銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第10話:シンギュラリティ・プラネット

#05

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 この培養シリンダー―――バイオ・マトリクサーの本来の目的が、ボヌリスマオウの品種改良であった。

 バイオ・マトリクサーの遺伝子操作機能が、大昔であれば何世代かを経て品種改良されていた植物も、一世代で改良する事を可能にしている。それによって、熱帯雨林気候が原産のボヌリスマオウが、ノヴァルナとノアがこの植物を初めて見た、パグナック・ムシュのような荒涼とした惑星でも、栽培出来るように改良していたのだ。
 このバイオ・マトリクサーも潰すべき対象だが、ノヴァルナにとっては悩ましいところであった。というのもこれを破壊してしまうと、バイオノイド:エルヴィスは命脈を絶たれてしまうからである。エルヴィスの殺害が目的ならば躊躇う必要はないが、まず話し合いを行う事を目的としている以上、簡単に決めていい案件ではない。今は保留にして、ボヌリスマオウの種子の持ち出しを阻止するのが先だ。

 シリンダーの間で作業する何体かのアンドロイドは、やはり警備機能を有していないのか、コンソールのチェックに専念している。その頭上のキャットウォークを歩くノヴァルナ達には、まるで関心がないようであった。おかげで易々と培養区画を通り抜け、次へ進める。

 だが培養区画を抜けると、問題が生じた。

 扉を開いて培養区画の建物を出ると、これもまたほぼ無人の、コンテナ倉庫が隣接しているのだが、そこへ通じる架道橋が故障していたのだ。
 入手した秘密施設の構造図面によると、培養区画棟と倉庫の間には、スライドして伸びる架道橋が設置されており、普段壁面に折り畳まれているその橋を伸ばし、コンテナ倉庫と行き来できるようになっていた。

 ところが架道橋を動かすコントロールパネルを見ると、元電源のランプが消えており、幾らパネルを操作しても橋は伸び出さない。ほとんど使用しない整備用通路であるから、故障したまま放置されているのだろう。
 そうかと言って培養区画棟と倉庫の間は八メートル近くもあり、高さも十五メートルはある。並みの人間が跳び移れる距離ではないし、落ちたら命を失う。引き返して地上を行くにしても、そうなると人員が多い箇所を通る必要があった。

“くっそ面倒なマネしやがって…故障したんなら、すぐに直せってーの!”

 怒っても仕方ない施設の人間達に、腹の中で文句を言うノヴァルナ。すると双子姉妹の妹のマイアが、向こうの倉庫側の壁面を指さして、小声で知らせる。

「向こう側のコントロールパネルは、使えるかもしれません」

 その言葉に眼を凝らして見ると、架道橋の倉庫側のコントロールパネルに、小さく元電源のライトが灯っているのが視認できた。
 
「使えるかも知れねーけど、コントロールパネルのある向こう側に、行けねーからどうすっかって話―――」

 振り返ってマイアに言葉を返すノヴァルナだったが、その台詞を言い終わらないうちに、メイアとマイアの間に立っているヤスーク少年の姿と表情を見て、彼女達が何を考えているのかを察した。口調を質問調に変えて、ヤスークに問い質す。

「おまえ、やれんのかよ?」

「向こう側に飛び移って、あそこのスイッチを入れれば、いいんでしょ?」

 簡単に言うヤスークだが、培養区画棟と倉庫の間は前述の通り、八メートル近くはある。これもやはり陸上競技の国際大会で、“走り幅跳び”として優勝を狙う距離だ。ただ当然、先程のフェンスを越えた“棒高跳び”とは勝手が違う。カレンガミノ姉妹とは対照的に、ノアも心配そうに尋ねる。

「本当に大丈夫なの?」

 頷いて応じるヤスーク。

「“モガルンド”の罠を飛び越えるのと、同じ要領だよ。いつもやってる事だし、大丈夫。僕にやらせて」

 ヤスークの言う“モガルンド”が、どのような生き物かは不明だが、態度からして自信はありそうだった。もっとも、成功してまた女性陣に褒めてもらおう…という願望も、表情の中に見え隠れしているが…。

「わかった。やってみろ」

 ヤスークの跳躍をここでも承認したノヴァルナは、カーズマルス=タ・キーガーに振り向き、「カーズマルス」と呼び掛ける。「はい」と軽く頭を下げるカーズマルスに、指示を出すノヴァルナ。

