33 / 508
第2話:混迷は裏切りとともに
#12
しおりを挟む『レイギョウ』艦橋の戦術状況ホログラムには、こちらを追い込もうとするノヴァルナのBSI部隊と、散開して雷撃態勢に入ろうとする重巡部隊が映し出されている。『レイギョウ』を取り込んだBSIユニットの半包囲陣に、重巡部隊が蓋をする格好だ。
「舐めおって! 左舷回頭して最大戦速。BSIの包囲など突き破れ!」
怒声混じりに命令を下すソーン・ミ=ウォーダ。その前の命令といい、艦の運用は艦長の職務だというのに、完全にそれを無視している。それだけ焦りがあるという事か。
だが、たかだか二十機のBSIユニットの包囲など、総旗艦級戦艦がその巨体をもって突き破るのは、その気になれば容易いことも確かだ。おまけに護衛の宙雷戦隊が蹴散らされた事で、かえって艦の行動に自由が得られている。
「コース288プラス16。包囲網を突破する!」
ソーン・ミに追従する形で『レイギョウ』に変針を命じる艦長。艦長が指示したのは、量産型『シデン』が僅かに偏って、包囲網に歪みが生じている個所だった。専用の親衛隊仕様『シデンSC』を先の戦いで失った、『ホロウシュ』四機が集まっている。
そこへ向かおうとした『レイギョウ』だが、ノヴァルナの『センクウNX』をはじめとする他の機体が、突破位置へ群がって来る。
「む、罠か。コース変更、262マイナス08へ全速だ!」
包囲網の隙が、こちらを誘い込むための計略だと考えたソーン・ミは、艦長が指示を出すより先に更なる変針を命じた。一応、敵のBSI部隊をやり過ごすコースではあるが、脊髄反射的に思えるソーン・ミの命令を、艦長が止めに入る。
「お待ちを! 変針コースの選定は、もっと慎重に―――」
「そんな悠長な事をしていられるか!!」
叫んだソーン・ミは戦術状況ホログラムを指さす。後方から方形に展開して迫るナグヤ家の重巡航艦六隻のマーカーには、すでにこちらを魚雷の照準センサーに捉えた、ロックオン警報の赤いサインが点滅していた。やはりイェルサス=トクルガル強奪作戦の時の、包囲されて追い回されたトラウマが大きいのだろう。必死の形相でさらに叫ぶソーン・ミ=ウォーダ。
「いいからコース変更だァッ!!!!」
なおも翻意を促そうとした艦長だが、その言葉を口にする前に、ソーン・ミは一方的に命じる。
「おまえは、敵重巡の魚雷攻撃に備えていろ!!」
新たな変針を終えた『レイギョウ』は、艦尾の重力子ノズルからオレンジ色の光のリングを重ねて発し、緊急退避に移った。包囲網を突破し、再度味方の戦艦部隊と合流。態勢を立て直すのが目的だ。月面基地方面まで全艦隊を引く事になっても仕方ない。
ところがその時、ソーン・ミ=ウォーダの思考の外で発射命令を下した者がいた。
「た…対宇宙ビーム砲台、撃ち方はじめ!」
躊躇いがちにその発射命令を下したのは、シウテ・サッド=リンに発令のタイミングを耳打ちされたシヴァ家新当主、カーネギー=シヴァ姫である。
この戦いのナグヤ側総司令官であるカーネギー姫から発せられたその命令は、ナグヤ家の領有するヤディル大陸東海岸の対宙砲台に伝えられ、約二十基の砲台が真夜中の黒い水平線スレスレに向けて、眩いビームを一斉にほとばしらせた。
「ナぁッ! ナグヤ家のヤディル大陸から砲撃が!!」
総旗艦『レイギョウ』のオペレーターが驚愕の声を上げて振り向く。予想外の報告に、言葉を失って呆然とするソーン・ミ。それを押しのけるように艦長が叫ぶ。
「緊急回避だ!!!!」
