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第十五話 帰宅
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馬車がカシュワーニュを抜けてスイーチュリーへ入ると、より一層気持ちが高まり胸が弾んだ。
「やけに嬉しそうだな。俺と正式に婚約すんのが楽しみってわけか」
「っ!? 違いますわ! ミリーに会えるのが嬉しいのでございます」
そっと顎を触られ、ベンの方へと顔が傾けられる。視界がベンでいっぱいになり、反射的にぎゅっと目を閉じる。
「……………………」
キスされると瞬時に察知したのに何も起きず、沈黙ばかりが溶けていく。
(こ、この時間は……なに……?)
おもむろに目を開けてみると、どこかトロンとしたような目のベンにじっと見つめられているのがわかり、咄嗟に視線を外す。
くすくすっという堪えているかのような笑いが聞こえた後、
「受け入れてんじゃねぇか」
ちゅっ、と唇ではなくおでこに口づけされた。
「俺にキスされると思ったんだろ? で、ソフィアはそれを受け入れたから目を閉じた」
「!! 違いますわっ……受け入れたのではなく……」
「受け入れたのではなく?」
「っ…………」
(なんと説明すればいいのかしら!? 受け入れたわけではないのに……ただ、キスされると思って……思わず目を閉じてしまっただけなのに……っ)
何も言えずにいると、両手で頬や首筋を触られ肩がすくんだ。
「っ……?」
見つめられている気がするが、目を合わせるのが恥ずかしくてまたもや目を閉じてしまう。
ちゅっ
「!!」
今度は唇にキスされ、一瞬でも油断した自分に呆れてしまう。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ――――
「~~っ……~~っ……っ!?」
何度も何度も絶え間なく唇にキスの感触が伝わってきて、胸が不思議な苦しさに包まれる。居心地が悪いような、それでいてやさしさに包まれるかのような、言葉では表現し難い感情で心があわただしい。
唇が離れると、今度はぎゅうっと抱きしめられた。
「! ……あの…………っ」
ベンは黙って私の上半身を包み込む。胸と胸とが押しつけあっているような体勢ではしたないようにも思えるのに、嫌な感情が湧き上がってこないから余計に戸惑ってしまう。
しばらくその体勢が続いた後、馬車が動きを止めた。
「着いたぞ」
「!!」
馬車を降りると、まだ少し明るさの残っている空とともに、馴染みのある屋敷が視界いっぱいに広がっている。
「はぁ……」
嬉しさと安堵の気持ちで心地よいため息が出た。
「おつかれさん」
そう言って私の頭を撫でると、ベンは腕を私の腰に回した。そのまま屋敷の中へと向かって歩き出す。
「あ…………ベン様も……おつかれさまでございました」
「おう」
少し歩くと前方から歩いてくるミリーの姿が視界に入り、駆け出したい衝動に駆られた。隣にベンがいなければ走り出していたところだが、ぐっと堪える。
「ソフィア様、お帰りなさいませ」
「ミリー!!」
嬉しくて仕方がない。たった二日振りとはいえ、この絶対的な安心感たるや。私はもう大丈夫だという謎の自信も持ってしまうほどだ。
もっとミリーと話していたいのに、すでに行われている話し合いの場へ赴かなくてはならない。
(早くあのことを確認したいのに……!)
もどかしい気持ちのまま家族たちの居る部屋へと足を進める。部屋の扉の前に立ったところで、私の体が宙に浮いた。
「ひゃっ!!」
昨日のブラウニー家でのことが思い起こされる。
「ベン様!?」
まさかと思った矢先、ミリーが扉を開けてしまった。当然の如くベンはそのまま部屋の中へと入っていく。
(うそうそうそ!?)
