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第1話:大義の名のもとに
#08
しおりを挟むキオ・スー城の広い廊下を足早に歩き、城主であるディトモス・キオ=ウォーダの執務室へやって来た、キオ・スー家筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイは、扉をノックして、その向こうからの「入れ」という言葉と同時に把手を掴んだ。
扉を開け、中へ入ると間を置かずに、ディトモスへ告げるダイ・ゼン。
「殿。大うつけが我等に、宣戦布告致しましたぞ」
どこか悪いのではないかと疑いたくなる、頬のこけたダイ・ゼンだが、その眼は爛々と輝いている。執務室にいながら仕事をするでもなく、大型ホログラムスクリーンで古い映画を鑑賞していたディトモス・キオ=ウォーダは、驚く素振りも見せずに「そうか」と応じると、太り気味の腹を捻ってダイ・ゼンに振り向いた。
「―――だが危険な賭けだ。ぬかりはないであろうな?」
念を押すディトモスに、ダイ・ゼンは「全て万端にて」と頷く。
実はキオ・スー家でも、カーネギー=シヴァを取り逃がし、ナグヤ家に逃げ込んだ場合の事を想定していたのだ。そしてその想定の中には可能性の高いものとして、カーネギー=シヴァを前面に置いた、ノヴァルナの軍事行動があった。
その理由として第一に挙げられるのは、連戦を繰り返して消耗したナグヤ家の戦力が、もはやキオ・スー家の戦力に追いつく事が不可能なレベルにまで、差が開いた事だ。
本来、キオ・スー家の配下であったナグヤ家が、その工業生産力を主家のキオ・スーと同等にまで増大させたのは、かつてノヴァルナの父ヒディラスがミ・ガーワ宙域へ侵攻して、ヘキサ・カイ星系周辺を占領、ナグヤ家の支配領域としたからである。
しかしそれを失陥した現在、生産力は大きく後退して経済も疲弊、新造艦の補充はおろか、損傷艦の修理も遅れがちとなっている。それに対してキオ・スー家は昨年の、『カルル・ズール変光星団会戦』でノヴァルナの部隊と戦い、第1艦隊、第4艦隊、第1機動部隊に大きな損害を出しはしたが、すでにその補修は完了していた。
ナグヤ家がこの差を埋める事は困難で、むしろ広がっていく一方だ。そうであるなら、ナグヤ家としては戦力比がまだ近い今のタイミングで、決戦を仕掛けたいところのはずである。それに今であれば、サイドゥ家からの援軍も得る事が出来る。カーネギー=シヴァを保護し、キオ・スー家に殺害された父親の敵討ちを行う事は、ナグヤから攻撃を仕掛ける絶好の大義名分だ。
ダイ・ゼン=サーガイはこれまで戦場でこそ“無能”だったが、ウォーダ宗家の一つの筆頭家老を務めているだけあって、戦略的なものの見方は確かであった。
ノヴァルナの方から仕掛けて来る以上、戦力不足を補うために、対立している弟のカルツェとも一時休戦するはずで、カルツェも休戦を受け入れて、今回はノヴァルナの味方となったに違いない。
さらにノヴァルナの叔父で、モルザン星系独立管領ヴァルツ=ウォーダが今回もまた、ノヴァルナのために部隊を派遣するはずで、それに加え、ムラキルス星系攻防戦の時のように、ミノネリラ宙域星大名のサイドゥ家からも、増援部隊が駆け付ける可能性がある。
それを承知でダイ・ゼンに慌てる様子が無いのは、こちらも今回はイマーガラ家と連携しているからであった。セッサーラ=タンゲンが生前シェイヤ=サヒナンに授けた、自分の死後の行動策定に、今回のケースの戦略も記されており、それがシェイヤを通じダイ・ゼンの手元にも届いていたのだ。
それによると、モルザン星系のヴァルツには、イマーガラ家に寝返ったナルミラ星系のヤーベングルツ家に加え、モルトス=オガヴェイ指揮のイマーガラ軍第5艦隊を差し向けて動きを封じ、ミノネリラ宙域ではサイドゥ家次期当主、ギルターツがナグヤ家への増援部隊派遣を阻止。動けるのはナグヤ家の戦力のみとなるよう、シェイヤが手配するという事だ。ナグヤ家のみの消耗した戦力なら、キオ・スー家の戦力でも撃滅出来るだろう。
「我等もあまり悠長に、構えておられませんからな―――」
そう言って、ダイ・ゼンは陰湿な笑みを浮かべ、続けた。
「ノヴァルナめを早々に始末し、カダール殿が政権掌握に手間取っているうちに、イル・ワークラン家も排除せねば、面倒事が長引きまする」
ダイ・ゼンが口にしたように、キオ・スー家の真の目的はもう一つのウォーダ宗家であるイル・ワークラン家を滅ぼし、キオ・スー家のみでオ・ワーリ宙域を支配する事だ。つまりナグヤ家の排除はまだ、その前段階でしかない。
「とは申せ、油断は大敵。今度こそ身に染みておるであろうな? ダイ・ゼン」
「無論の事…」
これまでノヴァルナに敗れ続け、『カルル・ズール変光星団会戦』では弟のジーンザックまで失ったダイ・ゼンには、もはやこれまでのような、ノヴァルナを侮るような表情は無かった………
▶#09につづく
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