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第12話:天下の駆け引き
#13
しおりを挟むノヴァルナが“銀河布武”の方針を打ち出していたその頃、ザーカ・イー星系では、トゥ・キーツ=キノッサとソークン=イーマイアの、仕切り直しの会談が開始されようとしていた。場所は前回と同じくイーマイア造船本社。そして今回はキノッサに、アンドロイドP1-0号が同行している。
「…緊張するッスなぁ」
これまでと同じ応接室で、P1-0号と並んでソファーに座りソークンを待つキノッサは、壁を見上げてポツリと呟いた。その視線の先には交渉の切り札となる、例のアイオウリス=ベイカーの、『鼈甲蜂のブローチの女性』が掛けられている。
P1-0号がセンサーアイで解析したところ、『鼈甲蜂のブローチの女性』は単に壁に掛かっているだけでなく、キャンバス面に常時、低出力のエネルギーシールドが張られているとの事だった。これはセキュリティと防塵、湿度管理を兼ねたものらしく、エネルギーシールドの常時展開という辺りに、改めてソークンの美術工芸品への取り組みが、本物である事を示していた。
そのP1-0号は、キノッサが口にした“緊張”という言葉に反応する。
「緊張…緊張か。僕も体験してみたい感情の一つだ」
「なに気楽に言ってるッスか。こんな感情、経験したくないッス」
僅かに顔をしかめて、キノッサはP1-0号を睨んだ。しかしP1-0号はお構いなしに、さらに問う。
「緊張が経験したくないものなら、人間はなぜ、重要な行動を実行する際に、“緊張感を持って”とか言うんだい?」
「それとこれとは、話しが違うッス」
「例えば今回のこの再交渉。この待ち時間の間に僕は183698通りの、失敗のケースを想定したのだけれど―――」
「縁起でもない事を、言わなくていいッス!」
まったく、この機械仕掛けは…とキノッサが困惑したその時、扉がノックされてソークン=イーマイアが入って来る。会話を打ち切りソファーから立ち上がる、キノッサとP1-0号。ソークンは丁寧に頭を下げて、まず詫びた。
「どうも、会議が長引きまして…。お待たせして申し訳ございません」
「いえいえ。お忙しいところを、こちらこそ申し訳ございません」
応じるキノッサの動きに合わせて、P1-0号も頭を下げる。三人が腰を下ろすと、ソークンは早速P1-0号に視線を移し、キノッサに紹介を求める。
「こちらは?」
「ウォーダ家に仕えております、アンドロイドのP1-0号と申します。些か特殊なタイプでございまして、当家にてそれなりの地位を与えられておりますので、同席をお許し頂きたく存じます」
「ほほう」
これはまた珍客だ…という眼を、P1-0号に向けるソークン。ザーカ・イー星系の行政を司る恒星間大企業の中には、汎用アンドロイドを取り扱う会社も二つほどある。両社合わせて汎用アンドロイド販売の65パーセントのシェアがあるが、P1-0号と同じタイプのものは、確かに見た事が無い。
するとP1-0号はセンサーアイを明滅させて、自己紹介を始めた。P1-0号という名は“俗称”で、正式な形式番号はRI-Q:1000といい、実はおよそ百年前に銀河皇国科学省が試作開発した、感情搭載実証実験機である事と、どのようにして現在の立場に至ったかをかいつまんで、ソークンに告げる。
「なるほど…百年前の。これは興味深い」
そう言って、品定めするような眼でP1-0号を眺めたソークンは、自分の反応に気付いて「これは失礼」と謝罪した。“感情搭載”という点と、ウォーダ家でそれなりの地位を与えられているという点で、もの珍しそうな視線は礼を失していると、感じたのだろう。
するとP1-0号も空気を読んで、穏やかに応じた。
「皆さんが、わたくしにご興味を抱かれるのも、当然と心得ております。どうぞ、お気に病まれる事なきよう」
