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第2話:混迷は裏切りとともに
#21
しおりを挟む一方、ヴァルツ艦隊の奇襲まがいの造反行為を受けたナグヤ艦隊は、キオ・スー城の戦術状況ホログラムが示していたように、大混乱に陥った。
ヴァルツを信用しきっていたナグヤ艦隊は、キオ・スー城艦砲射撃にあたり、ヴァルツ艦隊を本陣後方に配置していたため、ノヴァルナの乗る『ヒテン』を含む総旗艦部隊が、いきなり直接攻撃を背後から受ける形になったからである。
不意を突かれ、『ヒテン』にも数発の攻撃を喰らったナグヤ艦隊は、激しく動揺。そのためヴァルツ艦隊への反撃も振るわず、分断された艦隊はナグヤ家の領土、ヤディル大陸上空まで追い返されたのだった。
そしてナグヤ家の家臣達を一番困らせたのは、信頼していた叔父のヴァルツに裏切られる形となった、当主ノヴァルナの行動である。
ヤディル大陸上空まで撤退した『ヒテン』の艦橋で、「やってられっか!!」と激昂した挙句、腹いせに司令官席を思い切り蹴り飛ばして、自分の足首を痛めてしまい、さっさとナグヤ城へ戻って来ると、駄々をこねたように執務室へ閉じ籠ってしまったのだ。
無論ナグヤ家当主が、こんな事をしている場合ではないのは明白だった。戦いはまだ終わりを告げておらず、ヴァルツ艦隊の造反行為で事態は一転して、予断を許さなくなっているのである。
すぐに筆頭家老のシウテ・サッド=リン以下、重臣達がノヴァルナの執務室を訪れ、今後の指示を仰ぐために出て来るよう説得を始めたのだが、これが一向に埒が明かない。シウテ達の呼び掛けにも、ノヴァルナは鍵を掛けた扉を開こうとはせずに、不貞腐れた声で「やなこった!」と「おまえらで勝手にやれ!」を繰り返すだけだ。
そこでシウテ達が考えたのは婚約者のノア姫から、ノヴァルナを説得してもらうという手であった。普段から我儘放題のノヴァルナだが、不平を言いながらもノアの言う事だけは聞くからである。
その時ノア姫はシヴァ家当主のカーネギー姫と良く晴れた日の下、ナグヤ城のテラスで午後のお茶を楽しんでいた。侍女兼護衛役のカレンガミノ姉妹もいる。これ幸いとシウテ達はノヴァルナの説得をノアに依頼する。ところがノアの反応は期待外れもいいところであった。「申し訳ありませんが―――」と前置きして、さらりと突き放す。
「私はノヴァルナ様の戦いについて、口出しするつもりはありませんので」
その素っ気なさに苛立ちを覚えたシウテがなおも説得を試みようとすると、視線をきつくしたノアから、逆に強い口調で叱責された。
「私のような者をあてになされて何とします! ご主君を説き伏せられてこその、筆頭家老の職責というものでありましょう!」
ナグヤ家に来て早々、家臣達の前で悪ふざけの過ぎるノヴァルナの頭を張り飛ばしたように、“マムシのドゥ・ザン”の娘の名に相応しい鼻っ柱の強さのノアに正論を吐かれ、さらに護衛役のマイアとメイアに、「どうぞ、お引き取りを」と睨みつけられては、シウテ達も退散せざるを得ない。
それが出来れば苦労は…と小声で呟きながら立ち去るシウテ達を横目で一瞥し、ノアは向かい側に座るカーネギーに笑顔を向けた。
「カーネギー姫、お茶のお代わりは如何ですか?」
「あ…ええ。ありがとうございます」
強気全開のノアを垣間見て、一瞬茫然となっていたカーネギーは我に返り、空になったティーカップを差し出す。穏やかな表情に戻ったノアが、ポットの紅茶を注ぐのを眺めながら、カーネギーは不安そうに尋ねた。
「でも、よろしいのでしょうか…?」
「何がですか?」
「ノヴァルナ様の事です…シウテ殿の言われる通りご自分の我儘で、お部屋に閉じ籠っておられる場合ではないのでは、と…」
するとノアは代わりを淹れたカップの紅茶に、新たなレモンのスライスを浮かべると、それをカーネギーの前に置いてから静かに答える。
「いいんですよ」
「はい?」
「あのひとは、あれでちゃんと、物事を考えてやってますから」
「………」
無言で見返すカーネギーに、ノアはさらに続けた。
「私は、あのひとが何をしたいか、何をしようとしているか、知ってますから」
「―――!」
そのとき見たノア姫の穏やかな表情に対して胸の内に感じたものを、カーネギーはすぐには言い表す事が出来なかった。ただこくりと飲み下した唾液に、何か黒いものが混じっていたような気がする。一族が衰退の一途を辿る自分に比べ、ノア姫はなんと満たされた表情をしているのだろう…と思う。
「どうかしましたか?」
想いを巡らせながら手にしたカップを必要以上に見詰める様子を、窺うように尋ねるノアに、カーネギーは「いいえ、何でも」と取り繕い、「美味しいお茶ですね。どこの品ですか?」と話題を逸らしていった………
▶#22につづく
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