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第3話:落日は野心の果てに
#05
しおりを挟む望んでいた形とは些か違うが、ノヴァルナがキオ・スー=ウォーダ家を手に入れた事は事実であった。入城したその日は残務処理に費やし、二日後の皇国暦1556年4月3日にはナグヤ城から、婚約者のノアとシヴァ家当主カーネギーを招き寄せた。
そしてさらに翌日の4月4日、カーネギー=シヴァの名でノヴァルナ・ダン=ウォーダの、キオ・スー=ウォーダ家当主継承が発表される。名目上はシヴァ家は現在もオ・ワーリ宙域の領主であり、ウォーダ家はその守護代という立場であった。であるなら、シヴァ家のカーネギーがウォーダ家の、当主継承者指名権を有していたとしても筋は通る。
同時にノヴァルナは、キオ・スー家とナグヤ家の統合を発表した。これには行政首脳部の統合も含まれており、筆頭家老にはナグヤ家のシウテ・サッド=リンが、その他の家老職もナグヤ家の家老が引き継ぐ事となった。ただ旧キオ・スー家で生き残った家老達も、完全に職を追われるのではなく、家老補佐として残る事を許された。ここにノヴァルナによる惑星ラゴンと、オ・ワーリ=シーモア星系の統一が成ったのである。
やがて4月7日、新たなキオ・スー家首脳部が、謁見の間に一堂に会していた。
新たな支配者の到着を待つ玉座。背後には『流星揚羽蝶』の家紋が錦糸で刺繍された巨大なタペストリーが提がる。その右側にノア、左側にカーネギー=シヴァを配し、ヴァルツやカルツェ、ルヴィーロ、さらにノヴァルナの二人の妹と、三人のクローン猶子をはじめ、ナグヤ系の重臣、キオ・スー系の重臣などが、六十名ほど向き合って集まっていた。
そこへ六人の『ホロウシュ』を従えたノヴァルナが、玉座の右後方から現れる。着用しているのは、ドゥ・ザン=サイドゥとの会見の時にも来ていた純白の軍装だ。全員が注視する中、悠然と玉座に足を運んだノヴァルナは、居並ぶ家臣達を見渡しながら、ゆっくりと腰を下ろした。
するとタイミングを見計らい、真正面にいた叔父のヴァルツが片膝をつく。それに合わせて他の者達も一斉に、ノヴァルナの前に片膝をついた。そして声を揃えて忠誠の言葉を口にする。
「我等の忠義は、ノヴァルナ殿下が御ために!」
家臣達の言葉に「おう!!」と大きく頷くノヴァルナ。だがここで、いつもの悪い癖が出て来て、ふざけた返事で茶化そうと考えた。しかしその直後、右側から突き刺さるような視線を感じる。
鋭い視線の主は、言わずと知れたノアだった。ノアは無言であったが、彼女の目を見るノヴァルナには、“こんなとこで悪ふざけしたら、はっ倒すわよ!”というノアの心の声が聞こえて来る。
「う…」
頬を引き攣らせてたじろぐノヴァルナ。以前にもノアに頭を張り飛ばされたところを見られたナグヤの連中だけならまだしも、叔父のヴァルツや新たに支配下となった、キオ・スー家の家臣団にまで見られるのは、さすがにマズい。自分の夫となる男子を立てる術《すべ》は知っているノアだが、同時に“マムシのドゥ・ザン”の娘らしく、こういった事には容赦がない。
機先を制されてバツが悪そうにノアを見遣り、ゴホンと一つ咳払いをしたノヴァルナは姿勢を正して気を取り直し、家臣達に向き直った。
「まずは皆、ご苦労だった!!」
一転して持ち前のよく通る声で、今回の戦いの労をねぎらうノヴァルナ。家臣達は一斉に頭を下げる。
「叔父御と皆のおかげで、キオ・スー家を手に入れる事が成った。このノヴァルナ、礼を言わせてもらう」
そう言って自身も頭を下げるノヴァルナに、その本当の人となりを知るノアや二人の妹を除く一同は、意外そうな表情になった。彼等はもっとノヴァルナが、「俺の実力だ」とか「ざまあみやがれ」とか、自分を賛美したり、これまで自分を見下していた相手を罵倒したりするのではないか、と想像していたのだ。
「今後はナグヤ家、旧キオ・スー家の分け隔てなく、互いに協力し、新たなキオ・スー=ウォーダ家を盛り立てて行って欲しい。特に旧キオ・スー家家臣においては、此度の戦いで主家に忠義を尽くし、功を上げた者も正当に評価、それに見合った褒賞を与えるゆえ、今後は我のためにその手腕を発揮して欲しい!」
これを聞いた旧キオ・スー家の者達が喜ばないはずがなかった。敗者となって生き残った自分達は、勝利したナグヤ家の復讐の対象にされるに違いない…と、程度に差こそあれ全員が覚悟していたからだ。
そしてそれ以上にノヴァルナの勝利を喜んだのは、キオ・スー市で人間の盾に利用されていた領民達である。ナグヤ家本拠地のヤディル大陸では全くと言っていいほど、人気のなかったノヴァルナだが、キオ・スー家の支配地アイティ大陸では、早くも“解放者”としてノヴァルナを受け入れ始めていた。
ノヴァルナのキオ・スー家当主収奪に伴い、事前の約束通り、弟のカルツェはスェルモル城からヤディル大陸を統制。カーネギー=シヴァ姫には、かつてのキオ・スー家から分与されていた直轄地の最大域が再び与えられた。
そしてキオ・スー城奪取の最大の功労者である叔父のヴァルツへの恩賞は、キオ・スー家支配下の植民星系二つに加え、ナグヤ城とナグヤ市の領有という大きなものだ。
規模から言えば、キオ・スー家がヴァルツを寝返らせようとした際に示した条件より下だが、ヴァルツがナグヤ家当主となってしまうと、結局はノヴァルナと入れ代わっただけの、新たな対立軸となってしまうため、ウォーダ家内の混乱が収束しない事になる―――との認識を、ノヴァルナとヴァルツが共にした結果であった。
それにヴァルツにナグヤ城を与えた事には大きな意味がある。ヤディル大陸全体を支配するようになる、弟のカルツェとその一派に対する牽制だ。
今回の戦いでは兄のノヴァルナとの共闘を選んだカルツェだったが、当の本人はともかくカルツェを当主に据えようと企む支持派が、いつまでも大人しくしているとは考えられない。その抑えとしてヴァルツを、カルツェと同じヤディル大陸に配置しようというノヴァルナの戦略だった。
これにはヴァルツがノヴァルナに会食の際に打ち明けた、ヴァルツ自身の望みもある。
ヴァルツが領有するモルザン星系は、イル・ワークラン=ウォーダ家領有のオ・ワーリ=カーミラ星系、キオ・スー=ウォーダ家領有のオ・ワーリ=シーモア星系に並ぶ豊かな植民星系だが距離的に遠く、どうしても政治的発言力は弱い。そのためノヴァルナがキオ・スー家を支配し、ウォーダ一族宗家の嫡流となるのであれば、同じ惑星ラゴンにあって叔父としてノヴァルナを補佐し、この機会に宗家の一員として政治の中枢へ入りたいと、ヴァルツは望んだのだ。
このようにノヴァルナの支配体制が大きく変わり始めた時、ささやかながらノヴァルナの雑用係であったトゥ・キーツ=キノッサにも、立場に変化が起きた。出発前にノヴァルナから告げられた新たな職務。それは家老のショウス=ナイドルの配下となり、今回の戦闘で発生したキオ・スー城の破損個所を修復する、普請管理グループの予備補佐官―――つまりまた雑用係である。ただそれでも野心旺盛なこの少年には、自分の力量を示す新たな機会に違いはなかった………
▶#06につづく
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