意識的に電子的な響きを持たせた人工音声は、汎用アンドロイドと似てはいる。だがやはりどこかに、人間の肉声を感じさせる抑揚があって、尚更ソークンの興味を引く。
実はキノッサとP1-0号は、ソークンがこういった反応を示す事も計算して、連れ立ってイーマイア造船を訪れたのだ。“骨董品”…というわけでは無いが、百年前の封印された技術で作られたP1-0号に、ソークンが興味を抱かないはずかないと、予想していた。要は再交渉前の“掴み”である。
「恐れ入ります」
軽く会釈したソークンに、まずキノッサが話し始める。
「先日までの話し合いでは、不躾なお願いを申し上げ、大変失礼致しました」
行き詰った交渉を振り出しに戻す意思を示す、キノッサの言葉だ。そしてさらにキノッサは、ここで小技を見せる。
「イーマイア殿との交渉の経緯を、我が主君ノヴァルナに報告したところ、“交渉の仕方がなっていない”と、きつく叱りつけられまして、仕切り直させて頂いた次第です」
「ほほう。ノヴァルナ公からお叱りを…」
これはキノッサ持ち前の、口の巧さであった。実際にはノヴァルナはこの件に関し、キノッサに全てを任せており、交渉の仕切り直しについても、デュバル・ハーヴェン=ティカナックを通じて報告を受けてはいたが、叱責はしていない。それをノヴァルナから叱責を受けたとソークンに言ったのは、ノヴァルナの見識はそれだけ高いのだと、持ち上げたのである。
「はい。“ザーカ・イー星系の方々の志も汲まずに、こちらの要求のみを通そうとするのは、何事か!”と、それはもう」
これも無論、ノヴァルナの言葉ではない。キノッサの“嘘も方便”もいいところである。だがこの若者の聴かせる話術は、ソークンに対しても有効なようだ。
「ノヴァルナ公が、私共の志を?」
「はい。イーマイア殿ら、ザーカ・イー星系のトップの方々が参加しておられる、銀河皇国惑星文明文化財保存協会…文化財の保存を通して、皇国民の心の財産を守ろうとご尽力されている、その志にございます」
「む………」
考える眼になるソークン。前述の通りこれらの事をノヴァルナから叱責された、というのはキノッサの嘘だった。だがそれを知るはずもないソークンであるから、キノッサの嘘はノヴァルナの文化重視の見識が、高い事を訴える事になる。
「ノヴァルナ公がそのように…」
「はい。とかく財界人の方々は営利目的が最優先という、世間の印象…先入観がございますゆえ理解され難く、ザーカ・イー星系のトップの方々が、こぞって美術工芸品を収集されておられるのも、成金趣味の酔狂と捉えられておられますが、その真意を、ノヴァルナ公はしっかりと理解されております」
「うーむ…」
唸り声を漏らすソークンに、“ここがそのタイミング”とばかりに、キノッサは隣に座るP1-0号からデーダパッドを受け取ると、画面を上にしてソークンの前のテーブルに置き、ゆっくりと差し出した。
「つきましては、こちらをご覧ください」
キノッサはそう言って、ソークンが見下ろす前で、データパッドを操作する。画面が明るく光り、ソークンの前の中空にA4ほどのサイズの、額に入った絵画のホログラムが出現した。キノッサがフジッガ・ユーサ=ホルソミカの協力を得て、手に入れた絵画…例の『レミナス海にて』だ。これを見た瞬間、ソークンの表情が驚きの顔に変わる。
「お…おおお、これはもしや」
身を屈めて乗り出したソークンは、伸ばした両手で『レミナス海にて』のホログラムを包むようにし、声を震わせた。明らかに以前から探し求めていた、あるいは存在を諦めていた…という反応だ。
「はい。アイオウリス=ベイカーの『レミナス海にて』です」
「これを…どこで?」
「さる上級貴族が、長年にわたり秘蔵していたものです」
微笑みと共にさらりと言い放つ、キノッサの口調がソークンには小憎らしく思えた。
▶#14につづく
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