銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
46 / 508
第3話:落日は野心の果てに

#02

しおりを挟む
 
 非常警報のサイレンが鳴り響くキオ・スー城、広い敷地の一角にあるシャトルポートの周辺からは、幾筋かの黒い煙が立ち上っている………

乾いた銃声は単発音と連射音が交差し………

鋭い爆発音に人間の絶叫らしきものが混じり込む………

うららかな春の青空の下では、芝生に出来た血溜まりが一層生々しい………

 小型のBSIユニットを思わせる、装甲強化服を装着したヴァルツ=ウォーダ軍陸戦隊の重装機動歩兵が三名、立て続けに擲弾筒を発射する。その向こうでも三名の重装機動歩兵。また視界には捉えられないが、他にも六名の重装機動歩兵がいるはずだ。

 擲弾の激しい爆炎が閉じられていた非常扉を吹き飛ばし、その両側でサブマシンガンを撃つ城の警備兵を、複数人ひとまとめに薙ぎ倒した。

 するとシャトルポートに着陸し、後部ハッチを開けていた二機の輸送用大型シャトルから、ボディアーマー姿の特殊部隊が十二名ずつ駆け出して来る。輸送シャトルと高級将官用シャトルの中では、キオ・スー家から派遣されていた連絡将校が、軍用ナイフで首を掻き切られてすでに息絶えていた。特殊部隊は列を成して、重装機動歩兵が開けた非常扉へ突入してゆく。

 とその時、シャトルポートを上から望む管制室横の張り出し部を越え、キオ・スー側の重装機動歩兵が三名飛び降りて来た。察知したヴァルツ軍の重装機動歩兵三名がそれに立ち向かう。塗装パターンこそ違うがどちらも同じWAMT―554『ゼランドン』。双方がほぼ同時にブラスターライフルを連射するものの、エネルギーシールドに弾かれる。

「白兵戦用意!」

 三名一分隊の分隊長が命じ、三機の重装機動歩兵は揃って、やや肘を曲げた両腕を突き出した。すると装甲強化服の前腕部横側から、BSIユニットにも標準装備されているQ(クァンタム)ブレードが、薄っすらと紫色の光を放ちながら伸び出る。

 このような騒乱の中、ヴァルツ=ウォーダは腕組みをしたまま、高級将官用シャトルの脇に突っ立っていた。いつ狙撃されたり、流れ弾を喰らったりするか分からないというのに、まるで運試しでもしているような豪胆さだ。

「ヴァルツ様、ここは危のうございます。そろそろご移動下さい!」

 参謀の一人が訴えるが、ヴァルツは耳を貸さずに命じた。

「そんな事より制圧を急げ。ディトモス殿とダイ・ゼンだけは逃すな!!」

 ノヴァルナがノアを連れ出した夜のツーリング―――その時ノアに吐露した心情こそ、ヴァルツ=ウォーダが会食の際に提案した、キオ・スー側に寝返ると見せかけて城に入り込み、ディトモスを捕縛してダイ・ゼンを殺害。城を奪取するという献策に対しての葛藤だった。

 キオ・スー家が領民を人質とする策をとった直後、筆頭家老のダイ・ゼンからヴァルツに対して、ナグヤ家からの離反を勧められたのは前述の通りだが、ヴァルツはこれを利用し、キオ・スー城を奪い取る事を画策したのである。

 一方ヴァルツからその話を聞かされたノヴァルナだが、これまで幾度も敵の裏をかき、悪ふざけのようなやり口で敵を翻弄こそして来たとは言え、ヴァルツの策に納得出来ないものがあった。それは会食の時にヴァルツに指摘された通り、まだ若者であるノヴァルナの持つ清廉さ、「格好良く戦おうとしている」部分だ。

 ノヴァルナにとって敵の裏をかいたり、敵を翻弄したりするのは、最後は自らが命を懸けて戦うためへの布石であった。だが今度のヴァルツの策は、自分のこれまでのやり方とは似て非なるものだ。言ってしまえば、徹頭徹尾卑怯なやり方である。しかも自分は安全な後方に居て、叔父が上げる戦果を待つだけなのだ。

