銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第20話:薪の上に臥して苦き胆を嘗める

#08

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 ランの、“父が買ってくれた”という言葉に、ノアは少し意外そうに、そしてどこか愉快そうに応じる。

「サンザー殿が?」

 “鬼のサンザー”の名で敵味方双方から恐れられ、武辺者の塊のようなサンザーが、幼い娘に絵本を買ってやっている光景を、ノアは思い浮かべる事が出来なかったのである。対するランも苦笑いを大きくして告げる。

「はい。ナグヤの宇宙港内にある雑貨店で。でも、その頃の私はもう七、八歳で、絵本なんて読む年齢じゃなかったんですよ。ただ、パステルカラーの表紙がすごく綺麗だな…って眺めていたら、急に父が“買ってやる”って」

 それもまたサンザーらしいと思い、ノアは笑い声を漏らした。するとランもつられて「ふふふ…」と笑う。ランが自分との二人きりの会話で笑うのは、これまで無かったはずで、ノアの笑顔も自然と大きくなった。

「でも、初めてだったんです―――」とラン。

「初めて?」とノア。

「武人教育一辺倒だった父が、それ以外の何かを買ってくれたことです」

 思い出を懐かしむランの横顔に、ノアは「そう…」と優しく頷きかける。さらに語るラン。一緒にBSIの模擬戦を戦ったあとであるためなのか、彼女にしてはいつになく饒舌だった。

「父がそういったものを私に買ってくれたのは、あとにも先にもこの時だけ…当時の私は、自分の歳より下の子向けのその絵本を、ボロボロになるまで繰り返し読み返しました…」

「………」無言でランの次の言葉を待つノア。

「―――でも、不思議なものですね。あれだけ読んだ絵本の事を、この星に来て、この書庫を見るまで、忘れていたんですから」

 そこまで言ったランは今度父に会ったなら、もう長いこと職務以外の話をしていない父に、あの絵本の事を覚えているか尋ねてみようか、と思った………



 第五衛星の地表から幾つか突き出た灰白色の岩盤の一つに、ヴェルージ=ウォーダの『シデン・カイXS-TS』が何本ものポジトロングレイブに機体を貫かれ、磔にされている。操縦者に生命反応はすでに認められず、周囲には同様に動かなくなった敵味方のBSIユニットが、累々と横たわっていた。

 さらに数分前、第6・第33合同艦隊の指揮を代行していた、スーゲット=アーチの戦死の報告も届いている。

 自分を幾重にも取り囲む所属不明艦隊のBSI、アーザイル軍の『イカヅチ』、アザン・グラン軍の『ハヤテ』を眺め渡し、『レイメイFS』に乗るサンザーは、一つ大きく息を吐いた。だが決して悲嘆の吐息ではない。
 
 覚悟と闘志に満ちた吐息…この戦いが開始されて、すでに二時間半が経過している。敵がノヴァルナの部隊を襲撃するための、接触可能残り時間はあと三時間半。足止め時間にはまだ不充分な気もするが、ウーサルマ星系の第二次防衛線を突破するには、時間が足らなくなるはすである。

 なぜならウーサルマ星系に配置した戦力は、宙雷戦隊とサンザーが残して来た第6艦隊空母部隊の半数であり、機動戦主体の戦力だからだ。つまりこれに対する最適解を得るためには、敵もBSIユニットなどの機動戦力を、集中させねばならないのだ。

 しかしながら敵はその事にまでは気付かず、初手から『レイメイFS』に搭乗して最前線に出て来た、サンザーとその半数の配下に、BSI部隊の全力攻撃を仕掛け、いまだ戦い続けているサンザーを討ち取るため、かなりの数のBSIユニットをここへ残している。そうであれば必然的に、ウーサルマ星系防衛線を突破するための機動戦力が不足する。

“ナギ殿の青さか、はたまたウィンゲート殿の素人さか…”

 自分の命を代償に仕掛けた策に嵌った敵将の迂闊さに、サンザーは口元を大きく歪めた。そして突っ込んで来る、所属不明艦隊のモノトーンBSIを、地表を這わせてすくい上げた、十文字ポジトロンランスの穂先で真っ二つにする。

