銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第3話:落日は野心の果てに

#01

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 ヤヴァルト銀河皇国が四月の声を聞いたその日、春霞が広がる青空の中、キオ・スー城に降下して来る三機のシャトルがある。一機は高級将官用の中型シャトル。それの左右に従うのは大型の輸送用シャトルだ。

 キオ・スー城の天守から、速度を落としながら降下して来るシャトルを眺め、筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイはほくそ笑んでいた。隣に立つ当主のディトモス・キオ=ウォーダも同じような表情をしている。

「やはり律義なお方ですな、ヴァルツ様は」とダイ・ゼン。

「うむ。我等を安心させようと、自ら人質になる事を兼ねるとは見上げた心根」

 昨日の会談でダイ・ゼンらの説得に応じ、キオ・スー家に寝返る事を告げたヴァルツ=ウォーダだが、その後さらに自分がキオ・スー城に入り、ディトモスとダイ・ゼンと共に指揮を執る事によって、寝返りが本心である証とする旨を伝えていたのだ。旗艦に乗って上空にいたままでは、キオ・スー側は寝返りが偽りであった場合に、備えなければならなくなるから…というヴァルツの配慮によるものである。

 高級将官用シャトルに乗るのはヴァルツ以下、モルザン星系軍の幹部達。そして二機の大型輸送用シャトルには、キオ・スー城からモルザン星系艦隊を指揮するための、指揮装置一式が積まれている。

 指揮装置に関してはキオ・スー城のものを使えばいいように思えるのだが、システムを共有して、モルザン星系艦隊の各種指揮コードや戦術情報データコードなどを、手を組んだばかりのキオ・スー側に知られたくないという、ヴァルツの意思表示を受け、それも当然と理解したキオ・スー側が認めたのだった。無論、それぞれのシャトルには念のため、監視役でもあるキオ・スー家の連絡員を数名ずつ乗せている。

「これで我等にも、再び勝ち目が出て参りました」

 ダイ・ゼンがそう告げると、ディトモスも深く頷く。チェイロ=カージェスやソーン・ミ=ウォーダといった軍の中心的な指揮官を失い、追い詰められていたキオ・スー家だったが、ウォーダ一族きっての猛将ヴァルツとその精鋭艦隊が味方となったとなれば、戦局を一気に逆転する事も夢ではない。ダイ・ゼンは目を輝かせ、勢いづいて進言した。

「ヴァルツ様の戦力を支えるため月面基地に連絡し、応急修理と補給の終了した艦から再出撃させましょう。またサンノン・グティ市を占領中のナグヤ軍地上部隊にも、鉄槌を下さねば」

 ヴァルツ=ウォーダが本格的にキオ・スー家へ寝返り、モルザン星系艦隊がキオ・スー城防衛のため、ヤディル大陸上空に展開した事は当然、ナグヤ城でも察知されていた。

 モルザン星系艦隊は四十二隻。戦力的には一個基幹艦隊にも満たないが、その戦闘力はこれまでの戦いを見ても、並の基幹艦隊を上回るのは明らかだ。しかも何よりノヴァルナの叔父が敵に寝返ったという事実が、ナグヤの将兵に与えた精神的動揺は、計り知れないものがある。

 そして肝心肝要のノヴァルナは、不貞腐れて執務室に籠ったままだ。

 ナグヤ城の廊下をノヴァルナの執務室へ急ぎ歩く、筆頭家老のシウテ・サッド=リン。その熊のような姿のベアルダ星人を、二人の家老が追いかけて来た。二人ともシウテと同じく、ノヴァルナの弟カルツェをナグヤ家の当主に推す者達だ。

「シウテ様!」

「筆頭家老様!」

 シウテは歩みを止めずに「何か?」と応じる。

「ノヴァルナ様は、もうよろしいのではないですか?」

「む?」

 その家老の言葉にシウテは立ち止まって振り向いた。

「どういう事だ?」

「ヴァルツ様がキオ・スーに寝返ったという火急の時に、部屋に閉じ籠って不貞腐れている場合ではないのは、子供でもわかりそうな事。それをノヴァルナ様はあのように…」

「さようです。幸い今回の戦いでは、総司令官はシヴァ家のカーネギー様となっております。しかも副司令官はカルツェ様。ノヴァルナ様はその下の宇宙軍司令官。そこでこの序列を利用し、シウテ様の補佐でカルツェ様が指揮を執る事を、カーネギー様に発令して頂くのです」

 二人の意見に「うーむ…」と声を漏らして考え込むシウテ。確かにこれはカルツェ派にとっては、その発言力を高めるチャンスではある。ただシウテは、負けた場合のリスクも考えた。相手が猛将ヴァルツとなった今、戦況が逆転して、自分達が敗北する可能性も広がっている。もしそうなった場合、指揮を執っていたのがカルツェとなると、負わされる責任が増し、キオ・スー家から重い処分を受ける恐れがあるのだ。

「いや…やはりここは何としても、ノヴァルナ様に再度お出まし頂く」

「筆頭家老様!!」

 シウテの決定に不満そうな二人。だがシウテにそれを覆す気はなく、「くどくど言うでない。お主達もついて参れ」と、ノヴァルナの執務室への同行を命じる。

 ノヴァルナの執務室の前では、扉の両側に『ホロウシュ』のモス=エイオンとクローズ=マトゥが警護として立っていた。連日何度も説得にやって来るシウテや、ショウス=ナイドルらの重臣達にうんざりしたノヴァルナが、端から彼等を追い返すために、『ホロウシュ』に交代で警護に立つよう命じたのだ。

