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第2話:混迷は裏切りとともに
#06
しおりを挟むキオ・スー城の戦術状況ホログラムは、プラント衛星の落下コースに変化がない事を表示していた。狙撃点まであと三分を切っている。ディトモス・キオ=ウォーダは忌々しそうに呟いた。
「大うつけめ…本当にあれを、この城へ落とすつもりだと見える―――」
キオ・スー市の領民の命を何とも思わぬとは…あのナガルディッツの領民への避難指示は、このための芝居であったという事か、なんという悪逆非道な―――と、ディトモスは考えを巡らせて、“やはりあの大うつけは、殺しておかねばならん”と結論付ける。
そのディトモスの斜め前に立つダイ・ゼンは、戦術状況ホログラムの真ん中に浮かぶカウントダウン―――プラント衛星の狙撃点到達までの時間を睨みながら、背筋を伸ばして下令した。あと二分だ。
「各基地、一斉射撃用意!」
だがこの時、キオ・スー側の誰もが見落としている事があった。ノヴァルナがなぜ、プラント衛星の近くに張り付いたままでいるのか、である―――
ただ単にプラント衛星をキオ・スー城に落下させるだけであるなら、遠隔制御でコースを固定しておくだけでもいいはずだった。大気圏への進入角度と方向さえ与えておけば、あとは惑星ラゴンの引力によって勝手に落下して行くからだ。言ってしまえば、ノヴァルナも落下を始めたプラント衛星を放置して、キオ・スー部隊との戦闘に参加してもおかしくはないし、普段なら間違いなくそうしていただろう。
しかし『センクウNX』の、あまり広いとは言えないコクピット内には、プラント衛星の制御に関するデータホログラムが、幾つも浮かんだままだった。そのホログラムの一つにはカウントダウンが表示されている。
ノヴァルナはホログラムキーボードのEnterキーに人差し指を置き、そのカウントダウンを見詰めていた。しかも奇妙な事にそのカウントダウンは、キオ・スー城でダイ・ゼン=サーガイが見ているカウントダウンより、進行が早い。
「ラン。艦隊への前進命令と、前進針路の送信準備は?」
ノヴァルナが尋ねると、ランは落ち着いた口調で応答する。
「準備完了。いつでもどうぞ」
「オッケー。じゃあやるぜ、丁度十秒前だ…五、四、三…開始!」
そう言ってノヴァルナは、指を置いていたEnterキーを抑えた。途端にプラント衛星の下部姿勢制御用重力子パルサーが、一斉に黄色い光を放つ。巨大なプラント衛星の下部から波紋のように広がった、黄色い光の反転重力子のリングに驚いたのは、ディトモスやダイ・ゼンら、キオ・スー城中央作戦室の面々だった。
「プ、プラント衛星! 姿勢制御用重力子パルサーを作動!」
「なっ!…どういう事だ!!??」
オペレーターの狼狽した口調の報告を聞いて、疑念の声を大きく上げたのはディトモスである。狙撃点まであと二分足らずという位置で、この想定外の状況だ。ディトモスはそのままダイ・ゼンを睨み付けるが、ダイ・ゼンも当然、このような事態は考えていなかった。城の防御指揮官に思わず詰め寄る。
「馬鹿な。今になって、落下を断念したのか!!??」
下部姿勢制御用パルサーから反転重力子を放出したのであれば、プラント衛星は再び宇宙空間へ向かい始めるという事だ。あの大うつけ得意のハッタリに、またもやしてやられたのか―――「わかりません」と困惑した顔で応じる防御指揮官に、ダイ・ゼンはそう考えて歯噛みしそうになる。
ところが今回の場合は、単なるハッタリなどではなかった―――
事態を確認したオペレーターが、戦術状況ホログラムに最新情報をアップロードするのと同時に、叫ぶように報告する。
「プラント衛星の予想コースを再計算。突入角度が浅くなったため、大気圏表層でバウンドして加速。月面基地『ムーンベース・アルバ』への、落着軌道に乗る模様!」
「なんだと!!」
それを聞いたディトモスは、血相を変えて席から立ち上がった。『ムーンベース・アルバ』の工廠と補給施設は、キオ・スー=ウォーダ家宇宙艦隊の生命線である。これを失陥する事は、是が非でも避けなければならない。「すぐに破壊を―――」と命じかけるディトモス。しかしそれをダイ・ゼンが「お待ちください」と遮る。
「なんだ、ダイ・ゼン?」とディトモス。
「データをよくご覧ください。『ムーンベース・アルバ』への落着と申しましても、現在のプラント衛星の加速率ならば、38時間近くはかかります。ノヴァルナめを片付けたあとで制御権を取り戻し、停止させても充分に間に合いましょう」
ダイ・ゼンの言葉に、戦術状況ホログラムを再確認したディトモスは、少し緊張が解けた様子で「な、なるほど」と頷く。その間にプラント衛星は大気圏に接触し、弾かれて、横転しながら再計算通りのコース―――再び宇宙へ向かい始める。
▶#07につづく
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