銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
50 / 508
第3話:落日は野心の果てに

#06

しおりを挟む
 
 ノヴァルナがキオ・スー家の新たな支配者となった事は無論、他のウォーダ一族にも知らされた。それに対しアイノンザン星系を領有し、ノヴァルナの従弟にあたるヴァルキス=ウォーダからは形だけではあるが、承認と祝辞が返されて来た。

 ヴァルキスの父であったヴェルザーはノヴァルナの父ヒディラスと、叔父のヴァルツの弟であったが、三年前にヒディラスに従ってミノネリラ宙域へ侵攻した際に、カノン・グティ星系会戦で戦死し、後を継いだヴァルキスはこの事を恨んで、ノヴァルナ達ナグヤ家とは疎遠となっていた。しかしそのナグヤ家がウォーダ宗家のキオ・スー家をも支配するようになったとなれば、無視してもいられないのだろう。

 一方もう一つの宗家、イル・ワークラン=ウォーダ家だが、こちらはノヴァルナを激しく非難して来た。およそ半年前にクーデターを起こし、イル・ワークラン家の当主となったカダール=ウォーダは、昨年の水棲ラペジラル人の奴隷売買の件で、ノヴァルナに大きく面目を潰されており、未だに憎しみの炎を燃やしている状態だからである。

 もっともカダールの反応はノヴァルナも最初から織り込み済みで、届いた返信の内容に激昂する『ホロウシュ』達を尻目に、あっけらかんとした表情で「あっそ」と答えただけだった。

「なんだかんだで、今はこっちも忙しいかんな。一々構ってる暇はねぇや」

 夜を迎えたキオ・スー城、敷地内に建てられている主君用の館の居間で、ノヴァルナは小さなカップケーキを頬張りながら、カダールからの罵倒に近い返信に対する気持ちを言い放った。

「そう、大人ね。偉い、偉い」

 テーブルを挟んで迎え側のソファーに座るノアが、目の前に展開しているホログラムスクリーンを見詰めたまま軽く応じる。そのノアの両手は、ホログラムキーボードをせわしなく叩いていた。

「んだよ、その適当な褒め方は」

 不満そうに唇を尖らせるノヴァルナ。だがノアは取り合わない。

「私だって忙しいの。今夜中にシーモア星系各惑星の新しい経済指標を、チェックしなくちゃいけないんだもの。あっちで一緒に遊んでたら?」

 家一軒が丸々一つ入りそうな広さの居間では、少し離れたところでノヴァルナの二人の妹と、三人のクローン猶子が双六のようなゲームに興じていた。五人は明日まで、キオ・スー城に滞在する予定だ。ノアはノヴァルナにそっちで遊んでいろと言ったのだ。

 しかしノヴァルナはソファーに座ったままで、皿に幾つか盛られたカップケーキの中から一つをつまみ上げ、「ん!」と言ってノアに差し出す。ノアはそれを一瞥しただけで、「いらない」と言い、キーボードを叩く手を止めなかった。

 ただそれでもノヴァルナは、カップケーキを摘まんだ手を降ろそうとしない。根負けしたノアは、ため息混じりに「もう…」と呟いてノヴァルナに振り向いた。妹達と遊ぶより今はノアに構って欲しいらしい。

「一つだけね」

 と言って作業を中断したノアがカップケーキを受け取ると、ノヴァルナは「おう」と応じて屈託のない笑顔を見せる。仕事の邪魔ではあるが、ノアもそんなノヴァルナの表情に悪い気はしなかった。後見人であったセルシュ=ヒ・ラティオを失って以来、ノヴァルナは時たまノアに、そういった子供っぽい面を見せるようになっている。今回はキオ・スー家への仕置きで、普段以上に神経を使う日々が続いていたため、気を紛らせたくなっているのだろう。

 一粒のオレンジの果肉を刺したホイップクリームに、様々な色のカラーコーティングを施したチョコチップがトッピングされているカップケーキを手にし、ノアは少々行儀悪くかぶりついた。

「うん、美味しい」

 ニコリと微笑むノアに、ノヴァルナも満足そうな光を目に湛える。あらためてノアは、キオ・スー家の支配を成し遂げたノヴァルナの労をねぎらった。

「お疲れ様。まず一歩ね」

「おうよ」と笑顔のノヴァルナ。

「ずいぶんご機嫌じゃない?」

 ノアがそう尋ねるとノヴァルナは立ち上がり、ノアの隣に移動して座り直す。そしてNNLのホログラムスクリーンとキーボードを展開し、素早く指を動かした。ホログラムスクリーンに映し出されたのは、コミュニティーサイトの『iちゃんねる』である。

「これ見てみ」

 ノヴァルナが指差したのは、ズラリと並んだスレッドタイトルの中の一つだ。

『ノヴァルナ殿下を見直すスレ』―――

 ノアもナグヤ家に来てから、ノヴァルナの影響で何度か『iちゃんねる』を覗いた事がある。しかしノヴァルナ関連のスレッドといえば、これまで批判するものしかなく、一度スレッドの中を見て、自分の大切な婚約者に対する罵詈雑言ばかりが書かれていて悲しくなり、二度と見る事はなかったのだ。

「昨日、新しいスレが立ってなあ」

 そう言うノヴァルナの口調が軽い。

 ノヴァルナがスレッドを開くと、ノアはそこに書き込まれている内容を、大まかに軽く読み流した。所々に相変わらずの批判もあるが、内容は概ね、今回のキオ・スー城攻略でノヴァルナが取った作戦を評価する言葉だ。

