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第3話:落日は野心の果てに
#03
しおりを挟む湯船に浸かったノヴァルナが、ラゴンで流行りの曲を鼻歌で唄い始める一方で、キオ・スー城の銃声と爆発音の狂想曲は、そのヴォルテージを跳ね上げていた。
城のシャトルポートには、ヴァルツとコンテナに潜む陸戦隊を運んで来た三機のシャトルがいたが、一機はあれからの戦闘で破壊されたらしく、焼け焦げた残骸に変わり果てている。その傍らにはさらに、脇腹に大穴が空いた重装機動歩兵のパワードスーツが、穴から大量の血を流して転がっていた。
そこに新たに五機のシャトルがポートの脇へ着陸を強行して来る。新たな五機はもはや偽装工作の必要はなく、陸戦隊が降下作戦に使用する武装シャトルだ。強力なエネルギーシールドを張ったシャトルは、城の数か所に設置されたCIWS(近接防御火器システム)のビーム砲台と、撃ち合いを演じながら降下した。ビーム砲台は五機のシャトルから攻撃を受けて沈黙し、シャトルは個々に着陸すると即座に後部ハッチを開く。二機のシャトルからは二十四名の重装機動歩兵が、残りの三機からは通常武装の陸戦隊員が六十三名、一斉に駆け出して来た。ポート自体はすでにヴァルツ軍が制圧を完了しており、第二次降下部隊は何の抵抗も受けずに、城の中へ突入してゆく。
キオ・スー城はこの城の規模からすれば、驚くほど警備の兵の数が少ない。
それは城の警備部隊が警察機構と共に、キオ・スー市の封鎖を行うために出払っているからだ。これは本来ならキオ・スー市の防衛部隊が当たるべき任務だが、防衛部隊は南方のサンノン・グティ市を占領している、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータ麾下のナグヤ家地上軍の侵攻に備えなければならず、また市内の複数個所で発生している市民の暴動――自分達が人質にされているとなると、暴動が起きるのも当然である――の鎮圧にも、余計に人数が取られているため、城の警備が手薄となっていたのだった。
キオ・スー城の高くそびえる天守のあちこちから、小さな爆発が幾つも発生する。参謀の一団を引き連れたヴァルツは、周囲を特殊部隊に守らせた状態で、天守根元辺りの大階段を登っていた。陸戦隊指揮官が左胸に掛けた通信機のスピーカーからは、城内の主要施設を制圧した各部隊からの報告が断続的に流れて来る。
その報告に聞き耳を立てていたヴァルツは、陸戦隊指揮官に尋ねた。
「ディトモスとダイ・ゼンはどうか?」
陸戦隊指揮官は天井を指差してヴァルツの問いに答えた。
「ディトモス様はこの天守の、上階へと逃げておいでです…しかしながら、筆頭家老のダイ・ゼン殿はディトモス様と共に逃げていたのが、途中で姿が見えなくなったとの事でして、現在捜索中にございます」
その返答を聞いてヴァルツは、太い眉を僅かにしかめて強い口調で命じる。
「ディトモス殿はともかく、ダイ・ゼンこそはこの争乱の元凶。草の根を分けても必ずや探し出せ!」
姿をくらましたダイ・ゼン。それに対しディトモス・キオ=ウォーダは、もはや袋のネズミであった。天守の先など行き止まりであって、逃げられる可能性といえば停止状態のエレベーター内の作業梯子を降りるか、火災時の緊急脱出用シューターで滑り降りるぐらいしか手は無く、そのどちらも星大名の当主としては、あまりにも不細工な逃走手段だ。
ディトモスは数名の家老と共に、約四十名の警備兵に守られながら、ヴァルツが登っているのと同じ大階段を上へ上へと逃げている。
それを追うのは、最初に突入したヴァルツ軍特殊部隊の一部、十六名であった。大階段といっても、重装機動歩兵などが自由に行動できるほどの広さは無く、一昔前の銃撃戦がそのまま起きている。
