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第1話:大義の名のもとに
#09
しおりを挟むそしてさらに翌日、ノヴァルナはキオ・スー家の直轄領地アイティ大陸の西海岸、ナガルディッツ地方の住民に対し、同地方からの避難を勧告した。
ナガルディッツ地方は、キオ・スー城のあるキオ・スー市から南へ約二百キロ。亜熱帯に属し、平原となだらかな丘陵が広がる田園地帯である。アジ・ク市を中心に幾つかの町が放射線状に配置されている。
ノヴァルナからの避難勧告は、まさにナグヤ軍の地上部隊がキオ・スー家に対して、攻勢をかける場所を教えている事になる。ナグヤ軍にとっては自ら不利な情報を与える結果になるが、これは主君ノヴァルナの意志でもあった。
キオ・スー家が領地とするアイティ大陸の住民であっても、同じウォーダ家の領民であり、ノヴァルナは自分達が勝利してキオ・スー家を併呑した後の事を考えれば、避難勧告もなしに戦闘を行って巻き込んでしまうといった、領民達に対し禍根を残すような事は、なるべく控えたいと考えたのだ。
一方のキオ・スー家からも、ナガルディッツ地方へ避難勧告が出された。こちらは元から直轄地の領民であるから、粗略に扱うわけにもいかない。両家とも戦争であっても思いのほか紳士的な振る舞いだが、これも事実上、同じ一族の二つの星大名家が、一つの惑星に本拠地を構えているという、惑星ラゴンならではの特殊なケースだからである。
またそれに加えて、キオ・スー家がナグヤ家の避難勧告に賛同したのには、自分達が裏でイマーガラ軍と連携しているという、余裕があった事も推察出来た。
ノヴァルナのナグヤ=ウォーダ軍は総司令部をナグヤ城へ置いた。スェルモル城は行政の中心として建造されたため、防御力は旧本営のナグヤ城の方が高いからだ。
総司令官は前述の通り、シヴァ家の新当主カーネギー=シヴァが務め、総参謀長にシウテ・サッド=リン。スェルモル城には副司令官としてノヴァルナの弟カルツェ。宇宙軍司令官はノヴァルナ。アイティ大陸侵攻軍の司令官は、カルツェの側近カッツ・ゴーンロッグ=シルバータである。ただカーネギー=シヴァの総司令官は名目上に過ぎず、実際にはノヴァルナが全軍の指揮を執る形だった。
対するキオ・スー側は総司令官は当主のディトモス・キオ=ウォーダ。総参謀長は筆頭家老のダイ・ゼン=サーガイ。地上軍司令官はチェイロ=カージェス。宇宙軍司令官はソーン・ミ=ウォーダという配置である。
こうしてさらに三日が過ぎ、三月二十一日の夕刻。ナグヤ城の地下にある作戦司令室では、長官席の前に立つ軍装姿のカーネギー=シヴァ姫と、その両側背後の二人の側近に向き合って、ナグヤ軍の各司令官が出陣の挨拶を行っていた。長い金髪を頭の後ろで巻き上げ、小ぶりな軍帽を被ったカーネギーの背筋を伸ばした姿は、目のきつい印象もあって、凛々しくもどこか人形のような無機質さを感じさせる。
カーネギーの父ムルネリアス=シヴァの仇である、キオ・スー家への誅罰の誓いを述べ終え、ノヴァルナの動きに従って一斉に頭を下げるナグヤ家一同に対し、カーネギーは神妙な面持ちで応じた。
「ありがとうございます、宜しくお願い致します。皆様にご武運を…」
作戦司令室を辞したノヴァルナは、各司令官と別れ、『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタ、タルディ・ワークス=ミルズ、クローズ=マトゥを引き連れ、総旗艦『ヒテン』に乗り込むため、城のシャトルポートへ向かった。
