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第1話:大義の名のもとに
#05
しおりを挟むそれから三日後、スェルモル城の会議室に居並ぶナグヤ=ウォーダ家の重臣達は、当主ノヴァルナの発した言葉に唖然とした。
全員の気持ちを代弁して問い質したのは、BSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタである。女性『ホロウシュ』のランの父親だ。
「こちらから、キオ・スー家に仕掛けるのでありますか?」
「おう!」
扇状に机が並ぶ会議室のその要の位置で、ふんぞり返って座るノヴァルナはあっけらかんと応じた。軍装の前を開けっぴろげにしている様《さま》は、まるで学生服の前をはだけさせた、少々やさぐれた高校生のようだ。
そんなノヴァルナが発した言葉が、これまでとは逆に、ナグヤ側からキオ・スー家を攻撃しようというのだから、重臣達が驚くのも無理はない。
「なぜにございますか?」とサンザー。
「決まってんだろ。キオ・スー家を討つ、大義名分が手に入ったからさ」
ノヴァルナがそう答えると、筆頭家老のシウテ・サッド=リンが尋ねる。
「大義名分とはつまり、シヴァ家のカーネギー姫をナグヤに迎え入れ、シヴァ家廃嫡を目論んだキオ・スー家を逆臣として討伐する…という事にございますか?」
「そういうこった。さすがはシウテの爺、よく分かってるじゃねーか」
そのような事で褒められても…と言いたげに、シウテは熊のようなベアルダ星人の顔を曇らせた。だがノヴァルナはシウテの反応などお構いなしに、全員に向かって話を続けていく。
「ウォーダ家は今でも、名目上はシヴァ家の配下。主家の滅亡を企むキオ・スー家を討伐するという話なら、こちらから戦う理由になるだろ」
とノヴァルナは言うが、はじめに問い質したサンザーも、他の重臣達も程度に差はあっても皆、そう言った理由付けなら理解している。問題はなぜこの時期に仕掛けるのか、という事だ。ナグヤ=ウォーダ家は先日の、イマーガラ家と戦ったムラキルス星系攻防戦で大損害を受け、それ以前の戦いで消耗した戦力を回復しかけていたのが、水泡に帰してしまったからである。
その事にサンザーが触れると、ノヴァルナは少々的外れな言葉を返す。
「ま、鉄は熱いうちに打て…って言うからな」
「とは言え、戦力的に不利なのは、揺るがぬ事実ですが」
サンザーに続き、冷静沈着な女性家臣で、重巡部隊の第9戦隊司令を務めるナルガヒルデ=ニーワスも、批判的な意見を述べた。
ムラキルス星系攻防戦で大損害を受けたナグヤ軍は、イマーガラ家に寝返った独立管領のハーナイン家が治める、ティラモルドラ星系討伐のために分離した部隊の他は、ほとんどの艦が修理ドックへ入渠している状況だ。三日前にカーネギー=シヴァを救出に向かった総旗艦『ヒテン』も、修理途中を強引に引っ張り出したようなものである。
そんな中でナルガヒルデが率いていた第9戦隊は、ノヴァルナ本隊と行動を共にして最前線で戦い、さらにティラモルドラ星系派遣隊にも参加。編成された重巡6隻をほぼ無傷で帰還させており、運用手腕を高く評価されていた。つまり批判的な発言も認められる立場にある。
ただ近頃のナルガヒルデは、ノヴァルナよりもその弟のカルツェを支持する派閥と距離を近くしており、見ようによってはノヴァルナ自身への批判とも取れた。しかしノヴァルナは気にするふうも無く、いつもの不敵な笑みを浮かべてナルガヒルデの言葉に応じる。
「戦力ならあるさ。無傷なのがな」
「は?」
眉をひそめるナルガヒルデからノヴァルナが視線を移したのは、斜め左でこちらを向いて座っている、弟のカルツェ・ジュ=ウォーダだった。ノヴァルナは不敵な笑みを大きくし、まるで雨の日に余った傘でも借りるような軽い口調で告げる。
「カルツェ。おまえんとこの戦力を出してくれや」
それを聞いてギクリとしたのは、当のカルツェではなく周囲に座る彼の取り巻き―――ミーグ・ミーマザッカ=リンや、クラード=トゥズークといった者達だった。カルツェの直率する戦力はムラキルス星系攻防戦に際し、サイドゥ家から留守居の応援部隊を得る事を不服として、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータの部隊以外、参加していなかったからである。
いや…それ以上に、ミーマザッカやクラードの思考の裏には、自分達の戦力を、ノヴァルナから実力で当主の座を奪い取る必要が生じた場合に備え、温存して置きたいという思惑があった。それをこの戦いで戦力を投入し、消耗してしまっては元も子もない。そして何よりカルツェ派は、ノヴァルナを廃し、カルツェをナグヤ=ウォーダ家の当主にするという点で、陰でキオ・スー家と協力関係にあるのだ。
痛点を突かれたような表情で押し黙るミーマザッカ達。ところが彼等の思わぬ反応をカルツェは見せた。表情を消したまま静かに応じる。
「承りました。戦力を出しましょう…」
▶#06につづく
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