双方のブラスターライフルが火を噴き、投げ合う手榴弾が炸裂する。兵の数こそキオ・スー家側が多いが、ヴァルツ軍側は精鋭の特殊部隊であり、キオ・スー家側の警備兵は階を上がるごとに、目に見えて数が減っていく。
ヴァルツ=ウォーダの軍と言えば、宇宙艦隊の勇猛さに定評があるが、陸戦隊―――とりわけ特殊部隊の精強さも一級品であった。個々の隊員が精密機械のように敵兵を屠る。しかしキオ・スー家の警備兵も、主君を守っているだけあって必死だった。双方の死闘は命を代価に、血を報酬として激しく繰り広げられる。
するとこの激しい銃撃戦に音を上げたのは、ディトモス本人だった。宇宙戦艦で指揮を執る事はあっても、間近での銃撃戦はそうそう経験するものではない。ブラスターライフルのビームが床や壁を焼きえぐり、焦げた匂いが鼻をつく煙に視界を奪われたディトモスは、階段の隅に腰をかがめて叫んだ。
「ダイ・ゼンは!! ダイ・ゼンは如何した!!??」
「ご当主、そのように声を上げられては危険です!」
傍らの家老の一人が諫める。彼等のいる階段の踊り場は、大窓からの陽光が強い。
するとその陽光を背に浴びながら片膝をつき、ライフルを連射していた警備兵が、階段下の特殊部隊から銃撃を受け、ゴーグル付きヘルメットの額を貫かれて絶命する。目の前で両眼を見開いたままあお向けに倒れたその警備兵を見て、ディトモスは震え上がった。
「もっ!…もうよい、降伏だ。降伏する!!」
「ご、ご当主!?」と家老の一人。
「ダイ・ゼンの命など構わぬ! わしは大うつ…いやノヴァルナ殿に降伏する!」
ノヴァルナが示した降伏条件は、処刑となるのは筆頭家老のダイ・ゼン=サーガイで、当主ディトモス・キオ=ウォーダは平民に降格して追放と、少なくとも命は助かる事になる。この切迫した状況で、自分を置いてどこかに逃げ去ったダイ・ゼンなど、もはや知った事ではない。ディトモスは両手を激しく振って警備兵達に命じる。
「やめろ! お前達、もういい!」
それに合わせて家老達も「降伏だ! 降伏!!」「戦闘停止!!!!」と叫び始めた。ただ交錯する銃撃音が騒々しい上に、警備兵も懸命に戦っていて、それらの命令はすぐには耳に届かない。とその時ディトモスらの前で、一人の警備兵が手榴弾を取り出した。しかしそれに気付いた特殊部隊の兵士が、素早くライフルの銃口を向けて狙撃する。放たれたビームは、今まさに手榴弾を投擲しようとしていた警備兵の胸板と、その手榴弾を握っていた右の手首を撃ち抜いた。
前のめりに倒れる警備兵の、砕けた右手首だけが後ろに反り返り、ディトモスと家老達の前に手榴弾が落下する。
閃光と爆発―――
爆風はディトモスらの背後の大窓まで吹き飛ばした。その勢いのまま、ディトモスと家老達は窓の外へ投げ出される。天守から下は五十メートルはあるだろう。彼等は絶望的な悲鳴と共に、背中から墜落して行った。全く戦闘らしい戦闘もしないままである。あっけないキオ・スー=ウォーダ家当主の最期であった………
ディトモス・キオ=ウォーダの墜落死は、すぐさまヴァルツ=ウォーダのもとへ伝えられた。ヴァルツはしばし両目を閉じ、ディトモスの冥福を祈る。宗家をまとめるには足らぬ器の人物だったと思う半面、それゆえに哀れにも感じられた。しかしすぐに表情を引き締めて、ディトモスの死を報告した陸戦隊指揮官に告げる。
「残るは筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイ。何としても探し出せ!!」
▶#04につづく
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