銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
63 / 526
第3話:スノン・マーダーの一夜城

#21

しおりを挟む
 
 星間ガス流に突入した瞬間、ドーン!…という大きな振動と共に、足元をすくっていくような、慣性の変動が発生する。重力子フィールドで宇宙ステーション全体を包み、衝撃を緩和しているものの想定以上の揺れに、全員が椅子の肘掛けや手摺にしがみついた。攻撃と勘違いしたのか、ステーションの警報機が被弾警報音を鳴らし始め、中央指令室の赤色灯が点滅する。

 だが衝撃の激しさは、被弾したのと変わらない位であった。宇宙ステーションの内部全体がみしみしと音を立て、その中で貨物船から次々と被害報告が入りだす。
 報告によると、数隻の貨物船に大きなダメージが発生し、曳航が不可能となった船が幾つも発生した。その結果、十二隻の貨物船がステーションの曳航を諦めて、引き返す事となる。
 当初、四人の協力者の船を合わせて六十二隻あった曳航船は、機械生物の襲撃を受けた四隻も除いて、一気に四十六隻にまで減ってしまった。宇宙ステーションを曳航するには、数的にほぼ余裕が無くなって来たと言っていい。



 星間ガス流に突入してから約二時間が経ち、キノッサは今回の作戦の主だった者を会議室に招集し、ここまでの評価と今後の示準の打ち合わせを行った。

 ミシミシ…ギシギシ…と、会議室にまで宇宙ステーションが軋む音が伝わる。その音に誘発される不安な表情を押し包みながら、各部署からの報告が続く。

「目的地である『スノン・マーダーの空隙』までは、あとおよそ70時間といったところです…現在の加速を続ければ、の話ですが」

「問題はステーションを曳航している貨物船です。星間ガス流の激しさが想定以上であり、今後さらに脱落する船が増えると、予定時間を超える可能性が高いです」

「それにステーションの強度の問題もあります。補強した結果として想定した加圧数値より、15パーセントの余裕を持たせていますが、今以上にイレギュラーな事態が発生した場合、どう対処すべきか…」

 そしてハートスティンガーからは、これも想定外の報告が行われた。

「喰いモンが、ぇ!」

 ハートスティンガーの言葉に、キノッサは眉をひそめて問う。

「はぁ?…そりゃまた、なんの話ッスか?」

「ここの倉庫にあった保存糧食の話さ。あの虫どもに取り付かれた奴等が、倉庫にあった保存糧食の大半を喰っちまってて、ほとんど残ってねぇんだ」

 話を要約すると機械生物に同化され、その支配下にあったこのステーションの人間達はここまで、倉庫に保管されていたサイドゥ軍の保存糧食を食べて、生き延びて来ていたのだが、その糧食も残り僅かとなっていたという事だった。
 
「糧食…『スノン・マーダーの空隙』に着くまで、持ちそうッスか?」

「微妙だな。俺達はともかく、よそから駆け付けて来てくれた連中は、用意する時間があまりなかったみてぇで、蓄えも無い船まで何隻かあるらしい…たぶん、このステーションの糧食を、アテにしてたんだろうぜ」

 ハートスティンガーの返答を聞いて、キノッサは困り顔になった。星間ガス流に入ってしまった以上、どこかで補給するなど不可能である。

 戦場において素人からは軽視されがちだが、糧食などの補給物資…いわゆる“兵站へいたん”が重要な問題だ。古来から“腹が減っては戦は出来ぬ”と言われる通り、糧食の欠乏は兵の士気に影響し、戦闘力にも関わって来る。ノヴァルナのもとで事務官を務めて来たキノッサであるから、そういう事の重要さは身に染みて理解していた。ある意味、下積み生活で培う事が出来たのだ、と言っていいだろう。

「キノッサぞん。どうするバ? 喰いもんザねぇど、やる気も起きねぞ」

 比較的に思った事をすぐ口に出すカズージが、まさに正鵠を得た発言をする。

「どっちしてもこの星間ガス流の中じゃあ、貨物船への糧食の受け渡しは困難ス。星間ガス流を抜けて、『スノン・マーダーの空隙』に着くまでは、我慢してもらうしかないッス」