すると途中で、通路の真ん中に立つノアの姿を発見する。ノアは両側背後に侍女兼護衛役の、カレンガミノ双子姉妹を控えさせていた。ノアはウォーダ家の軍装、双子姉妹はサイドゥ軍のパイロットスーツを着用している。
「なんだまた、物々しいじゃねーか」
不敵な笑みを浮かべるノヴァルナに、ノアはわざとむくれた表情を返し、黙り込んでみせた。何か言いたい事があるのだと勘付いた、ノヴァルナの笑みが大きくなる。
「ただの見送りじゃ、なさそうだな?」
「………」
「言ってみ?」
「私、今度の作戦でも、まだ何の役目も貰ってないんだけど?」
それを聞いてノヴァルナは、“どうせそんな事だろう”とばかりに、不敵な笑みを苦笑いに変えた。実は前回のムラキルス星系へノヴァルナが遠征した際、ナグヤ城の防衛をサイドゥ家の重臣モリナール=アンドアに任せた事が、ノアには不満だったらしいのだ。いや、アンドアの人選に不満だったのではない。自分には何の役目も与えられず、ただ守られるだけだったのが不満だったのである。
別段、星大名の妻が夫の軍事作戦に関わる必要はないし、そんな例は皆無に等しい。しかしノアは違っていた。戦いを好んではいないが、ノヴァルナと共にありたいという気持ちから、何の役にも立てずにいるのが我慢ならないのだ。それに俗っぽい部分でノアがつい意識してしまうのは、ノヴァルナの傍らに常にいる、ランという女性の存在である。
正直なところ、ノアはノヴァルナとランの間に過去、何があったかを薄々感じ取っていた。皇国暦1589年のムツルー宙域から生還して、ウォーダ家の艦に収容された時、ノヴァルナを出迎えたランの表情で、同じ女性としての勘―――いわゆる“女の勘”が働いたのだ。
無論、自分も星大名の娘であるから、主従の間でそういう関係が生まれる場合もあるのは理解しているし、自分がノヴァルナと出逢う以前の事を、とやかく言うつもりもない。ノヴァルナとランの間でも、一夜の過ちとして気持ちの整理がついているようでもある。
だがそれでもノアは意識せざるを得ない。自分もまだそれほど人生経験を積んだわけではないが、“焼け木杭に火が付く”という言葉がある通り、簡単に割り切れないのが人の感情であるからだ。
であるならば、自分も努力しなければならない。ノヴァルナを常に自分に振り向かせておくように―――慢心に足元を掬われるのは、戦《いくさ》も恋も同じに違いない…そう思って動こうとする辺りは、やはりノアは“マムシのドゥ・ザン”の娘であった。
ノアの気持ちを知ってか知らずか、ノヴァルナは両腕を広げ、わざとらしい芝居口調を交えてノアに問い質す。
「おお…愛する君は、僕を待っていてくれるだけで―――ってのは?」
「そういうの、要らないから」
間髪入れず、つっけんどんに言葉を返すノアに、ノヴァルナはやれやれ…と言いたげな顔で、頭を掻いた。うやむやにしようと放っておいたのだが、出撃前のこのタイミングで向こうから斬り込んで来られてはしょうがない。
「わーったよ。んじゃ、俺の居城の防御司令官でどうだ?」
「えぇー。私、第2艦隊司令が―――」
「それ駄目!」
ノアが口にしかけた大胆な希望に、ノヴァルナは思わず真顔になって遮った。基幹艦隊司令官などにすれば、前線でBSHOに乗って飛び出しかねない。その慌てぶりにノアは笑顔を見せた。よしよし、私、愛されてる―――
「わかったわよ。だけど防御司令官は、約束だからね」
塞いでいた通路を傍らにどいて、道を空けながらもさらに、言質を取るだけでは済まさないノアに、ノヴァルナは諦め顔で応じた。
「オーケー。『ヒテン』に乗ったら、命令書送るぜ」
▶#10につづく
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