32 / 508
第2話:混迷は裏切りとともに
#11
しおりを挟む着弾の振動が絶え間なく続く『レイギョウ』の艦橋では、艦隊司令官を務めるソーン・ミ=ウォーダが、艦の運用は艦長の職務であるにも関わらず、声を荒げて命令を発していた。
「左舷方向に脱出、至急である! それと敵のBSI部隊を引き剥がせ。宙雷戦隊は何をしているというのだ!!」
星大名家宇宙艦隊の総旗艦だけあって、多少の対艦徹甲弾を喰らったぐらいでは、『レイギョウ』はびくともするものではない。だがそれに乗っている、司令官の心理状態はまた別物だ。
ソーン・ミ=ウォーダは昨年秋のイェルサス=トクルガル強奪作戦の際、これを阻止したノヴァルナと『ホロウシュ』達によって、乗艦を包囲されて逃げ場を失い、旗艦ごと人質にされるという、武人としてはこの上ない恥辱を受けていた。その記憶がトラウマとなり、今回の戦いで、ノヴァルナと『ホロウシュ』で構成されたウイザード中隊の接近を、必要以上に恐れて回避運動を繰り返していたのである。
それが今しがたの、まるでトリックのような機動で突然出現した半包囲の網で、現実として迫って来たとなれば、ソーン・ミの狼狽も想像がつくというものだ。
しかもこのような総旗艦の慌てふためいた回避運動が、キオ・スー艦隊全体に動揺と士気の低下をもたらした。前進してきたナグヤ艦隊に各所で陣形を突き崩され、味方艦隊同士の連携が取れなくなり始めたのである。
ノヴァルナは自分の機体周囲の敵味方の展開を、戦術状況ホログラムで確認し、近くまで進出して来ている、ナルガヒルデ=ニーワスの重巡第9戦隊を呼び出した。戦術状況ホログラム上の通信キーを指先で触れ、さらに第9戦隊のマーカーに触れると、自動的に周波数のチューニングが行われ、回線が繋がる。
「9戦、ノヴァルナだ。ナルガを出せ。音声だけでいい」
ナルガヒルデの乗る旗艦から「了解」と応答があり、十秒も経たないうちに当人が通信回線に出る。戦闘中であっても女性教師を思わせる落ち着き払った声だ。
「はい、殿下」
「おうナルガ。『レイギョウ』の周りにくっついて来る、敵の宙雷戦隊を砲撃で排除してくれ。そしたら俺達で『レイギョウ』をそっちの方へ追い込むから、統制雷撃でありったけの魚雷を叩き込むんだ」
迎撃に駆けつけて来た、キオ・スーの攻撃艇に銃撃を浴びせて破壊しながら、ノヴァルナはナルガヒルデに命じた。
ナルガヒルデの反応は素早く、「かしこまりました」と応じて通信を終えると、第9戦隊はすぐに増速しつつ、『レイギョウ』の周囲を並走する護衛の軽巡や駆逐艦に対して、艦砲射撃を開始した。目まぐるしく飛び回るノヴァルナと、『ホロウシュ』達を迎撃しようと必死になっていたキオ・スーの宙雷戦隊は、この横合いからの砲撃に対処しきれず、たちまち被害が拡大してゆく。対BSI戦闘で艦同士を近付け合っていたためだ。
艦腹に連続して主砲弾を喰らった軽巡が、錐揉みを起こして惑星ラゴンに落下を始めたかと思えば、艦首を吹っ飛ばされた駆逐艦が、大回転状態で衛星軌道から弾き出され、宇宙の彼方へ飛び去る。重巡部隊へ個々に回頭し、応戦を試みた軽巡と駆逐艦が針路を重ねてしまい、激突したところへ二隻の重巡から砲火を集中されて爆発する。
“やっぱ使えるなぁ、ナルガは…”
ノヴァルナは内心でそう呟き、敵の宙雷戦隊を着実に削り取っていく、ナルガヒルデの手腕に感心した。日頃の言動から派手好きな印象のノヴァルナだが、実際はナルガヒルデのような堅実な家臣を欲していた。そしてナルガヒルデには、高い部隊指揮能力だけでなく、自分から志願してカルツェ派に潜り込み、情報収集を行ったように胆力もある。
“この戦いが終わったら出世させて、戦艦戦隊か空母打撃群でも任せてみっか”
有能な奴はどんどん重用して、その功に報いてやらなきゃな―――そう自分自身に結論付けたノヴァルナは、機体を急旋回させ、下から突き上げるように『レイギョウ』の艦底に、対艦徹甲弾を三度、四度と撃ち込んだ。さしもの総旗艦級戦艦も、二十機のBSIから無数の徹甲弾を浴びせられ続け、動きが鈍くなっている。迎撃用装備も破壊され、満足な反撃も出来ない。
しかしノヴァルナらウイザード中隊も、対艦徹甲弾が尽きかけていた。『レイギョウ』はその外殻を覆うエネルギーシールド自体は健在であり、半端な威力のビームや通常弾では貫通させられない。仕留めるにはとどめとなる、あとひと押しが必要だった。
一方『レイギョウ』でも当然、自艦の危機的状況は十分理解している。先ほどのノヴァルナと重巡部隊の通信を傍受しており、そのとどめとして用意しようとしているのが、重巡部隊の統制雷撃だとの参謀達の判断だ。今の艦の状態では数十本の魚雷攻撃に、耐えられるはずはない。
▶#12につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる