のパートナーを見つける気なんかさらさらねぇ。違うか?」

「!!」

(どうして……!? 私……こんな男に心を読まれてしまうほど顔に出ていたのかしら!? それともはったり……?)

「ははっ。あんたの表情は見ていて楽しいぜ。素直で可愛いな」

「っ……!?」

(また”可愛い”と……)

「なら話は早い。俺はあんたと結婚してぇが、あんたが嫌なら婚約したあとで解消すればいい」

「……へっ?」

「それでも構わねぇぜ。ただし、ちゃんと俺のことを知ってからだ。婚約者らしいことはしてもらうからな。どうだ? 悪かねぇだろ?」

「………………」

 あまりに唐突で、そして淡々と話が進んでいくからすぐに飲み込めるはずがない。

(待って、この男は一体何を言っているの!? えぇっと……? 私と結婚したい? 嫌なら解消すればいい?)

 俯き大慌てで頭を回転させていると、ふと強い視線を感じた。

「……?」

 顔を上げると、ベンがじっとこちらを見ている。どこか少し微笑んでいるような、ほのかに優しさが混ざっているような表情だ。野蛮で下品な印象を抱いているはずなのに、時折そうではないものを感じるから余計に混乱する。

(なんなのかしら……よくわからない不思議な人だわ……)

 私の目をじっと見つめたまま、一向に視線を外そうとしない。こんなにも見つめられることは今までになく、目が泳いでしまう。

「な……なにか顔に付いているのでしょうか……?」

 すると、またもや衝撃的な言葉が返された。

「あんた、一秒でも早くこっから出たいんだろ? 顔にそう書いてあるぜ」

「っ!?」

「ははははは!」

 楽しそうな笑い声が響き渡る。

(な、なにがおかしいの!? そ、それよりも、この男……心が読めるの!? それとも、私の表情がいけないのかしら……!?)

「こいつは最高だぜ」

「?」

「今から俺と婚約の儀を済ませれば、明日の朝にはここを出発できる」

「えっ……!!」

(明日の朝……!?)

 悔しいが、心が揺れ動いたのは認めざるを得ない。当初のもくろみ通り、本当に今夜中に相手を見つけ、家に帰れるという道が見えてしまったのだから。

「言っておくが、俺以外に今すぐあんたと婚約を結ぶやつなんざいねーからな。ここに来る大抵のやつが相手を選ぶために真剣に参加してんだ。ちょっと話しただけで婚約を結ぶなんざあり得ねぇ。あんただって気付いただろ。すぐにここから出られるはずねぇってことくらい」

「っ!!」

「解消したきゃすればいいっつってんだ。こんだけ都合の良い条件出すやつ他にいると思うか?」

「…………………」

 確かに良すぎるほど都合が良い条件ではある。ただの勘に過ぎないが、彼が嘘を吐いているようには見えない。話し方から伝わってくる。

(それでも……なんだかずっと彼のペースにのまれている気がするし……。後で解消できるとはいえ、今ここで決めてしまってもいいのかしら……)

 すっと前に片手が差し伸べられた。

「さぁ、どうする?」

「っ…………」

(とても大きな手……。ここに手を乗せたら……私はここから出ることができる。こんなにも早くに……)

ぎゅっ

「えっ!?」

 返事を待たずして右手が握られる。逞しい手に私の右手はすっぽりと包み込まれている。そのままベンはすたすたと歩き出した。それにともない、私の足も動かざるを得ない。

「待っ……お待ちください! まだ返事をしたわけでは――」

 ベンは立ち止まり、振り向き言い放った。

「顔に書いてあんじゃねーか」

「!!」

(そ、そんなはずは…………っ)

「……………………」

 悔しいが、否定することはできなかった。明日にはここを出発できるという光が、あまりにも眩しく輝いていたのだ。
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