一同の視線がこちらに向けられるのと同時に、私はその視線を避けるかのように顔を背けた。今すぐこの場から逃げ去りたいという気持ちからか、ベンの体に体重を傾け、ベンのシャツを指先できゅっと掴んでいた。無意識に体がそう動いただけなのに……ベンはさらりとスマートに挨拶を済ませると、とんでもないことを口にしたのだ。
「俺とソフィアはすぐに意気投合しまして。このように、片時も離れたくないほどに惹かれ合っております」
「!!??」
そう言って私の顔に頬をくっつけてみせた。
「~~~~っ!?」
ベンの方へ顔を傾けどこかしがみつくような形になっていることもあり、端から見ると人前でいちゃついていると捉えられてもおかしくないことに気付いた。これにより、たった今ベンが放った『片時も離れたくないほどに惹かれ合っております』という言葉に信憑性が増すのではないかと、こういう時に限って頭が冴えてしまうのは一体なんなのか……。
ここからどのような顔をして、両親や姉の顔を見ればいいのだろうか。考えるだけで頭が痛くなるし泣きそうにもなる。
しかし……
「うちのベンはあんな体ですし、何も心配要らないのですけれど、ソフィアさんは長旅の疲れがたまっているのではないかしら」
気遣い溢れるお義母様のひと言により、私の足はこの部屋の床に一度も着地することなく退室することになった。
廊下に出た後もベンに抱えられたまま、視界が横へと流れていく。
安堵の気持ちはあるものの、誰にも挨拶することなく、まともに顔を向けることもできないまま退出するという、許されざる失態をさらした現実が心に突き刺さっていた。
(私ったら……なんということを…………っ)
お姫様抱っこをされたから、などと言い訳をする気にもなれない。姉なら『ご挨拶したいので降ろしていただけますか』とでも言えたのだろうと容易に想像できてしまう。責めるべきはベンではなく自分なのだと悲しく思っていると、
「悪かったな」
意外な言葉をかけられた。
「あぁすればソフィアを話し合いの場に参加させる必要ねぇと思ってな。別に俺らはいようがいまいが関係ねぇんだ。だったら早く休めた方がいいだろ。多分お袋は俺の意図を察してあぁ言ったんだと思うぜ」
「………………」
(私のために……?)
ベンは私をベッドに降ろすと、おでこにキスをして颯爽と部屋を出て行った。いつの間にやら自分の部屋にミリーと二人きりだ。色んなことが怒濤に進んでいき何もかもが追いついていないが、これでベンとの婚約が正式に成立するという実感だけはしっかりと追いついていた。
「やけに嬉しそうだな。俺と正式に婚約すんのが楽しみってわけか」
「っ!? 違いますわ! ミリーに会えるのが嬉しいのでございます」
そっと顎を触られ、ベンの方へと顔が傾けられる。視界がベンでいっぱいになり、反射的にぎゅっと目を閉じる。
「……………………」
キスされると瞬時に察知したのに何も起きず、沈黙ばかりが溶けていく。
(こ、この時間は……なに……?)
おもむろに目を開けてみると、どこかトロンとしたような目のベンにじっと見つめられているのがわかり、咄嗟に視線を外す。
くすくすっという堪えているかのような笑いが聞こえた後、
「受け入れてんじゃねぇか」
ちゅっ、と唇ではなくおでこに口づけされた。
「俺にキスされると思ったんだろ? で、ソフィアはそれを受け入れたから目を閉じた」
「!! 違いますわっ……受け入れたのではなく……」
「受け入れたのではなく?」
「っ…………」
(なんと説明すればいいのかしら!? 受け入れたわけではないのに……ただ、キスされると思って……思わず目を閉じてしまっただけなのに……っ)
何も言えずにいると、両手で頬や首筋を触られ肩がすくんだ。
「っ……?」
見つめられている気がするが、目を合わせるのが恥ずかしくてまたもや目を閉じてしまう。
ちゅっ
「!!」
今度は唇にキスされ、一瞬でも油断した自分に呆れてしまう。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ――――
「~~っ……~~っ……っ!?」
何度も何度も絶え間なく唇にキスの感触が伝わってきて、胸が不思議な苦しさに包まれる。居心地が悪いような、それでいてやさしさに包まれるかのような、言葉では表現し難い感情で心があわただしい。
唇が離れると、今度はぎゅうっと抱きしめられた。
「! ……あの…………っ」
ベンは黙って私の上半身を包み込む。胸と胸とが押しつけあっているような体勢ではしたないようにも思えるのに、嫌な感情が湧き上がってこないから余計に戸惑ってしまう。
しばらくその体勢が続いた後、馬車が動きを止めた。
「着いたぞ」
「!!」
馬車を降りると、まだ少し明るさの残っている空とともに、馴染みのある屋敷が視界いっぱいに広がっている。
「はぁ……」
嬉しさと安堵の気持ちで心地よいため息が出た。
「おつかれさん」
そう言って私の頭を撫でると、ベンは腕を私の腰に回した。そのまま屋敷の中へと向かって歩き出す。
「あ…………ベン様も……おつかれさまでございました」
「おう」
少し歩くと前方から歩いてくるミリーの姿が視界に入り、駆け出したい衝動に駆られた。隣にベンがいなければ走り出していたところだが、ぐっと堪える。
「ソフィア様、お帰りなさいませ」
「ミリー!!」
嬉しくて仕方がない。たった二日振りとはいえ、この絶対的な安心感たるや。私はもう大丈夫だという謎の自信も持ってしまうほどだ。
もっとミリーと話していたいのに、すでに行われている話し合いの場へ赴かなくてはならない。
(早くあのことを確認したいのに……!)