「ヤスークに、またバックパックを背負わせろ。それと今度は命綱を、腰に付けてやれ」

「御意」

 バックパックはフェンスを跳び越えた時と同じく、着地時のクッションにするためである。そして跳躍に失敗した時に備えて、命綱を取り付けておくべきだと、ノヴァルナは考えたのだ。
 助走は培養区画棟内部の培養シリンダーの上を真っ直ぐ伸びた、キャットウォークを使い、開け放たれた状態にした扉を抜けてジャンプ。走り幅跳びとは違って、着地地点は砂地ではないため、クッション代わりに背負った、バックパックから落ちて床を転がるように、カーズマルスがヤスークに指示する。「うん」と「わかった」を頷きと共に何度か繰り返し、ヤスークはキャットウォークを戻って、位置に着いた。開かれた扉は閉じないようノヴァルナが押さえ、残りの四人が、ヤスークの腰に付けた命綱の橋を握り締める。

「おっしゃ。いつでもいいぞヤスーク」

 培養区画棟の中を覗き込んで、ノヴァルナが声を掛ける。背筋を伸ばしたヤスークは二度、三度と深呼吸をすると、開かれた扉に向けて助走を開始した。
 
 キャットウォークに響く、靴が鳴らす加速音。培養区画棟の中を一気に駆け抜けたヤスークは、開かれた扉のその先の手摺を足場にし、体をやや弓なりにして中空に身を躍らせた。走るように、泳ぐように、八メートル近い空間を渡り、目的の倉庫側に背中から落ちると、そのまま床を転がって衝撃を緩和する。今回も見事に成功だ。

 大声で歓声を上げる事は控えたが、それでもノヴァルナは硬く握り締めた拳を、力強く振り上げる。
 あとは秘密施設のフェンスを跳び越えた時と同じ要領だ。ヤスークが小型カメラでコントロールパネルを撮影し、カーズマルスがその映像から、パネルの操作を指示する。やがて、折り畳み式の架道橋が動き出し、ノヴァルナ達のいる培養区画棟側と接続が完了した。それを待ってヤスーク以外の五人が橋を渡る。

「お見事よ、ヤスーク」

 早速ノアに褒められて嬉しそうなヤスーク。メイアとマイアも無言ではあるが、称賛の眼で頷いてやると、ヤスークはいわゆる“有頂天”状態だ。前回すぐに忘れ去られた事もあって、ノヴァルナ自身は“まぁいいか…”と放置しておく。ところが意外とヤスーク様は、それがお気に召さないらしい。

「ノヴァルナ様は、僕を褒めてくれないの?」

「は?」

 ヤスークがノヴァルナの名に“様”を付けるのは、カーズマルス辺りがそう呼んでいるからであろう。敬称の意味自体を理解しているかは怪しいものだが、それはともかく面倒臭い事だ…と、ノヴァルナは思った。ノアとカレンガミノ姉妹も、ヤスークの背後で“褒めてあげなさいよ”と、責める眼をしている。

「ああ。よくやった、ヤスーク」

 ノヴァルナはそう告げて、ヤスークの肩にポン!と片手を置いた。するとヤスークは「うん!」と、一瞬だけ嬉しそうな顔をしたものの、あとはまた“年上の綺麗なお姉さん”に視線を移すばかりだ。どうも今回こういった件に関しては、ノヴァルナは理不尽な立場に置かれている感がある。「…ったく、なんか面白くねー…」などと、疎外感と共に口の中で文句を呟いたノヴァルナは、唯一このやり取りに関わっていない、カーズマルスに呼び掛けた。

「行くぞ、カーズマルス」

 そう言って倉庫内部へ通じる扉を開くノヴァルナ。構造図面によると、目的の動力炉区画はその先だ。「私が先行致します」と告げ、カーズマルスが先に扉を抜けて倉庫の内側へ進入した。続いてノヴァルナが扉の中へ入ると、倉庫の内部は思いのほか明るい。下を見れば山積みになったコンテナの間に、複数のアンドロイドとピーグル星人が動いていた。

 倉庫内にこれだけの人数が居たのは、些か想定外であった。内部に見える山積みのコンテナは、おそらくムツルー宙域に運ぶ“改良ボヌリスマオウ”の種子が入っているのだろう。作業員がうろついているのは、ここへ来る途中ですれ違った、ドン・マグード達が言っていた、“種子の積み込み作業の再開”への下準備だと思われる。この状況に、ノヴァルナは小さく舌打ちした。

“こいつは厄介だぞ…”

 倉庫内部には、先程進んで来た培養区画棟のように、シリンダー最上部を貫く形に伸びた、キャットウォークが存在しない。つまり見つからないように下に降り、見つからないように通過して、反対側の扉から抜け出さねばならない事になる。

 倉庫の内部構造を確かめると、中はがらんどう。天井にはレール式のクレーンが設置されていて、内壁には高さ四メートル強の間隔で、壁を周回するメンテナンス用のキャットウォークが、三階層に取り付けられていた。つまり“三階建て”というわけだ。そしてそれぞれの“階”の間は、小型のエレベーターと非常用梯子で繋がっている。エレベーターは起動音で見つかる可能性が高い。ノヴァルナは従う者達にハンドサインで、非常用梯子を使って一番下まで降りる事を示した。





▶#06につづく
   
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