 ノヴァルナ自身は、叔父のヴァルツに卑怯な手を使わせた事に気負いがあるが、キオ・スー家が人間の盾とした一般市民に、一切被害を及ぼさなかった事の方を、惑星ラゴンの領民達は評価したのだろう。特に、当のキオ・スー市民のものと思われる書き込みが、感謝と共にノヴァルナの手腕を称賛していた。

 ホログラムスクリーンから顔を上げたノアは、隣に並んで座るノヴァルナに軽く肩をぶつけて冷やかす。

「なーんだ、褒められて嬉しいんじゃん」

 するとノヴァルナは表情を難しくして言い返した。

「ち、ちげーよ。普段散々俺の事を馬鹿にしてやがるくせに、すぐに手の平を返しやがって、節操のねぇ奴等だって事をだな―――」

「はいはい」

 そんな照れ隠しの難しい顔しても分かるわよ…と言外に付け加えて聞き流すノアに、ノヴァルナは「ちぇっ…」と不服そうにそっぽを向く。それを見てノアは自然と笑顔になった。

 ノヴァルナとて人の子である。数百億人の人々が暮らす宙域を統べる星大名という、大局を見据えねばならない立場から超然と構える時も多いが、中身はもうすぐ十八歳になろうかという、若者に変わりはない。自分のやった事が誰かに認められ、喜ばれる事に嬉しさを覚えても当然であった。ノアは指先でホログラムスクリーンに触れ、書き込みをスクロールさせながら告げる。

「お父様が言ってたわ。どんな政治形態であれ民衆が為政者に感謝するのは、自分の身の周りに難儀が起きて、それを取り払ってくれた時だけだ…ってね。だからいいじゃん、みんなが喜んでるって事は、ヴァルツ様の作戦を採用したノバくんの判断が、みんなにとって正しかったって事なんだから」

「ノバくん言うな」

「はいはい」

 ノアに軽くいなされたノヴァルナは苦笑いを浮かべた。ノアの“ノバくん”が、ノヴァルナに照れ隠しの逃げ道として、“ノバくん言うな”を使わせるための誘導であったと、勘付いたからだ。言い換えればノヴァルナの反応を予め見越して、“手玉に取られた”のである。ある意味互いに、相手の事が良くわかっている証左だった。

「と…ところでな、ノア」

 ノヴァルナは俄かに躊躇いを見せて話題を変えた。

「なに?…そろそろ仕事の続き、したいんだけど」

 お守もお終いとばかりに、ホログラムキーボードに向き直るノア。しかしキーを打とうと伸ばした手を、ノヴァルナの右手が軽く掴んで押し留める。

「?」

 振り向いた首を傾げるノアに、ノヴァルナは空いた左手の人差し指で鼻を擦りながら、言葉を選ぶようにゆっくりと告げた。

「俺もまぁ…キオ・スー家を手に入れた事だし、それなりに体裁もついたからさ…ここらでマジ、日取りを決めねぇか?」

 その途端、ノアも頬を赤くする。日取りとは無論、延びたままとなっている二人の結婚式の日取りであった。ノアがノヴァルナのもとへやって来て三ヵ月以上経ち、半同棲生活のうちにノアも、今ノヴァルナと仕事を分担している通り、すでに妻同然の地位にいる。しかし対外的にも、今のような中途半端な状態でいるわけにもいかない。

「そ…そうね。いい加減、決めなきゃね」

 改まって言われると、ノアもしおらしい口調となってしまう。確かにノヴァルナがオ・ワーリ=シーモア星系を完全支配下に置いた今が、いい機会に思われた。

「お父様から連絡が入ったら、その件も伝えましょう」

 とノア。ノヴァルナの勝利とキオ・スー家を手に入れた事は、サイドゥ家の本拠地、惑星バサラナルムにも知らせてある。ただ未だに、ドゥ・ザン=サイドゥからの返信は届いていない。嫡男ギルターツの謀叛を知らないノヴァルナとノアは、ドゥ・ザンがロッガ家とタ・クェルダ家の同時侵攻への対処に、追われているのだろうと考えていた。

「………」

「………」

 無言のまま見詰め合うと、ノヴァルナとノアの周囲で時間が止まる。

 だがその直後、ノヴァルナは自分達に向けられた視線に気付いた。向こうでゲームをしていたはずの、妹のマリーナとフェアンや三人のクローン猶子達が、こちらを向いてニヤニヤしている。

「くぉおおおらァ、てめーらぁああ! 見世モンじゃねーぞ!!!!」

 そう叫ぶと跳び上がるようにソファーから立ち上がって駆け出し、広い居間で子供のように妹達と鬼ごっこを始めるノヴァルナ。キャーキャー騒いで逃げる五人を無邪気に追いかける婚約者の姿に、ノアはやれやれといった表情で苦笑いし、今ここにある幸せに安らぎを感じていた………




▶#07につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

無属性魔法しか使えない少年冒険者!!

藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。  不定期投稿作品です。

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。 目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸 3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。 「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

霊力ゼロの陰陽師見習い

テラトンパンチ
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。 ……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」 その言葉は、もう何度聞いたか分からない。 霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。 周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。 同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。 ――俺だけが、何もできない。 反論したい気持ちはある。 でも、できない事実は変わらない。 そんな俺が、 世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて―― この時は、まだ知る由もなかった。 これは―― 妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...