 無論、サンザーにも読み切れない事実があった。いま斬り捨てた、所属不明の白と黒に塗り分けた敵BSIと、それを発進させた艦隊だ。ふっ…と、サンザーは笑みを零す。


“俺もまぁ…まだ、詰めが甘いという事か―――”


 コクピットを覆う、全周囲モニターが映し出す前方の映像には、我先にと列を成して迫って来る敵のBSIユニット。ヘルメットのスピーカーに響くのは、大量のロックオン警報と近接警戒警報。さらにサイバーリンクによる“心眼”では、自分と僅かに残った味方機を幾重にも囲む敵機。

 サンザーは『レイメイFS』が手にする、大型十文字ポジトロンランスを握り締めさせて、生き残っている部下に呼び掛けた。

「この場は俺に任せて、皆は撤退し、ウーサルマ星系の防衛線に加われ!」

 それが何を意味するかを悟り、サンザー直属の“ハンター中隊”の生き残りが、強い口調で抗議する。

「それはなりません、サンザー様! ここは我々が―――」

 それでもサンザーは聞き入れない。相手が言い終わる前に、冗談交じりに言葉を返す。

「ハッハッハッ。おまえ達の腕では、敵を引き付ける餌にもなるまいて!」
 
 むしろ清々しい気分でサンザーは胸を張り、言い放った。

「誰でもよい。生き延びてウーサルマ星系へ辿り着いた者は、ノヴァルナ様に俺の言葉を伝えてくれ。“仇討あだうち無用。まず大望を果たされたし”と!」

 そしてサンザーは、部下達の引き留める声の中、溢れかえる敵の中へ自分から飛び込んで行った―――


煌めく鑓の穂先が、敵機の胴体をまとめて三体、貫き通す―――


そのまま振り回した鑓に飛ばされた敵機が、突撃して来た敵機と激突―――


至近距離から放たれた銃弾が、脇腹を掠めて装甲版を引き裂く―――


撃って来た敵機の頭部を、鑓の石突きが突き砕く―――


舞い散る敵機の破片の中、『レイメイFS』の眼が緑色に輝く―――


重なるサンザーと、複数の敵パイロットの叫び声―――



修羅と化す。



 腹部を切り裂かれた所属不明BSI、バックパックが爆発し、粉々となったアーザイル軍の『イカヅチ』、斬撃で半身を失った、アザン・グラン軍の『ハヤテ』…第五衛星の灰白色の大地に、何本もの鑓や矛が突き立ち、飛び散った人型機動兵器の腕、脚、頭、そして様々なパーツが地表を埋め尽くす。無論、その数に比例して搭乗者の命も散ってゆく。

 怯懦に駆られて突き出した矛が味方を割り貫き、闇雲に放った銃弾が味方を打ち砕く。それはまるで、鬼のサンザーが機体から放つ気迫が、同士討ちをさせているようにまで見える。

「ワハハハハ! おぬし達! 一人として生かして帰さぬぞ!!」

 煽りの笑い声を交えて、全周波数帯で敵にも聞こえるように言い放つサンザー。普段の「命が惜しくば、逃げ去れ」とは違う口上だ。そのまま振り下ろした鑓の穂が、背後から斬りかかろうとしていた、『ハヤテGC』をバサリと断ち割る。

「こいつ…バケモノか!!」

「い、いやだ。死にたくない!」

 サンザーを取り囲んでいた敵の何人かが、この口上と斬撃の光景に逃げ腰になって、機体を翻す。するとサンザーは強引に機体を突っ込ませ、この逃げようとしていた機体を追う。『レイメイFS』の機体性能を余すところなく引き出した、圧倒的な加速力だ。

「ひ、ひいいいいっ!!」

「助けてくれぇ!!」

 瞬時に追いついて来る『レイメイFS』に、哀れな声を叫ぶ敵パイロット。だがその速さは誰も阻止出来ない。刺し貫かれた機体はパイロットの命ごと、機能を停止する。相手の「ぎゃああっ!」という断末魔の叫びと共に、サンザーは敵の大軍に振り返って言い放つ。


「俺の名は“鬼のサンザー”。忘れたか?」


 その表情はまさに鬼であった。




▶#09につづく
 
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