咄嗟に右舷上方へ舵を切る『レイギョウ』。しかし六…いや八本のビームがその艦腹を捉えた。ノヴァルナが仕掛けた、『ホロウシュ』による反包囲から始った一連の流れは、全てが『レイギョウ』を、ナグヤ家対宙砲台の射程圏内へ追い込むための罠だったのだ。
それまでのノヴァルナや『ホロウシュ』による対艦徹甲弾の攻撃が、ボクシングで言うところのボディブローだとすれば、ヤディル大陸からの戦艦級の対宙砲撃は勝負を決める右ストレート、あるいは左フックであった。
無数の対艦徹甲弾を受け続けた事で、出力が低下していたエネルギーシールドは物の役に立たず、連続して直撃を受けた総旗艦の外殻には大穴が穿たれる。
「左舷対消滅反応炉、緊急停止!」
「重力子ジェネレーター、総出力38パーセントに低下!」
「艦体メインフレームに亀裂、艦がもちません!!」
舷側に空いた大穴から爆炎を噴き出す『レイギョウ』の、激しく揺れる艦橋にも火の手が回る。司令官席の肘置きにしがみつくソーン・ミに、艦長は硬い表情で告げた。
「この艦はもう終わりです。あとは私にお任せ頂き、脱出を!」
その艦長の言葉に、ソーン・ミはまるで白日夢でも見ているかのような、信じられないといった顔を向ける。
「な、何を言っている艦長…この艦は『レイギョウ』だぞ…総旗艦だぞ…」
現実を受け入れられずに、茫然として無意味な言葉を口にするソーン・ミを見て、艦長は“この方はもう駄目だ”と思ったのか、傍らにいた艦隊参謀に告げた。
「艦隊首脳はお早くシャトルへ、最寄りの駆逐艦を呼びますのでご移乗下さい!」
そして艦長はオペレーター達に振り返って退艦命令を出す。
「総員退艦を発令! 至急だ!!」
総旗艦『レイギョウ』に総員退艦命令が出た事は、ノヴァルナの『センクウNX』でも傍受出来た。ノヴァルナはすかさず、第9戦隊司令官のナルガヒルデ=ニーワスに連絡を入れる。
「ナルガ。雷撃まて」
第9戦隊は『レイギョウ』めがけて、統制雷撃を開始する寸前だった。だが『レイギョウ』に退艦命令が出た事を知ったノヴァルナは、敵兵に脱出の猶予を与えたのである。理由はBSI親衛隊を殺さなかった、先ほどのカーナル・サンザー=フォレスタと同じだ。総旗艦の乗員ともなれば、鍛え上げられた精兵揃いのはず。そんな者達をこのような内紛で死なせるのは惜しいと、ノヴァルナは考えたのだった。
無論、ノヴァルナがこういった心境に至るまで、時間は必要であった。ここまでの戦いではまず、自分が生き延びる事が先決だったからだ。そして敵総旗艦の撃破という、戦いの趨勢が決定的となった事で、星大名として見る大局から、不必要な人的損害は敵味方に関わらず抑えるべき状況だった。
ここで生き延びた敵が後日、また自分の命を狙う事になる可能性はある。だがもはや、キオ・スー=ウォーダ家の敗北は必至であり、ノヴァルナとしてはそのあとの事も考えるべき段階に、達していたのである。
これまで散々、ナグヤ家に敵対して来たキオ・スー家は断絶させるつもりだが、その配下に関しては、これからのオ・ワーリ宙域統一に向けて貴重な戦力となり得る。そのためにも今後はノヴァルナとキオ・スー、どちらに忠誠を誓うか、選択する余地を与えてやらねばならない。それゆえにノヴァルナは、キオ・スー宇宙艦隊総旗艦から脱出していく救命ポッドを見逃した。
ただその余裕が、ソーン・ミ=ウォーダらキオ・スー艦隊首脳陣に、脱出のチャンスを与えたのも確かだった。『レイギョウ』から射出される無数の救命ポッドに紛れて、幹部用と思しきシャトルが離脱に成功したのである。
▶#13につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる