163 / 526
第6話:皇国再興への道
#15
しおりを挟む話は惑星リケに戻ってトゥ・キーツ=キノッサ。この男がデュバル・ハーヴェン=ティカナックの住居を日参するようになって、一週間が過ぎている。
人の懐に入るのが特技と言ってもいいキノッサは、ハーヴェンがその日の自分の体調を計るのを兼ねて日課としている、朝の林の散策から帰る時間を見計らって、それより僅かに早く来訪。二人の連れと共に、ハーヴェンの子供デュカードをあやしながら、待っているという毎日を繰り返していた。
しかもハーヴェンが帰って来ても、するのはウォーダ家への勧誘ではなく、戦術論・戦略論から今の銀河皇国に関する世間話ばかり。そのうえどちらかと言うと、意見を述べ合うのではなく、ハーヴェンの見識に教えを乞う構図となっている。
そして今朝もキノッサはカズージ、ホーリオと並んで、ハーヴェンからカガン宙域のイーゴン教徒と、総本山であるイシャー・ホーガンとの関係について、話を聞いていた。
「…なるほど、カガンの民主政府はイシャー・ホーガンと無関係を装って、実際は裏で繋がっている、というわけですな」
何度も頷きながら感心した様子を見せるキノッサに、ハーヴェンは四人の真ん中に展開した、小振りなホログラムスクリーンに幾つかのグラフを映し出して、自分の所見の続きを説く。
「そうです。カガンのGDPからすれば、国家予算はもっとあっていいはず。それがこの程度でしかないとなると、かなりの額がオ・ザーカ星系へ流れていると、考えていいでしょう」
オ・ザーカ星系はセッツー宙域内にあって、イーゴン教総本山のイシャー・ホーガンを有する自治星系であった。ただ同じ自治星系のザーカ・イーのように、星系自体の産業経済力は高くない。となると各宙域の信徒からの寄進が、予算編成の要となって来る。中でも信徒が直接統治するカガン宙域からの“寄進”は、莫大な額になるはずだ。ハーヴェンはさらに言葉を続ける。
「それほどまでに主要な財源であるなら、カガンの政府自体もイシャー・ホーガンの指示で動いていると、考えるべきでしょうね」
「つまり傀儡政権ですか?」とキノッサ。
「傀儡と言うより、代理政権でしょう。信徒が統治している事には、変わりありませんから」
「しかしそう考えると、イーゴン教もまた思い切ったものですな。幾ら領主のトーガス家が弱体化していたとはいえ、宙域そのものを奪い取るとは」
「もしかするとカガンの占領は、今後イシャー・ホーガンが宙域統治を行う際の、モデルケースにするためかも知れません」
ハーヴェンが事も無げに言うと、キノッサの双眸はギラリと光った。
イーゴン教はこれまでにも何度か述べたように、古来からある宗教ではなく、ヤヴァルト皇国が銀河に進出する頃から確立された、新興の宗教である。
ただその信仰は古来からある一神教や多神教などのように、神というものを信仰するものではなく、宇宙真理の探求が教義となっており、そのために科学の発展を第一としていた。
「モデルケースという事は、いずれは他の宙域も信徒達に統治させ、さらにそれを背後から支配するのが、イシャー・ホーガンの真の目的って事ですか?」
真剣な眼差しでキノッサが問うと、ハーヴェンはゆっくりと頷いて応じる。
「科学のさらなる発展を望む彼等にとって、その停滞が続く現在の皇国の状況は、受け入れ難いのです。特に今は戦乱の世。“オーニン・ノーラ戦役”以来このおよそ百年、皇国の科学技術は大した進歩も無いまま。イシャー・ホーガンが自らの手で、この状況を打開しようと動き出していても、おかしくはありますまい」
ハーヴェンの解説に、キノッサはカズージとホーリオの二人と視線を交わし、僅かに身を乗り出してハーヴェンに尋ねた。
「しかしです、ハーヴェン殿。我等ウォーダ家が入手している情報では、イーゴン教は『アクレイド傭兵団』とも繋がりがあるとなっています。その『アクレイド傭兵団』は、戦乱を長引かせようとしているミョルジ家と、協力関係にある…お話が矛盾しておりませんか?」
ハーヴェンはそれも承知の上で、意見を述べようとする。
「一見矛盾しているような関係も、裏側を知れば理解できるものです―――」
ところがここでキノッサは「なるほどそうですな」と言って、ソファーから立ち上がった。それに従いカズージとホーリオも立ち上がる。話を続けようとしたハーヴェンだったが、席を立たれたのでは口を噤まざるを得ない。
「いや。今日も有意義なお話を伺いました。ありがとうございました」
「いえ。なんのもてなしもせず」
頭を下げるキノッサは達に、ハーヴェンも立ち上がって軽く会釈する。そして応接室を出ようとしたところで、ハーヴェンの妻のエルナと鉢合わせした。エルナは手焼きのクッキーを盛ったトレーを両手で支えている。
「これはエルナ様」
「あら、もうお帰りですの?」
「はい。すっかり長居してしまいまして、申し訳ございません」
「残念ですわ。ちょうどクッキーが焼けたところですのに」
すっかり気を許した様子でエルナは告げた。するとキノッサは持ち前の人懐っこい笑顔で言う。これもキノッサの巧妙さだ。
「それでは遠慮のない話ですが、包んで頂けますか? ホテルに持ち帰って三人で頂きたく思いますので」
キノッサ達がホテルへ帰ると、住居の中は静かなものである。これも今や、この一週間の日常となっていた。キノッサ達を見送ったハーヴェンは応接室へ戻り、付けっぱなしであったホログラムスクリーンを停止させると、ふと苦笑いを軽く浮かべた。話し足りない自分を感じ取ったからだ。
今しがたのキノッサを思い返し、ハーヴェンは“なるほど不思議な御仁だ…”と、納得した。おそらく計算高い面と純粋な面の両方が、嘘偽りなく同時に存在しているのだろう。呼んでもいないのに毎朝訪れはするが、嫌な気分にはならない。むしろその逆で、話を始めるとこちらから語り続けたくなる。こちらがどんな事を話しても、興味深そうに目を輝かせて聞き入ってくれるのである。つまりは話し甲斐のある相手という事だった。そうであるから、“もう来るな”とは言えない自分がいるのだ。
そんな思いでいるハーヴェンのところへ、妻のエルナがやって来た。キノッサ達に出していたコーヒーの片付けるためだ。ハーヴェンは片付けを手伝いながら、半ば独白のように告げる。
「困ったものだ…」
「何がですか?」
静かに問い掛けるエルナ。陶器のカップが、カチャリと軽く音を響かせる。
「ん?…うん」
返事を濁したハーヴェンだったが、エルナは良人の心情を正確に見抜いていた。
「あなた…」
「ん?」
「ご自分のお心に、従って下さい」
「!?…」
「私はミノネリラの武将、モリナール=アンドアの娘です。これでも武人の気持ちは、解しているつもりです」
「エルナ…」
「父は今でも私や母のために、ドゥ・ザン様を裏切らねばならなかった事を、後悔しております。あなたには父と同じ思いを、して欲しくはありません」
そう言ってエルナは目を伏せる。彼女が口にしたのは七年前に起きた、ドゥ・ザン=サイドゥと嫡男ギルターツの争いについてだ。あの時は“ミノネリラ三連星”をはじめとした、ドゥ・ザンの武将の大半がギルターツによって、本拠地惑星バサラナルムに置いていた妻子を人質にされ、寝返らざるを得なかったのだ。
アンドアはノヴァルナがミ・ガーワ宙域の、ミズンノッド家救援に出兵する際、惑星ラゴンの防衛を任されるほど、ドゥ・ザンから信頼されていただけに、寝返った事を今でも人一倍気に病んでいたのである。
それを知るエルナは、余命を隠居として家族と暮らそうとしている夫が、武人としての本意を隠したまま、生涯を閉じてしまうのを惜しんだのだ。少しの間を置いたハーヴェンは、穏やかな微笑みを妻に向けて礼を言った。
「ありがとう、エルナ」
▶#16につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる