銀河戦国記ノヴァルナ 第２章：運命の星、掴む者

第１話：大義の名のもとに

＃04

　
　宰相セッサーラ＝タンゲンが戦死して十日…イマーガラ家はいまだ誰の口も重く、沈んだ状態のままであった。

　無理もない話だ。現当主ギィゲルト・ジヴ＝イマーガラを盛り立て、家中の内紛からその座につけ、イマーガラ家をトーミ／スルガルム宙域、さらにミ・ガーワ宙域まで事実上支配する大々名にまで伸張させたのは、ひとえにタンゲンの卓越した戦略眼があったが故だからだ。そのタンゲンを失った今、イマーガラの家中が暗鬱となるのも当然である。

　だがそのようなタンゲンであるから、自らの死後の事も考えないはずがなかった。

　タンゲンがその戦略眼をして、将来のイマーガラ家の難敵となるであろう、オ・ワーリ宙域星大名ノヴァルナ・ダン＝ウォーダが、自分の最後の作戦を生き延びた場合の策を、すでに授けられていた人物がいる。イマーガラ家次期筆頭家老の女性、シェイヤ＝サヒナンがその人だ。

　やや突き出し気味の頬骨が印象的で、後ろに束ねた銀髪とアイスブルーの瞳が美しい長身のサヒナンは三十四歳。実父のダイノンに次いで師父であるタンゲンをも、不治の病であるＳＣＶＩＤ(劇変病原体性免疫不全)で亡くし、本人の望まぬままに筆頭家老―――宰相の地位に就いたのであるが、無論、彼女がそれに相応しい才覚の持ち主である事は、疑いようのない話だった。

　そしてサヒナンはタンゲンが持たなかったものを持っている。若さ、さらに戦士としての高い技量である。シェイヤは第３宇宙艦隊を直率するだけでなく、その技量をデータ化され、タンゲンのＢＳＨＯ『カクリヨTS』の総合支援システムに組み込まれて、ノヴァルナを苦しめたほどの、イマーガラ家でも屈指のエースパイロットなのだ。

　イマーガラ家が自分にかける期待を思うと、些か肩に重みを感じるが、今のシェイヤはそのような事は思考の隅に押しやり、薄紅色のエールの入ったグラスを飲み干した。

　着衣はイマーガラ軍の軍装ではなく、青いチュニックを肩から巻いた私服姿、そして座る場所も岩が剥き出しとなった、洞窟の中のような酒場である。丸く大きな木製テーブルが乱雑に並び、様々な惑星の飲み物―――ほとんどが酒類を手に、様々な種族が集まっている。

　ここはいわゆる宇宙酒場という場所だ。そして数か月前にセッサーラ＝タンゲンが、ある人物と直接面会した場所でもあった。その人物とはサイドゥ家次期当主、ギルターツ＝サイドゥである。

　そして今回もまた、ギルターツ＝サイドゥが姿を現した。下顎まで入る編み笠を被り、ゆったりとした着衣を身に着けて、ボディアーマーを装着した傭兵風の二人の護衛を後ろに従えている。

　三人は酒場の奥で待つシェイヤの元まで来ると、ギルターツだけが巨体に似合わぬ素早さで、向かい側の席に座った。二人の護衛はその背後に立ち、周囲の視線を塞ぐ位置を取る。ギルターツは編み笠を脱いで、そのかさばる大きさに僅かに顔をしかめると、空いている椅子の背もたれにそれを引っ掛けた。

「お初にお目にかかる」

　ギルターツは大きな目をぎろりとさせて、シェイヤに声を掛ける。するとシェイヤが応じるより早く、テーブルに仕込まれていたオーダーマシンが起動し、オレンジ色をした円筒形のメニューホログラムが浮き上がって注文を要求して来た。ギルターツは面倒臭げにメニューも見ず、「ウイスキー。オンザロックで」とオーダーを入れる。

　そうしておいて、ギルターツはシェイヤの背後に目を遣った。両側の柱の陰に私服姿の男が二人佇んでいる。気配の消し方からして護衛役の特殊部隊の兵士と思われる。

「初めまして、ギルターツ殿下」

　軽い笑みと共に、シェイヤは頭を下げた。

「タンゲン殿は惜しい事をしましたなぁ。古今東西、あれほどの戦略家はおられませんでしたものを…深き哀悼の意を捧げさせて頂きましょうぞ」

　ギルターツの言葉にシェイヤは、「ありがとうございます」と応じて続ける。

「つきましてはタンゲン様より生前、今後の施策を授かっております。無論ミノネリラ、オ・ワーリとの新三国同盟についても…」

　シェイヤがそう言うと、ギルターツは目を輝かせて「おお…」と反応した。タンゲンの急死で三国同盟の話は立ち消えとなったとばかり、思っていたからだ。とそこにウエイトレスが、ギルターツの注文したウイスキーを運んで来たため話は中断した。

　ウエイトレスが立ち去るとギルターツは、身を乗り出し気味にして話の続きを求める。するとシェイヤは、声のトーンを控え目にしてギルターツへ告げ始めた。

「まず…ギルターツ殿下には、現当主ドゥ・ザン＝サイドゥを討つべき時が来たと、申し上げます―――」

　こうして落花生のような形状の小惑星内部をくり抜いた、ミノネリラ宙域とミ・ガーワ宙域の境目に浮かぶ宇宙酒場で、タンゲンの遺志が形になろうとしていたのである………




▶＃０５につづく