 キノッサもまたそう返答するしかない。この星間ガスの激流の中を、ステーションや他の貨物船から、糧食の欠乏した貨物船へ小型艇で運ぶなど危険過ぎる。ただキノッサは他にも思う事があるらしく、ハートスティンガーに顔を向けて訪ねた。

「このステーションに残ってる糧食は、どれぐらいッスか? 貨物船の全部まで行き渡らせたら、足りるッスか?」

 その問いにハートスティンガーは、顎髭を指先で撫でて計算しながら応じる。

「そうだなぁ……全部で五百人ほどだから…ギリギリ一回分ぐらいか」

 これを聞いたキノッサは少し思案したあと、会議に出席している全員を見渡して告げた。

「各貨物船の船長に連絡して、『スノン・マーダーの空隙』に到着するまでは、食事を最低限のレベルに留めておくッス」

「ん? それはどういう意味だ?」とハートスティンガー。

「まず、貨物船によって食事の量に差が出るのは、良くないッス」

「うむ…それはそうだな」

 兵站の問題が士気に作用するのであれば、糧食に余裕のある貨物船と逼迫している貨物船で、食事の領に差が出ては逼迫している方に不満が出る。特に今回のようにハートスティンガーの組織に、四人の協力者の組織が加わっている、寄せ集め集団であればなおさらの事だ。 
 キノッサの思いとしては糧食の差を低い方で統一する事で、寄せ集め集団に“苦労を共にする”という方向で団結を促し、さらに全体の状況を、自分を中心とした作戦司令部が正しく把握しているという、安心感を与えたいのであった。そして狙いはそれだけではない。

「それと、『スノン・マーダーの空隙』に到着したら、すぐにイースキー家が襲って来るはずッスから、その前にこのステーションに残ってる分も合わせて、糧食を全員に一つ残らず配給するッス!」

 その言葉に、居合わせる者達は揃って、“ほう…”といった興味深げな表情を浮かべた。彼等の気持ちを代表して、P1‐0号が評価を述べる。

「なるほど。『空隙』に着いたところで全糧食を放出。報酬効果と決戦感を演出して、イースキー家の襲来に備える…という事か。お猿にしては考えたね」

「猿じゃないッス!」

 …と言いながら、キノッサはどこか自慢げであった。いつも辛辣なP1‐0号にしては、高評価だったからなのかも知れない。



その後の約70時間の間も、キノッサ達に心の休まる事など無かった―――



 まずハートスティンガーではなく、協力者の一人が持ち込んだ補強材の強度が、不足しているのが発覚。しかもその箇所から他の補強材まで外れて、被害が広がる確率が80パーセントを超えるとP1‐0号が指摘したため、ハートスティンガー達は星間ガスの乱流荒ぶる中、宇宙服で外へ出て補修作業を行った。

 そして絶え間なく続く揺れが、宇宙ステーション内部にまで障害を発生させ、各所で空気漏れが起き、こちらはキノッサ自らも修理用工具を持って、ステーション内を駆けずり回る事態となった。

 さらに宇宙ステーションを牽引していた貨物船が四隻、推進機に異常をきたして離脱。いよいよ曳航作業に支障が出始め、護衛のため牽引に加わっていなかった、ティヌート=ダイナン指揮下の重巡航艦から一隻が、牽引を行うようになった。

 その他大小様々な問題に振り回されながらも、ほぼ予定より半日遅れから遅延を増大させる事無く、旧サイドゥ家の宇宙ステーションは目的地である、『スノン・マーダーの空隙』へ接近していった。

 やがて4月3日。ステーションは星間ガスの奔流を脱し、『スノン・マーダーの空隙』へ入る時を迎える。ここまでの行程でほぼ不眠不休、疲労困憊のキノッサ達だったが、あと少しという気持ちと共に、皆が歯を喰いしばって耐えている。

「星間ガスからの離脱地点まで…あと三分」

 キノッサ達の中で唯一疲労する事のない、アンドロイドのP1‐0号が落ち着いた口調で、中央指令室にいる全員に告げた。





▶#22につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...