最低な出会いから濃密な愛を知る

あん蜜

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第十四話 市場

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 カシュワーニュの市場には時折足を運ぶため、まだ家に着いていないにしろ、帰ってきたという実感が沸きホッとする。ここのように人の集う場所は苦手だが、この市場は新鮮な野菜や果物が豊富で、何よりウェルさんという寡黙な主人の作るお肉料理がとっても美味しいため、苦手なのを我慢してでも来たいと思える数少ない場所の一つだ。

 人が増えてくると、ベンは繋いでいた手を離した。そしてその大きな手は私の背中を通り越し、二の腕を抱く。

「!」

「俺から離れんじゃねぇぞ」

「……はい……」

 体の右側がベンとくっつき、大きな左手で支えられている。何度も足を運んだ場所であるからとはいえ気軽に居られる場所ではないため、守られているように感じとても安心する。

 美味しそうなお肉料理を見ていると、少し離れた場所にいる男女が目に留まった。

(お姉様!)

「ん? どうかしたのか?」

「お姉様が……」

「おっ。ジェシカ嬢と……隣にいるのはロバートか」

「! ご存じなのですか!?」

「おう。二人とも社交の場によく顔出してるからな。何度も話したことあんぞ」

「!! そうだったのですね……!」

(そっか……そうよね……)

 きっと、私は令嬢の中でも例外中の例外なのだろう。大抵の令嬢たちは姉のように社交の場に赴き、様々な人たちと交流を築いている。だからベンが姉と知り合いなのも当然のことで、おかしいのは私の方なのだろう……。

「この後どうせ会うだろうが、挨拶しておくか?」

「いえっ……大丈夫ですわ……!」

 あわてて料理の方に視線を戻す。ジューシーさが伝わってきて、一刻も早く口にしたい気持ちでいっぱいになる。
 ウェルさん特製の骨付き肉を購入し、馬車へと戻った。ベンに近くの公園で食べるのを提案されたが、すぐに『やっぱ馬車で食うか。人も多いしな』と言われ、姉に見つかり話しかけられてしまうかもしれないという危険を回避できたのでホッとした。ロバートと一緒の時の姉は話し方がいつもと異なり、無理に優しい口調を演じているように思えるから、なんだか気味が悪いのだ。

 骨付き肉にかぶりつくと、たっぷりの肉汁が口いっぱいに広がり、一気に幸せな気持ちに包み込まれた。以前、どうしても伝えたかったので頑張ってウェルさんに話しかけて美味しかった旨を伝えたところ、特製のタレにじっくりと漬け込んでから焼いているのだと教えてくれた。タレには何が使われているかはわからないし、料理をしたことのない私は聞いてもわからないだろうが、とにかくその味付けが大好きでずっとお店を続けてほしいと本気で願っている。

「美味しい……美味しすぎるわ……」

 いつの間にか無我夢中でかぶりついていることに気付き、すーっと血の気が引いた。

(私ったら……人前で大きな口を開けて…………)

 うかがうように、ゆっくりとベンの方を見ると、にやにやしたような顔でこちらを見ている。

「っ……!!」

 予想通り、楽しそうな笑い声が車内いっぱいに響き渡った。

「最高だなおい」

「……申し訳ございません……っ」

「なんでだよ、良い意味だぞ。俺の前で遠慮する必要なんかねぇ。食いたいように食えばいい」

「……そ、そういうわけには……」

「そういや、口の周りにいっぱい付いてんぞ」

「っ!!」

 どこまで醜態をさらせば気が済むのかと半ば呆れつつ、口の周りについた肉汁をハンカチで拭おうとしたところ、そのハンカチがひょいっと取られてしまった。

「えっ?」

 そしてベンが私の口周りをハンカチで拭っていく。

「っ……自分で拭けますわ……!」

「まぁまぁ、いいじゃねぇか」

 なぜか楽しそうなベンに何も言い返すことができず、されるがままの状態だ。ミリーが拭いてくれるのなら何も恥ずかしくないのに、ベンに拭かれると恥ずかしいのはなぜなのだろうか。


 食事が終わると馬車が動き出した。長い旅もあと少しで終わるのだという実感が沸き、とても気分が上がる。

(やっと……やっとミリーに会えるんだわ!!)
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