 エイオンとマトゥは廊下の向こうから近付いて来るシウテの姿に、サッ!と顔を緊張させた。ナグヤ家の筆頭家老である事は無論だが、ベアルダ星人のシウテの熊のような容姿が、これまでの中でひときわ厳めしい表情で迫って来ては、スラム街育ちで気の荒い『ホロウシュ』の彼等でも、さすがにプレッシャーを感じないわけがない。“ど、どうするよ…”と二人は互いに顔を見合わせた。

 ずい、と二人の『ホロウシュ』の前で立ち止まり、胸を反らせるシウテ。その喉の奥から唸るような声が吐き出される。

「ノヴァルナ殿下はご在室か? ご在室ならば、お目通り願いたい」

 もう一度顔を見合わせるエイオンとマトゥ。やがてエイオンは頬を引き攣らせながら、無理に微笑んで応じた。

「ノッ…殿下はご在室ですが、あいにくどなたとも会わぬと…」

「ぬう!」

 二人を見下ろしていた巨体のシウテが、顔を突き出して一つ大きく唸ると、二人の『ホロウシュ』の緊張感は一気に跳ね上がる。

「いえその…だだだ、誰も通さないように…めめ、命じられてまして!…」

 その言葉に牙のような鋭い犬歯を剥き出しにするシウテ。エイオンとマトゥのこめかみに冷や汗が流れる。とその直後、執務室の扉が内側からバーン!と景気良く開いて、軍装姿のノヴァルナが三日ぶりに姿を現した。驚くシウテと家老達の前で、ノヴァルナは両腕を突き上げて「んあぁーーー」と大きく伸びをする。

「ノヴァルナ様!」

 呼び掛けるシウテの声を無視し、ノヴァルナはぶっきらぼうに独り言ちた。

「昼寝三昧も飽きたぜ」

 それに対してシウテは「ノヴァルナ様!」ともう一度呼び掛ける。するとノヴァルナはわざとらしく、ようやくシウテ達がいる事に気付いたふりをした。

「おう。なんだシウテ、来てたのか」

「何を悠長な事を仰せられます! ヴァルツ様がキオ・スー側に加わるため、城に降りられたのですぞ!!」

 するとノヴァルナは、いつもの不敵な笑みをシウテに向けて、「ふふん」と小気味良さげな声を漏らした。シウテの切迫した訴えもどこ吹く風、あっけらかんとした声で、ノヴァルナ付きの雑用係トゥ・キーツ=キノッサを呼ぶ。

「キノッサ!!」

「へぇえーーい!」

 途端に隣の部屋の扉が開き、猿顔の小柄な少年が駆け出して来ると、ノヴァルナの前で片膝をついた。そしてノヴァルナはまた突拍子もない事を言い出す。

「風呂沸かせ!」

「御意にございます!」

 すでに打ち合わせも済ましているのか、何の疑問も抱かない様子で、応じるや否や走り去って行くキノッサ。その後ろ姿を見送るシウテが、まるで訳が分からないとばかりに頓狂な声を上げる。

「ふ、ふふふ、風呂ですと!?」

「おう。三日も入ってなかったからなぁ。ノアの奴がうるせーだろし」

「そういう問題では―――」

「いや、そういう問題だろ」

 シウテの言葉を遮ったノヴァルナが、不敵な笑みのまま続けて言い放つ。

「なんせこれから、キオ・スー城に引っ越す準備をしなきゃなんねーし」

 また訳のわからない事を言い出した―――と、シウテは激しく目をしばたかせた。いま訴えているのは、ヴァルツ=ウォーダがキオ・スー城に入り、寝返りが本格化してしまったという話なのだ。今更にしてこのような変人を日夜相手にしていた、セルシュ=ヒ・ラティオの苦労がシウテには思い知らされる。

「何を仰っておられるのです! 私が申し上げているのは、ヴァルツ様の寝返りに対し、すぐさま対策を―――」

 それに対しノヴァルナはまたも白々しく、ようやく論点に気づいたように言う。

「へ?…ああ、なんでぇそんな事かよ」

「そんな事で済む状況では!」

 焦れたようにせっつくシウテ。するとノヴァルナは眠気覚ましに、首を二、三度回しながら、軽い調子で言ってのけた。

「ヴァルツの叔父御《おじご》なら、寝返ってねーし!」

 思いも寄らぬ言葉を主君から聞かされ、シウテは熊のような容姿をしたベアルダ星人の黒い瞳を、丸く見開く。

「は!!??」

 茫然とする筆頭家老を放置して、ノヴァルナは『ホロウシュ』のエイオンとマトゥを引き連れ、風呂に入るため私室へ戻ろうとする。

「ノ、ノヴァルナ様」

 説明を求めようと引き留めるシウテ。ノヴァルナはいい加減分かれとばかりに、振り向きもせず応じた。

「今頃は叔父御が、キオ・スー城を陥《お》としてくれてるってこった!」




▶#02につづく
 
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