 いつもコソコソとした敵対者を、“気に入らねぇ!”と言ってぶっ飛ばして来た自分自身が、その“気に入らねぇ”人間になってしまった気分に、ノヴァルナの葛藤は如何ほどのものであったろう。

 無論、時にはそういう策謀が必要である事は、ノヴァルナも承知している。いや、むしろそういう策謀に満ちた世界へ、身を置いている事も承知している。

 それに今回は、人間の盾同然であるキオ・スー市の領民の、安全が掛かっていた。さらに滅亡寸前のキオ・スー家の兵も、無駄に殺したくはないと来れば、ヴァルツの策が気に入らないからといって、却下出来るようなものではない。

 だがやはり、納得出来ないものは納得出来ないノヴァルナだった。人並み以上に感受性が強いがゆえに葛藤も大きくなる。そこでノヴァルナは納得出来ないままの自分の気持ちを、ノアに打ち明けたのだ。そのおかげもあって、どうにか自分の気持ちを割り切る事が出来たノヴァルナは、何食わぬ顔でキオ・スー城への移住を冗談交じりに、口にする事も出来るようになったのである。

「これがほんとの、“果報は寝て待て”ってヤツだ!」

 自分の葛藤は割り切った事と意識の隅に押しやり、ノヴァルナは冗談を言い放って私室へ向かう。

 ナグヤ艦隊でキオ・スー城へ奇襲の艦砲射撃を仕掛けようとしたのは、無論、ヴァルツと打ち合わせを行った上での欺瞞行動だった。ナグヤ艦隊とヴァルツ艦隊の撃ち合いも、演習用のビームによる見せかけであり、ノヴァルナの『ヒテン』などは、冷却ガスを艦の数か所から放出し、被弾・爆発したように演出したのである。

 私室へ着き、扉を開くノヴァルナ。広い居間の真ん中では、キノッサがこちらを向いてちょこんと立っていた。

「お風呂は現在準備中です。間もなく完了かと」とキノッサ。

「おう」

 そう言うノヴァルナはもう服を脱ぎ始めている。するとノヴァルナは部屋の中の物が、幾つか見当たらない事に気付いた。お気に入りのアンティーク調の棚や、寝そべって『iちゃんねる』でネット民と口論する、いつものソファー。そして絵柄が16パターンに変化する『閃国戦隊ムシャレンジャー』のホログラムポスターなども無くなっている。

 半裸になりながら、不審そうな目をあちこちに向けるノヴァルナに、キノッサは背筋を伸ばして告げた。

「ノヴァルナ様が執務室に閉じ籠っておられた間に、ご愛用のものを選び、すでに荷造りを終えておりますです」

「は?…荷造りだと?」

「キオ・スー城へ移られるのに、持って行かれるであろう物でございます」

「それを、てめーが選んだってのか?」

 胡散臭そうに反応するノヴァルナ。キノッサはNNLを使って、目の前に小さなホログラムスクリーンを展開すると、「これがリストでして」と言って指先でスクリーンを押さえ、ノヴァルナへ向けて滑らせた。ノヴァルナは飛んで来たホログラムスクリーンを、同じように指先で押さえて止める。

 スクリーンにはキノッサが判断して荷造りした物のリストが、箇条書きされていた。確かにノヴァルナが普段こだわりを持って使っている物から、半ば無意識のうちに手に取っているような物までが、過不足なく選ばれているように思える。

「ふん…」

 よく見てやがる…と感心する気持ちを鼻を鳴らして誤魔化し、ノヴァルナはぶっきらぼうにキノッサに命じた。

「このリストに、てめーの名前も書き込んどけ。向こうの城で、何か新しい職務を与えてやっからよ」

 それを褒美と受け取ったキノッサは、笑顔でペコリと頭を下げた。




▶#03につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...