もどかしい気持ちのまま家族たちの居る部屋へと足を進める。部屋の扉の前に立ったところで、私の体が宙に浮いた。
「ひゃっ!!」
昨日のブラウニー家でのことが思い起こされる。
「ベン様!?」
まさかと思った矢先、ミリーが扉を開けてしまった。当然の如くベンはそのまま部屋の中へと入っていく。
(うそうそうそ!?)
一同の視線がこちらに向けられるのと同時に、私はその視線を避けるかのように顔を背けた。今すぐこの場から逃げ去りたいという気持ちからか、ベンの体に体重を傾け、ベンのシャツを指先できゅっと掴んでいた。無意識に体がそう動いただけなのに……ベンはさらりとスマートに挨拶を済ませると、とんでもないことを口にしたのだ。
「俺とソフィアはすぐに意気投合しまして。このように、片時も離れたくないほどに惹かれ合っております」
「!!??」
そう言って私の顔に頬をくっつけてみせた。
「~~~~っ!?」
ベンの方へ顔を傾けどこかしがみつくような形になっていることもあり、端から見ると人前でいちゃついていると捉えられてもおかしくないことに気付いた。これにより、たった今ベンが放った『片時も離れたくないほどに惹かれ合っております』という言葉に信憑性が増すのではないかと、こういう時に限って頭が冴えてしまうのは一体なんなのか……。
ここからどのような顔をして、両親や姉の顔を見ればいいのだろうか。考えるだけで頭が痛くなるし泣きそうにもなる。
しかし……
「うちのベンはあんな体ですし、何も心配要らないのですけれど、ソフィアさんは長旅の疲れがたまっているのではないかしら」
気遣い溢れるお義母様のひと言により、私の足はこの部屋の床に一度も着地することなく退室することになった。
廊下に出た後もベンに抱えられたまま、視界が横へと流れていく。
安堵の気持ちはあるものの、誰にも挨拶することなく、まともに顔を向けることもできないまま退出するという、許されざる失態をさらした現実が心に突き刺さっていた。
(私ったら……なんということを…………っ)
お姫様抱っこをされたから、などと言い訳をする気にもなれない。姉なら『ご挨拶したいので降ろしていただけますか』とでも言えたのだろうと容易に想像できてしまう。責めるべきはベンではなく自分なのだと悲しく思っていると、
「悪かったな」
意外な言葉をかけられた。
「あぁすればソフィアを話し合いの場に参加させる必要ねぇと思ってな。別に俺らはいようがいまいが関係ねぇんだ。だったら早く休めた方がいいだろ。多分お袋は俺の意図を察してあぁ言ったんだと思うぜ」
「………………」
(私のために……?)
ベンは私をベッドに降ろすと、おでこにキスをして颯爽と部屋を出て行った。いつの間にやら自分の部屋にミリーと二人きりだ。色んなことが怒濤に進んでいき何もかもが追いついていないが、これでベンとの婚約が正式に成立するという実感だけはしっかりと追いついていた。
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